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ライラック  作者: 三角四角
第1章  入学初月編
10/28

第9話・・・各々/対談・・・

 トンネル内での戦いが終わった後、警察がすぐ到着した。

 蕨や他の一般人達は、警察から幾つかの形式的な事情聴取と、その場で行える軽い検査を終えて、パトカーに乗せて家まで送ってもらい帰宅した。

 哉瓦、エクレア、ムースは今も尚、事情聴取というていで深く話し込んでいる。実際に狙われた張本人であり、東陽学園の生徒であり、確かな実力者でもあるので、警察も「子供は黙ってなさい」と無碍にすることもできない。最も、そう思っていたのは最初だけで、徐々に哉瓦達の有能さに気付いた警官は目の色を変えていたが。


 時刻はまだ昼過ぎで、今日という日は充分にある。しかし、警察官に「今日のところは外出を控えて下さい」と言われているので無闇に出れないし出る気にもなれない。

 敵のターゲットは哉瓦とエクレアのようだったので、この忠告も形式的なものなのだろう。

 

 リビングにたった一人の蕨はテレビに取り付けた特殊回線で『とある所』に映像電話を繋いだ。

 やがてテレビの液晶画面が鮮明なものとなり、そこに良く知る人物が映っていた。

「よう、シアン。数ヵ月振りかな」

『お久しぶりです。ライラック』

 シアン。

 ショートカットに見た目はスーツ、中身は特殊素材の服を纏った美女。

 独立秘匿執行部隊『黄泉』・第一執行隊隊長にして副指揮官。

『黄泉』内の地位的な意味ではナンバー2でおられるお方だ。

 蕨は特に畏まらず、ソファーに座っていつもの口調で話している。

 シアンは年下相手にそのような態度を取られても気にする素振りもなく、凛々しく厳しくも見える表情に自然と好意的な笑みを浮かべてさえいる。

「玖莉亜さんは?」

『今はマゼンタと一緒に何やら話し込んでいます。頭脳面において、あの二人相手では私はいてもいなくても変わりないので、こうして災難に巻き込まれた隊員の報告を聞いているのです』

 後半になるに連れてシアンが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 蕨は溜息を吐きながら頬杖をつき、

「別に好きで巻き込まれたわけじゃないんだけどな」

『そうですか。では、まずは報告を』

 蕨は今日の出来事を一部はざっくりと、一部は細かく、必要な情報を取捨選択して懇切丁寧に説明した。

 シアンは質問を挟まず蕨の説明を全て理解して。

『なるほど。それで、敵の逃走ルートの目星はついているのですか?』


「多分、地下水路」


 蕨はシアンの疑問に、哉瓦の辿り着けなかった疑問に、あっさり答えた。

「敵の…クウガとか言ったかな。とにかく〝炸裂系土属性〟の奴は地下水路……つまりマンホールの下にいたんだと思うよ。哉瓦達はトンネルの外にいたと思ってたらしいけどね。……それで、哉瓦達はメクウとバランがトンネルのどちらかの出入口から逃げると思ってたらしいから、意表を突かれて逃がしちゃった、みたいだよ。今頃警察の調査結果を知って驚いてるんじゃないかな」

 逃走ルートが地下水路だと気付くのも時間の問題だろう。切羽詰まった様子だったようなので、痕跡の後始末が完璧とも思えない。

『龍堂哉瓦なる少年も、頭は切れるようですが、そこまでは回りませんか。……実力はともかく、知能はあくまで学年主席レベル、と』

「シアンー、そういう俺の友達をバカにしたような言い方やめてくれない?」

『事実ですので。バカにしたつもりなどありませんよ』

 蕨は不満の抜けない表情で「それで」と。

「あいつらって『鬼人組』なの?」

『「鬼人組」、というより「鬼人組」に雇われた「組織」、でしょう。以前に報告しましたよね? 今、組内で競争が行われていると。幹部に上がらんとするやからが手頃な「組織」を雇ったのでしょう』

「めんどーだなー」

 蕨の呟きにシアンはジト目で。

『ライラック、貴方何もやっていないでしょう?』

「そ、そんなことねえし! 子供助けたし! ていうか〝エナジー〟量99%もリミットされてる俺にどうしろと!?」

『…………99%も…ですか』

「知らなかったのかよ!」

『その辺は玖莉亜様とマゼンタ……あとはアプリコットに任せていたので……』

「あの性悪集団っっッッ!」

『で、でも、例えそれだけ規制されていても、学生の平均量はあるでしょう?』

「それだけじゃ哉瓦相手に欺けるかって! それに東陽みたいな名門じゃ今の俺の〝エナジー〟量なんて平均以下だよ!」

 シアンは力無く笑い。

『落ち着いて下さい、ライラック。リミッターは貴方の任意で解除可能でしょう? 龍堂哉瓦の前でリミッターを外したらその余波で気付かれるかもしれませんが、龍堂哉瓦の〝探知法サーチ・メソッド〟も届かない範囲なら遠慮無く解除できるでしょう? その時に思う存分暴れなさい』

 蕨はシアンの妥協を誘うような、宥めるような言葉に溜息をついた。

「それ「暴れた」のが俺だってばれたらもうダメじゃん………それに俺の『司力フォース』に「暴れる」っていう動詞は当てはまらないと思うんだけど……」

 その蕨の反応を見て、シアンが笑んだ。

『いつもの調子に戻ったようですね』

「………ふん、ていうか、哉瓦の素性はまだ分からないわけ?」

 照れ隠しついでに前々から調査を依頼していた疑問を尋ねる蕨。

『ええ。偽装されたという調査結果から目立った進展はないですよ。……そう言えばライラック、あの見解内容はなんですか?『悪い奴じゃない』と思う、って。ふざけてるんですか?』

 前の報告書に書いた蕨の言葉がよほど癪だったのか、シアンが蒸し返す。

「いいじゃん、そんなの。一々蒸し返してたら婚期逃すよ?」

『なっ、』

 シアンの顔が年齢と性格に反して可愛く赤面した。

『私はそのようなこと気にしてません!』

「そんな慌てて言われてもなー。まあシアンに取っては出逢いの少ない職場だから仕方ないけどねー』

 極秘組織である『黄泉』の中でも恋愛事は決して少なくない。『境遇が同じ』というべきか、『同じ痛みを持つ』と言うべきか、とにかく『黄泉』内の信頼関係は他のどの組織よりも一線を引くものがあると言える。それが蕨の現在進行中で遂行しているような信頼第一の潜入捜査を任される所以でもある。

 しかし、シアンのような隊長格ともなれば男性隊員達は腰が引け、なまじ信頼関係が高い故にその関係を壊さないように取り計らっているのだ。

 シアンは口を尖らせて。

『ライラックはいいですよね。女子からちやほやされて』

「シアンは鋭い目付きとかツンツンした態度をどうにかすればいいと思うよ? 今俺と話してるみたいに」

『余計なお世話です。年下の男の子に指導されるほど落ちぶれてません』

「いやー、シアンは恋愛面においては結構落ちぶれちゃってると思うけど?」

 カチンと、シアンが一瞬震えた瞬間に溢れ出る怒りを抑えるのに必死になった。

『ライラック……年上の女性に対して口の利き方がなっていないのでは?』

「シアンのそういう表情とかも特殊な趣味の連中を引き寄せると思うんだけどなー」

『人の話しを聞きなさい!』

 などと、くだらない世間話しを交えながら蕨は報告を終えた。

 今まで慣れない生活で溜まった鬱憤をシアンで軽く発散し、蕨はそのままソファーに突っ伏し、夕飯時まで仮眠をとることにした。


 ◆ ◆ ◆



 エクレア、ムースが住まう一軒家。豪邸とまではいかないが、5LDKの2階建て。二人の学生が住むにはやや広い。

 その家のリビングで、エクレアとムースの二人はテーブルで向かい合い、深刻な顔で話し込んでいた。

「やっぱり狙いは私の『血』よね」

 エクレアが重々しく告げる。ムースは否定することができなかった。

「……うん、それもあるけど、それだけじゃないよ。哉瓦も言ってたじゃん。狙いは『自分とエクレアだ』って」

 慰めも意味を為さず、エクレアは俯いた。

「でも私の所為で他の人を巻き込んで……」

「それはエクが気に病むことじゃないっ。そんなこと気にしてたら学校に通うことも気にしなくちゃいけなくなっちゃうよ……」

 自分が傍にいるだけで他人に迷惑がかかる。

 その理屈でいくと、学校に通う時点でアウトだ。

「もう、道は一つしかないよ」

 ムースが、決断と覚悟と僅かな後悔の混じった口調で語る。

「敵を倒そう。組織がどれほどのものか知らないけど、私達の平穏の為にはそれしかない。もたもたしてたら『国』から強制帰国命令も出かねないよ」

 今回のことは当然ディアーゼス皇国にも伝達されている。

 エクレアの父、ディアーゼス皇国国王は過保護だが理解のある人で、娘の意見を尊重している。だからこそ娘の、皇女の留学を許可したのだ。

 今回のような危険も、娘の成長の為と前向きにとらえ、まだ口出しをしてこない。

 敵がレベルにもよるが、まだ許容範囲内と判断されたのだろう。

 しかし、状況次第では強制帰国命令が下されてもおかしくない。

 仮に今、日本がテロの標的となっていると知れば、別国の成人もしていない皇女の手には余ると判断され、即座に強制帰国命令が下りるだろう。

 理解があり、こちらの意見を最大限に尊重してくれているからこそ、エクレア達はその命令には従わなければならない。

 ムースは力説を続けた。

「哉瓦だって快く協力してくれるに決まってる。戦闘力的には完全にこっちが優位なんだから、実際敵を見付ければこっちの勝ちも同然。北深坂先輩ももしかしたら協力してくれるかもしれない。自分に降り掛かる災いは自分で動かなきゃ」

「ムース……」

「自分の平穏は、自分で掴もう」

 侍女の心強い言葉にエクレアは頷いた。


 調子を取り戻したエクレアは意地悪半分でムースに聞いた。

「ていうかムース、ナチュラルに柊くんの名前は上げなかったわね」

 ドキッとするムース。

 蕨は日常生活の上では一緒にいて楽しい男だが、こと戦闘においてはあまり役に立つとは思えない。

 もちろん、ムースもエクレアもそれで卑下するなんてことはしないが、やはり「一緒に戦おう」などと無神経なことは言えない。

 主の侍女の最近変化が見えるその『想い』に対する軽い悪戯のつもりだったが、侍女は思いの他慌てて応えた。

「ま、まあ蕨の本領は戦闘じゃないからね。対人能力は一人前だよ? 今日だって女の子を慰めて……ほら!助けたりもしたじゃん!」

「あ、そう言えばそうだったわね。彼以外と勘良いのね。少し見直したわ」

「ちょっと~、蕨をバカにしたような言い方やめてくれない?」

 ツンケンしているムースにエクレアは苦笑して。

「ごめんなさい。でもやっぱり彼は戦いに連れていけないわよね」

 ムースも少し残念そうな顔をしながら、優しく微笑んだ。

「……うん。でも蕨だってそれは分かってるよ。蕨は自分が凄いなんて過信はしないし、ましてや私達と肩を並べて戦いたいなんて考えてもない。でも、私達のことはちゃんと理解してくれてる」

「そうね。そういう意味ではホント逸材よね。まだ出会って二週間も経ってないのに」

 ムースはクスリと笑い。

「蕨は学園生活における私達の帰る場所、そう思っておくと良いと思うわ」

「……そうね」

 エクレアは首を同意した。

 すると、ムースの目が悪戯っぽく光った。

「それで、エクは哉瓦のことちゃんと好きになったの?」

「なっ、ちょッ……」

 今度はエクレアが慌てて赤面した。

「ま、またそういうこと言って! そんなのまだ……」

「お、『まだ』、頂きました。もうすぐだね、ふふ」

「っっっっっ!」

 赤面した顔をテーブルに伏せながら、やっぱりムースに口八丁では敵わないなと、溜息をついた。


 ◆ ◆ ◆



 龍堂哉瓦は、一人家にいた。

 奇しくも蕨と同じように映像電話でとある人物と言葉を交わしていた。

 蕨と違う点は、礼儀正しく姿勢を正し、持前の真剣味を全面に押し出しているところだ。

 映像電話の相手は、重い言葉遣いで。

『それが今日の顛末か?』

 50は越え、60に差し掛かる程の男性。

 だが肌に老衰の痕跡は見えても気力、迫力はそこいらの若造を一蹴する程の代物を放っている。

 眼鏡のレンズ越しに男性の眼光が哉瓦に突き刺さる。

 哉瓦はその男性の尋ねに、苦い顔で頷いた。

「はい」

『お前は雑魚三匹捕獲することもできないのか?』

 予想通り、男性は蔑みの視線で哉瓦の心臓を抉った。

『聞けば敵兵はたかだかA級「フォーサー」並みだと言うではないか。一般人を見殺しにするなどは言語道断、人質を捕えられては酌量の余地もあるが、その人質を捕えられたのはお前の油断が招いたこと。しかも、人質を取り戻した上で戦闘し、意表を突かれ逃走を許すとは、酌量の余地皆無だ』

 哉瓦は奥歯を強く噛み締め、その言葉を正面から受け止めた。

「も、申し訳ありません……」

 あの後、警察の調べで逃走ルートは地下水路だと分かり、なぜあの場気付けなかったと後悔の念が押し寄せてきて、事情聴取中自制心を保つのが大変だった。

『まあよい。怪我人も無し。次に期待してやる』

「ありがとうございます」

 男性は険しい顔付きのまま。

『して、狙われたのはお前とエクレア=エル=ディアーゼスで間違いないんだな?』

「はい。バランなる敵の言質のみですが、バス内の乗客及び運転手合計11名の中には自分とエクレア嬢以外に狙うだけの価値ある人物は警察の調査でもいないとのことでした。自分含める4人以外は『フォーサー』ですらありません」

『ほう。では敵はお前の「正体」にも気付いていたのか』

「可能性は高いかと。バランなる敵は自分のことを指して『やっぱり実力はS級並みか』、『事前報告通り』などと述べていました。ただの学年主席と思っている相手に向ける言葉にしては些か大げさです」

『なるほど』

 男性の目線がギロリと、増々鋭いものへとなり、哉瓦を射竦めた。

『それで、お前はこれからどうするつもりだ?』

 哉瓦は「はい」と返事をして。

「言うまでもなく、敵を殲滅します。おそらく、エクレア嬢も同じ気持ちだと思うので、協力体制を敷こうと思っています。敵の居場所が分からない以上、エクレア嬢は常に狙われていると見るべき、共に行動してデメリットはありません。可能な限り捜索して敵の居場所を発見したいですが、最悪の場合、敵が再び襲撃してくるのを裏手に取りたいと思っています」

「エクレア=エル=ディアーゼスとムース=リア=グランチェロだったか? その二人は強いのか?」

「はい。二人ともS級には届かないまでも、A級の中でも上位に組すると見て間違いありません。敵とも接戦は強いられるかと思いますが、勝利は確実でしょう。エクレア嬢とムース嬢は主従関係にありますので、おそらく連携は抜群です。二対一なら余裕で勝てるでしょう。敵の居場所が分かり次第、自分一人でも片が付きます。遺憾ながら、今の自分にできることはこれだけです」

 男性はふむとしばし考え、とある疑問をぶつけた。

『お前、確か友達三人と申したな?』

「は、はい…」

『今の女二人の他のもう一人の男はどうなのだ? お前でも気付かなかった潜む敵に逸早く気付き、女児を庇ったのだろう? その男とは協定を結ばないのか?』

 哉瓦は渋面させ、こういうことはあまり言いたくないが、言わなければならないことを心の中で蕨に詫び、述べた。

「彼は『自分達』とは違います。どこにでもいる学生です。まだ〝法技スキル〟も覚束ない学生なのです。女児を助けた際も、直接聞いたわけではありませんが、おそらく偶然に寄るところが大きいでしょう。テクニックは天才的です。『フォーサー』としての未来にも期待できます。ですが、今はまだダメです。このような危険な事に巻き込むわけにはいきません」

 男性は不満ない納得のいった表情で『そうか。無理強いはよくない』と頷いた。

『それと哉瓦、その協力体制を敷くのは女二人だけか? 東陽学園には北深坂家や来仙寺家、他にも各名門の出が多いと聞くが、どうする気だ?』

「自分から協力を申し出るつもりはありません。狙われているのは自分であり、いくら『御八家』と言えど無闇に巻き込んでいいわけがないです。……ですが、もし向こうから接触があれば、遠慮なく手を結びます。意地を張るよりも事件の解決が最優先ですので」

『そうか。お前がそれでいいのなら構わないが、くれぐれも、お前の「正体」は気付かれぬようにな』

「はい。承知しています」

 哉瓦は決してこの男性が嫌いではない。

 性格こそ厳格なものだが、冷徹ではなく、人の意見にもしっかりと耳を傾ける。

 このような性格の人物にありがちな『人』を『物』としてしか認識してないということも無く、安心して従っていられる。

 画面の向こうの男性は時計を確認し、

『ではな。何か情報が入り次第そちらに連絡する。進展状況はレポートにまとめて基本週一で、目立った進展があればその都度送ってくれ』」

「承知しました、嵐瓦らんが様」

 哉瓦は恭しく頭を下げ、映像電話が切れた。


 哉瓦は頭を上げ、覚悟の灯った瞳で暗くなった液晶画面に映る自分の姿を見詰め、拳を強く握った。

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