第12話・・・協定破棄/『黄泉』・・・
「龍堂くん。貴方の個人データを調べさせてもらったのだけど……綺麗に偽装されているわよね?」
エクレア、ムースが声を上げず哉瓦の顔に目線を向ける。
哉瓦は顔の筋肉が固くなったように動じない。が、心の内では驚きに溢れていた。
(さすが『御八家』と言うべきか……、偽装を見破るとは……)
「勝手に調べるようなことをしてごめんなさい。ディアーゼスさんが狙われる理由は見当がつくのだけど、龍堂くんが狙われる理由が今一ピンと来なくてね。名門校の学年主席、てだけじゃどうにも腑に落ちなかったの。ディアーゼスさんのついでとも思ったのだけど、入学日の戦闘力も逸脱してたからね」
風華の言葉を聞いて、エクレアは当時の戦闘を思い出していた。
(確かに、あの強さは尋常じゃなかった……。手合せした私だから分かる。あの強さはS級と遜色ない…)
日本国内の『士』は階級分けされており、一番下がE級、一番上がS級。
数十年前まではA級が一番上だった。成人して、立派に仕事を熟す大人になっても、一生A級になれない者も多く、当時はそれで十分だったのだ。
しかし、A級の中でも圧倒的な『士』がぽつぽつと現れ、同A級内での優劣が大きくなった為に、S級という枠組みが作り出された。
現代でS級の称号を得る者は全員でたったの『11人』。
彼らもまた、『御八家』と並ぶ権力を携えている。
エクレアも自国の階級分けでA級の称号を持っている。
日本国のA級と同列の実力を持ち、その中でも上位の実力を兼ね揃えている。
そんなエクレアが進言できる。
哉瓦の実力はA級を軽く凌駕し、S級にさえ届くと。
風華は手元の書類に目を通しながら、トーンの低い声で告げた。
「………失礼を承知で調べさせてもらったのだけど……、上手に偽装された物だった」
哉瓦は目線を少し落として、率直に聞いた。
「つまり、素性の知れない奴とは手を組めないと?」
「その通りだ」
応えたのは及吾だ。
「仲良しこよしで手を組むつもりはないから全ての素性を明かせとは言わないが、それでも最低限の素性は明かすべきだ。『鬼人組』は悪人すら何千人も殺めてきた。お前が例外でないと断言できる証拠がどこにもない以上、信用ならない」
及吾に何か言い返すべきか考えている哉瓦のところに、黒魏が話し掛けた。
黒魏は哉瓦の隣りに座る女子二人に目を向け、哉瓦に戻して。
「どうやらディアーゼス達は知らなかったみたいだな」
「……はい。言ってません」
エクレア、ムースが肩身が狭そうにする。
「それは後ろめたいことがあるからか?」
「違います。証拠も何も無いですが、自分が悪人でないことは、断言して置きます。疑いたければどうぞ。戸籍の偽装も、俺の場合は罪に問われることはありません。……詳しくは言えないですが」
それは実証済みだ。
個人データの偽装は言わずもがな、犯罪。
それを知った風華はどうすべきか迷ったが、及吾が無理矢理『「士」協会』に問い合わせたのだ。
これでは我が校から犯罪者を出してしまう、と内心焦った風華達の心配など意味を為さず、返ってきた答えは「関わるな」だった。「この者が悪人でないことは保証する」と、触らぬ神に祟り無しとでも言うような、そんな雰囲気があった。
東陽学園生徒会、『御八家』、それらの威光を駆使しても返事は同じ。
生徒会側が言い止まると、哉瓦は観念と無念が少々見える表情で立ち上がった。
「どうやらこの協定は結ばない方がいいようですね」
!?
哉瓦以外の全員が目を見開く。
「ちょ、待って…」
「おい…」
風華と黒魏が引き留めようとするが、哉瓦は心中で謝罪しながらエクレア、ムースに向けて言った。
「俺は抜けるけど、お前らは好きにしてくれ。嘘を付いていた奴と組みたくもないだろ」
エクレアはその言葉に、裏切りを認められたような悲しい思いを余儀なくされ、ムースはこんな時に何も言えず、何もできない自分の無力さを呪った。
哉瓦はそれだけ告げると「失礼しました」と生徒会室を出ていった。
バタン。
◆ ◆ ◆
柊蕨は生徒会室を出て行った後、用事など全く無く、教室に戻ってもクラスメイトから質問の嵐に見舞われると思い、学園の中庭のベンチでぐったりしながら眠そうで眠れない状態で退屈を凌いでいた。
「よっ! 柊蕨くん!」
ぐったりと精神を落ち着かせているところに元気な声が飛び込んできた。
「んー?」
蕨はのろのろとした動作で声の元へ顔を向ける。
「眠そうだな」
手を振りながらこちらに近付いてくるのは一人の見知らぬ男子生徒だった。
美容院で念入りに手入れをした茶髪。チャラ男っぽいが、不良という部類に当てはまらなそうな風貌。交友関係は蕨同様広そうな男子。
蕨は「よう」とゆったり手を振り返しながら「えっと」と、
「初対面だよね?」
男子生徒は「おっと」と。
「自己紹介がまだだったな」
言いながら蕨の座るベンチに腰掛け。
「一年D組、尾桑邦汰だ。前から一度君と話しをしたかったんだ」
キランと光ることのない歯を見せながら言う玄に、蕨は言いづらそうに。
「ごめん、俺好きな人いるんだ」
そう言った。
「ちょっと待て! 何の話しだそれ!」
「だって今『俺はホモだ。前から君としたかったんだ』って」
「人の名前をどんだけ失礼に聞き間違えてんだ! 尾桑邦汰! 後の文も所々抜けてるぞ!」
「………『人をどんだけ待たせるんだ。俺はホモだ。後で一緒に抜こうぜ』? …………あの、ごめん。無理」
「おい! 聞き間違いにも程があるぞ!」
「きっと君を受け入れてくれる人はいるよ。諦めないで」
「いい加減目を覚ませえ!」
邦汰は蕨が所持していたアップルティーを強引に飲ませ、それでも眠そうな蕨を説得して伸びをさせ、やっと眠気から覚ました。
復活した蕨は邦汰に「ありがとう」と言いつつ。
「でももう君のことホモとしか認識できなくなっちゃった」
「待てそれは本当に困る本当に勘弁お願いします」
邦汰は知り合って五分もしない相手に頭を下げて、本気でお願いをした。
「冗談冗談。それで、ご用件は? 尾桑くん」
「邦汰でいいよ。俺も蕨って呼ばせてもらって良いよな。………で、まあ特にこれといった用事はないんだけど…ただ本当に話したかっただけだよ。お前も龍堂たちに負けず劣らず有名人だからな」
「へー。俺はてっきり哉瓦達とのコネでも作ろうとしてるのかと思ったよ。ホモ汰じゃなくて邦汰ってなんかちゃっかりしてそうだし」
邦汰は蕨の完全に故意の言い間違いに顔を引き攣らせながらスルーして、微苦笑した。
「おいおい、それは傷付くぜ。……ところで、学校中が噂してんだけどさ」
(休日の事件のことかな…)
「龍堂とディアーゼス皇女様って付き合ってんのか?」
(そっちか)
「いや、付き合ってはいないと思うよ。仲良いけど」
「だよなー。皇女じゃろくに恋愛もできないよなー」
「なに? エクレアのこと好きなの?」
「他にそういう奴らがいるんだよ。ハードル高くて何もできないみたいだけど。…俺は別に好きじゃないよ」
「……………………………やっぱり」
「そのネタ引きずるのやめろっ」
同性愛者疑惑が確信に向かう蕨にツッコミを入れる邦汰。
そんなくだらないことを話しながら、蕨は残りの昼休みを邦汰と過ごした。
ボケとツッコミを繰り返したり、アップルティーを飲みながら、蕨は思考した。
(よくよく観察してみるとこの男。さっきの歩き姿、立ち姿、振る舞い。所々に見覚えがある武道の仕草が浮きん出てるなぁ)
ふわぁと欠伸をかく蕨の表情から、その心中を読み取ることなど、邦汰には不可能だった。
◆ ◆ ◆
哉瓦のいなくなった生徒会室では、エクレア、ムースに対してとある説明がされていた。
「独立秘匿執行部隊……『黄泉』……?」
エクレアの呆然とした呟きに、風華が頷いて。
「知ってる?」
「いえ……都市伝説としてですが……」
「実在するのよ。『黄泉』は」
黒魏が説明を引き継ぐ。
「独立秘匿執行部隊『黄泉』。『六英雄』の一人、月詠玖莉亜を筆頭に設立された日本の暗部組織。活動目的は不明だが、確かな理念の元に作られたらしい。その一環で日本政府と契約を交わしてるとか」
エクレアがその文章の単語と名前に過剰に反応した。
「ば、バリアント……ってッッ、しかも月詠玖莉亜……!?」
「国外の人間でも知ってるのか」
「も、もちろん知っていますよ! 無茶苦茶有名人じゃないですか!」
勢いよく発声した所為で、エクレアの美しい青みがかった銀髪が舞った。
『六英雄』。
20年前に日本で起きたグラリアス皇国、レイツェル皇国、ライツ皇国による三国共同大規模テロの際、大活躍した六人の『士』。
その六人がいなければ今頃日本は終焉を迎えていたと誰もが口を揃えて言う。
月詠玖莉亜はその英雄の一人で、現役のS級『士』だ。
『不可思議送り』の異名を持ち、テロ騒動が収まると同時に姿を見なくなったが、今も日本の為に奮闘してくれていると皆信じている。
女性『士』の憧れの的だ。
黒魏が髪をかき上げながらうんざりしたように。
「『黄泉』の隊員ははっきり言って化け物連中だ。隊員のほとんど全員がA級以上の実力者。隊長格はS級相当の実力の持ち主ってこともほぼ確実。日本が保有するS級『士』は11人だと言うが、実際はそれ以上だ。月詠玖莉亜以外の隊員情報は一切開示されてなくて、称号を与えようにも与えられないんだよ。『六英雄』の一人が統括してるってことで信用はできるらしいが、得体が知れないんだよな」
棘のある言葉遣い。
認めてしまっている自分を悔やんでいるようにも見える。
『黄泉』絡みで何かあったのだろうか?
結月が補足説明をする。
「『黄泉』の隊員は任務時は全身黒装束に、部隊毎に様々な色の仮面を付けていてな。隊員の素顔すらまともに見た者はいない」
「仮面…?」
「『黄泉』の幹部には『色』をベースにしたコードネームが付けられているんだ。『シアン』や『カーキー』のように」
結月の補足説明に、黒魏が補足というよりもついで知識のような感じで口を挟んだ。
「ちなみに今結月先輩言った『シアン』っていう奴は、数少ない面の割れた隊員の一人だ。と言っても俺達は知らないんだがな。…月詠玖莉亜の側近で国や『御八家』の重役達と顔を合わせることもままあるらしい」
「……強いんですか?」
「さあな。シアン率いる蒼い仮面の軍勢、第一執行隊は月詠玖莉亜の身辺警護が常時任務らしくてな、『黄泉』の中でも唯一データの乏しい部隊だ。まあ、シアン自体はS級レベルはあると見て間違いないだろう。…ついでに言えば、シアンは結構な美人だが、上品な月詠玖莉亜の後ろで放つシアンの冷徹な瞳にひと睨みされただけで背筋が凍るらしいぞ。」
エクレアもムースも恐怖を感じていない。
想像が追い付かず、今一理解できていないのだ。
エクレアはおずおずと言葉を絞り出した。
「哉瓦が……その『黄泉』の隊員だっていうんですか?」
「可能性は高くないが低くもない、てとこだな」
ムースが「あの…」と引っ掛かる疑問を投げ掛けた。
「『黄泉』の隊員が潜入してること前提で話してるように聞こえるんですけど…?」
風華が優しくその疑問に答えた。
「ええ、その通りよ。国との取り決めでね。今年から『黄泉』から第三執行隊の隊員が何人か学園や一般企業に潜入することになったの」
風華の説明が終わると、黒魏は腕を組んで目線だけをエクレアとムースにだけ向けて。
「『奇怪な狩人』って知ってるか?」
黒魏の口にした異名と思わしき単語は知らず、エクレアとムースが首を振った。
「まあ、そうだよな。第三執行隊隊長・コードネーム『ライラック』。紫の仮面の軍勢のリーダー。……ライラックは以前に一度、任務内容がダブルブッキングしちまったらしく、S級『士』の一人と交戦したことがあるんだが」
そこで口を一瞬噤むも、悔しそうに続けて告げた。
「結果は圧勝」
「まるで歯が立たなかったらしい」
エクレアは固唾を呑んで、最も重要で最も気になる部分を聞いた。
「その『奇怪な狩人』の正体が………哉瓦、だと言うんですか?」
「それは無い」
即答する黒魏。
「『奇怪な狩人』という異名が広まり始めたのは10年も前のことだ。当時4、5歳の子供じゃどれだけの天才でも無理がある。『黄泉』が潜入するのは学園だけじゃない。おそらく一般企業に潜入したんだろう」
ムースが確認を取るように聞いた。
「やっぱり、哉瓦は隊長ではないけど、『黄泉』の第三執行隊の隊員ではあると?」
「ああ。可能性は低くないと思ってる。ただそういうヤバい奴も『表』に出てきたってことは知っておけ」
「…ですが、『黄泉』の隊員がこんな簡単に身ばれするような目立つ真似をするでしょうか?」
「そうなんだよなぁ」
ムースの的を射た正論に、黒魏は椅子の背もたれに仰け反る。
同じように溜息を吐く結月が覇気の弱まった口調で。
「『黄泉』がこんな簡単なわけがない。……しかし、龍堂の個人データが偽装されているのは確固たる事実。私達も混乱してるんだ」
無理もない。
哉瓦が『黄泉』の隊員である可能性は濃厚だ。
だがしかし、『黄泉』がこうまで簡単に露見するようなヘマを犯すだろうか?
そういう心理を逆手に取って「敢えて」という可能性もあるが、そこまで深く考えていたら切りがない。
混乱の一方通行で靄が晴れる気配が全然無い。
哉瓦に直接確かめても無駄なことは当然として、『「士協会』の反応を鑑みるに悪人という可能性も極めて薄い。
風華が額をコツコツ叩きながら悩まし気に。
「とにかく、今はその事は置いて置きましょう」
その場の全員の乱れた脳にその声は透き通るように入って浸透し、クールダウンをした。
「ディアーゼスさん、グランチェロさん」
風華は二人の少女を見詰め、その名を呼ぶ。
呼ばれた二人の少女は反射的に風華に焦点を合わせて、『黄泉』の説明で疲れて曲がっていた背筋を伸ばした。
風華は改めて、聞いた。
「お二人は、私達と協定を組んでくれますか?」
エクレアとムースは戸惑いの視線を交差させた後、エクレアが代表して応えた。
「すみません。時間を下さい」
この場に蕨がいたら複雑な思いだろうなー、と思いながら書きました。
シアンも外ではクール美人なんですよ?
次回はどうなるのでしょう。
今思ったんですが、ここまで来て主人公の活躍場面がほとんど無いですね(笑)。どうしましょう。




