第10話・・・呼び出し/生徒会室・・・
以前と同じ小部屋。
紳士的な男性と金髪の派手な女がいた。
女が少し不機嫌そうに頬杖をつきながら男に聞いた。
「それで、今回思いっ切り失敗したみたいだけど、弁明とかある?」
男は友好的な微笑みを絶やすことなく女に答えた。
「ご安心下さい。今回はたまたま以前の仕事で使う予定だった場所や逃走ルートなどと一致しましたので、情報収集がてら襲撃しただけです。本気で捕えるつもりなら私やアワラも出ていますよ」
女はそれでも「ふーん」と信用しきれていない態度だ。
男は気にした様子もなく手元の書類に目を通した。
「それにしてもこの龍堂哉瓦という少年、お強いですね。バランやメクウが愚痴を零してましたよ。S級並みというのは真実のようですね」
「だからこそ価値もあるのよ。ていうかそんな弱音聞きたくないんだけど? 怖気づいた?」
「それはありませんよ。どうやら彼の弱点も皇女様と同じようです。……それに、どうやら私の『司力』なら彼に勝てそうですしね。最終手段と合わせて、念入りに策を立てさせて頂きますよ」
「東陽には『御八家』が二人もいるのよ? 協定でも結ばれたらどうする気?」
「心配には及びません。『私達』が襲撃する時のみ、一緒でなければ良いのです。孤立させる方法なんていくらでもありますよ」
「できるだけ穏便に頼むわよ。足が付いたら面倒だから」
「承知しています。私達とてそれは望むところではありません。今回のことは本当に試してみただけですので。……ですが、もう少し戦闘データなどが欲しいところですね、さてさてどうしましょう。今度はちゃんと影から襲撃しましょうか。いやいやそれとも……」
愉快気に微笑み、クライアントを前にして考え込んでしまう男を、女は不機嫌そうな、複雑そうな表情で見詰める。
女も、適当な人選でこの男の組織『グレード・アス』に依頼したわけではない。友情関係なんてものはないが、仕事上でなら信頼も置いている。
「頼んだわよ、キイル」
「お任せ下さい、蓮見様」
◆ ◆ ◆
休み明けの月曜日。
寝癖が良い感じに目立つ蕨は教室に入り、席に着く。休日の事件のことを話すクラスメイトからも「おはよう」以外の言葉を聞かないということは、蕨が被害者だということは知らないのだろう。
蕨は自然な動作でチラっと哉瓦達の様子を見ると、哉瓦の机にエクレア、ムースが集まり真剣そうな会話をしている。
(というかあれは〝結界法〟か? 周囲の人の邪魔にならないよう最小限に、音だけを遮断している? いつどこで敵が見ているかも分からないからこんなクラスの中で紛れてるってことかな? 使用者は……ムースか。へー、さすが巧いね)
一瞥の間にそんなことを考え、視線を戻してから「ん~!」と背筋と腕を伸ばした。
(こういう場合って何も気付かずに「おはよう!」とか言った方がいいんだろうな~。でも「今はそれどころじゃない」って変に恥をかくのはヤダな~)
結果、蕨は机に突っ伏し、眠いということを理由でその場を切り抜ける。
「おはよう! 蕨」
「寝不足は頭の回転を悪くするわよ」
「おっはよう!」
(ってそっちから来るのかよ)
蕨は下げてた顔を上げ、両腕を机上で置いたまま眠そうに応えた。
「おはよう」
「眠そうだな。…あれから何もないか?」
「見ての通り」
蕨は三人を見回して、さらっとばっさり聞いた。
「それで、協定的なものって結んだりしたの?」
三人が身体がビクつく。面白い。
哉瓦あたりを目線だけできょろきょろしてから、蕨の頭に銃弾でも躱させるように手を置く。
「そういう事あまりべらべら喋るな……っ」
「えー、敵に見られてるとか考えてるのー?」
ムースが後ろから蕨の口元を押さえ、エクレアが額に手を当てながら。
「そうよ。分かってるなら言わないで」
マスクを外すようにムースの手をずらし、蕨はなんてことない表情で述べる。
「気にすることないと思うけどね。隠しても敵さんはターゲット二人が正式に手を結ぶと考える気がするけどねー」
「そ、そう?」
ムースが後ろから覗き込むように蕨を見て聞く。
隠匿すべき情報は何があっても隠匿すべきだが、これはそれに値しない。隠匿することに時間を割いてる暇があったら、他の事に時間を割り当てるべき。
(常に情報戦を意識するのは良き心掛けだけど、情報の価値優劣を見極めないと、戦いには勝てないよ)
『黄泉』の『副参謀』たる蕨の脳がそう告げる。
「敵も頭が良い奴いるみたいだし、ターゲット二人が手を組まない、なんて楽観はしないでしょ。友達同士なら尚更」
蕨の言葉に、哉瓦が思考を迫られた。
(確かに……敵はベテランの仕事人達。先の事件の際の手際から見ても、頭の切れる奴がいるのは間違いない。……全ての情報を隠し通そうなどと……時間の無駄以外のなにものでも無いな……)
エクレア、ムースも納得させられ、取り敢えず緊張を溶いた。
「蕨……以外と頭回るのね」
ムースが感心したような声を上げる。
蕨は恰好付けて。
「ふん、俺が本気を出せば入試テストはもちろん、次期に行われる中間テストでだって満点は容易いさ」
「言ってなさい」
エクレアが溜息をつきながらツッコミを入れる。
(事実なんだけどなー)
やべー、これで俺が満点取ったら面白くなるんじゃね、などと蕨は小悪魔的に心の中で笑った。
不意に、クラスメイト達がどよめいた。
蕨達四人も連れられてクラスメイト達の視線を辿る。
原因はすぐに分かった。
「「「「北深坂先輩……」」」」
ワイルドクールな北深坂黒魏先輩が一年B組の教室に足を踏み入れ、「よう」などと片手を挙げながら真っ直ぐ蕨達四人のいる方向へ近付く。
(あの、向かってくる所、俺の席なんですけど! 一人だけ座ってるってやっぱり失礼だよな? でも未だ俺の肩に手を置くムースが邪魔でうまく立てん! せっかく北深坂先輩が作ったクラス中の女子が目ハートマークを浮かべるワイルド空間を変な雑音で壊しかねん!)
そんな蕨の境遇を黒魏のワイルド空間に毒されずに済んだ幾人かの男子が、察し、黙祷を捧げる。
(おいいいいいいいいいいいいい!)
そうこうしている内に黒魏は四人の元へ辿り着き、座ったままの蕨を気にすることなく、話し始めた。
「悪いな、急に」
「構いませんけど、どうかしたんですか?」
哉瓦はもう用件に勘付いているのか、視線が微妙に鋭い。エクレアとムースも同様だ。蕨も勘付いているが、息が詰まるような空間で胸に手を添えている。
黒魏も、哉瓦達に勘付かれていることなど承知しているようで、用件だけを手早く伝えた。
「ここで何かを話すつもりはない。昼休みに生徒会室来れないか? そこで話しをしたい。できれば四人で」
哉瓦は視線でエクレア、ムースと確認を取り、最後に蕨に向ける。
……………ん?
「お、俺も?」
「そうだ。まあお前の場合は深く考えなくていいがな」
黒魏が間髪入れずに答える。
(まあ事件の当事者だし、体裁的な意味かな)
「は、はい……分かりました」
哉瓦は再度黒魏に視線を向け。
「では、昼休みに」
「ああ、それとできれば昼飯は食べてきてくれ。時間はそっちに合わせるが、できるだけ早く頼む」
「分かりました」
哉瓦以外の三人も頷く。
「それじゃ」
それだけ伝えると黒魏はワイルドに去っていった。
「相変わらずイケメンだなー。哉瓦、お前今のところ負けてるぞ」
「そんなことで勝負してねえから」
やがて授業が始まり、全員席に戻った。
(席着いて一歩も動いてないのに、なんか疲れたよー)
◆ ◆ ◆
あっという間に昼休み。
哉瓦、エクレア、ムース、ついでに蕨は、手早く昼食を済ませ、生徒会室の前まで来ていた。
一番後ろの蕨は生徒会室の前に立ちながら。
(上級『士器』まで使って常時〝結界法〟を発動してる。名門校の生徒会となればこれぐらい普通って聞いてたけど……見た感じ『士器』の宝庫だな。城かよ)
先頭の哉瓦がドアをノックし、蕨を緊張が襲った。
立場的に一番低く、どんな態度を取ればいいのやら。
中から「どうぞ」と声が返され、哉瓦がドアを開けながら「失礼します」と入室する。エクレア、ムース、蕨も「失礼します」と哉瓦に続く。
「ようこそ、生徒会室へ。お手間を取らせてごめんなさい」
起立した状態で言葉を掛けたのは一人の女生徒。
クリーム色のロングヘアは甘さと魅惑さが漂うようにさらっと艶やか。風を模した羽のような赤い髪飾りが髪色と反し、際立って冴えている。
顔立ちは穏和で、微笑むその様は天の女神と錯覚してしまう。
彼女は生徒会室の最奥にある一際大きい机に座っている。
入学式でも一回見た。
彼女こそが、この東陽学園の生徒会長・『御八家』来仙寺家の子女にして『消鎮の姫』の異名を持つ、来仙寺風華。
「龍堂くん以外は正式には初めましてね、よろしく」
風華は丁寧にお辞儀をする。同時に、風華の左右に広がるように立っていた黒魏含める計5人の男女も、一礼した。
哉瓦も一礼し他三人も続く。哉瓦は入学式の際生徒会役員と面識があるので、率先して蕨達の先陣を切った。
風華は「どうぞ座って」と促した。
生徒会室は教室の半分程の広さで、最奥に生徒会長の席、その横脇からコの字型に広がる三つずつの机がある。
そしてそのコの字型机の正面に、長机が一つ置かれ、一般生徒はその長机に座って用件なり伝達事項なりを伝えるのだろう。
壁際には書類棚やティータイム用の食器やポットなどがある。
哉瓦達は長机に付き、座る。
風華、黒魏達も着席する。
「ディアーゼスさん達はこうして体面するのは初めてですし、まず自己紹介しましょうか。改めて、東陽学園生徒会長の来仙寺風華です。よろしくね」
微笑む風華。
知っていますって。
次に風華から見て右側手前に座る女生徒が口を開いた。
「私は三年の藍崎結月。生徒会副会長をしている。よろしくな」
すらっと背筋が伸び、蕨よりも濃いめの茶髪をポニーテールにしたいかにも武道を嗜んでいるような女性。ボーイッシュで頼りがいがありそうで、副会長という役職がぴったりだと思った。
結月の隣に座る女性が次に自己紹介をした。
「二年、会計の霧沢咲音と言います。よろしくお願いします」
長い髪は波のように靡いて伸び、おっとりした瞳は風華以上の母性と癒し効果を持っているかのよう。少しおどおどと落ち着きの無い部分はあるが、優しいということは一目で分かるような女性。
咲音は蕨に視線を合わせ、柔和な微笑みを見せた。
「入学試験の時会ったよね? 覚えてる?」
蕨は跳ねたように体をビクつかせ、何度も頷いた。
「は、はいっ! その節は本当にありがとうございました!」
「ふふ」
口元を押さえて上品にと言うより愛くるしく笑う咲音。
そんな咲音が、蕨には眩しく見えた。
「ゴホン!」
とそこで、わざとらしく咳払いをする男子生徒がいた。風華の左側手前に座るその生徒は蕨を一瞥してキッと睨みつけ、厳かな表情で自己紹介をした
「二年、書記の秋宮及吾だ」
よろしく、の一言も無いその男子生徒は眼鏡に短い髪で、一流企業の社長のような威厳がある。友達少なそう、と思ったのは蕨だけでないはず。
及吾の隣の男子生徒が軽く頭を下げながら。
「二年、庶務、灰村涼一。よろしく」
無表情と、最少の動作と、淡々とした口調からは普段は物静かであろうことが予測できた。パソコンと向かい合っている姿が良く似合いそうだ。
そして及吾の隣りに座る黒魏が「俺のことは知ってるよな」と手を振りながら言う。この人風紀委員なのにどっかり座っていいのか?と思ったが何か事情があるのだろうと深くは考えなかった。
ちなみに咲音の隣りも空席なのだが、同じ理由で棚の上に置いといた。
エクレア達三人も自己紹介を済ませ、風華が話題を切り出した。
「みなさん、土曜の襲撃の際はありがとうございました。当校の生徒として、誇りに思います」
「ありがとうございます」
哉瓦が真摯に受け応える。
「本日は被害者である貴方達への感謝及び私達が知る限りの事情説明と、これからについて話し合いたいと思い、お呼びしました」
(『これから』……協定のこと、かな)
蕨がゆっくり気に考える間に、風華の説明は始まった。




