光牙
前へ進む鎧姿のギィド。距離を詰めるむき出しの異形に、ローグィが動く。もはや言葉はない。純粋な殺し合いのみが選択される。
指先からの弾丸を速射。同時に距離を取った。足先に魔術光。炸薬生成魔術により足元に地雷術式が張り巡らされる。
地雷により足止めし弾丸を放つ徹底したアウトレンジによる攻撃、しかしそれはギィドも予測している。
両足と背中の腕で地面を叩く。強化された筋力によりへこむ地面。跳躍によりギィドの体が空高くへ踊る。地雷を飛び越え上からローグィへ距離を詰める。
「思った通りで助かる!」
ローグィが空のギィドへ左腕を構えた。変形する前腕。装甲貫通砲弾発射機構発射体勢。ナレインを殺した弾丸。
解き放たれる魔弾。鬼骸の装甲さえ貫く致死の一発。
「砕け散れ害虫が!」
着弾の瞬間、閃光と爆発が起こる。
「なっ!?」
驚愕の声を上げるローグィ。装甲貫通砲弾発射機構の超硬質弾頭は貫通力を重視したもの。炸裂する種類の弾頭ではない。ならば、
──魔族自体が爆発した!?
煙の中で、鎧を失った、しかし無傷のギィドがいる。
「いぃ痛ってぇなバカやろう!!」
現代兵器において爆発反応装甲というものがある。装甲そのものを着弾時に爆発させて、砲弾の威力を相殺させる機能を持った特殊装甲である。
ギィドは鎧を血液で構成している。自身の持つ爆薬生成魔術により鎧自体を爆薬に変換、着弾の瞬間に爆発させてフーバスタンクの砲弾を反らせ、直撃を免れた。免れたが、自身を爆風に晒すためにそれでもかなり痛い。
一発だけしか防げない、だが一発を防げばそれで十分。
ローグィの間近へ着地。相手が再装填するより速く、ギィドの右手より血の剣が伸びる。もう手持ちの血液は使い果たした。ここからは自前の血だ。
「遅ぇよ!」
必殺の斬りつけ。しかし鋭い金属音と共に刃が弾かれる。
「な!?」
「無駄だ!」
切り裂かれたローグィのコートの下に金属装甲。
「複合金属素材による特殊装甲だ、原始的な刃物では貫けん!」
「丁寧な解説ありがとよこのクソ野郎!」
反撃の指弾を避けて、それでも距離を取られないように前へ。
「それじゃあこっちだ!」
刃の形が変わる、剣から長く伸びて、別の形態へ。渾身の力を込めて、ふるわれる。
しなる血鞭がローグィを捉えた。全身に絡みつく。
「動きを止めたところでぇ!」
引きちぎろうとするローグィへ、魔族が笑う。罠にかかった獲物を見る表情。
「いいや、もう遅い。──部下共が地獄でお前を呼んでるぜ!」
鞭持つ手から魔術光が走る。点火され、超高速で火が鞭を駆け上がった。
連続する小爆発と衝撃、閃光。凝縮された破壊が、ローグィの全身を貫く。
「あがががががが!!!?」
絶叫。爆発と煙が止む。全身を特殊装甲ごとズタズタに斬り刻まれたローグィが、ゆっくりと膝をついて倒れた。
「悪りぃな。俺にも隠し玉の一つ二つはあるんだよ」
V型炸薬爆破線と呼ばれる主に建築物の解体に使用される種類の形成爆薬が存在する。断面がV型のライナーに成形炸薬を充填された構造をしたものだ。
点火と同時にノイマン効果により圧力が逆V字の頂点に集中。高温、高圧、高速のメタルジェットを発生させ設置された対象を瞬時に焼き切る。威力は凄まじく、建築物に使われる大型の鉄骨素材を切断できるほどだ。
ギィドの放った鞭もこのV型成形炸薬とほぼ同じ構造をしている。本来ならば全方位に飛ぶ爆発を、線状にのみに絞り超切断能力へ変える必殺の術式。魔術名──爆斬撃術式。
「はぁ、はぁ、……アリッサ、生きてるかアリッサ!」
もはや自分以外動くもののない場所で、アリッサを呼ぶ。はるか向こうでは未だ竜と勇者の戦いが続く。ここを離れなくては。
「う、うあぁ」
座り込み動けなくなっているアリッサの肩を掴み、立たせる。
「怪我は……ひでぇな。だが出血は止まってる。動けるな?」
少女は答えない。消耗がかなり激しいようだ。
「今ここを離れなきゃ死ぬぞ。少しだけ我慢して」
「あ、あの、ギィドさん、は、ま、魔族、なんですか……?」
「……見えてないなら、最後までわからないふりしててくんねぇかな。心配すんな。命取ろうとは思わねぇよ。うちの国に難民として身柄を受け入れてもらえるか、話ぐらいはできるぜ」
ふらつく彼女に、肩を貸す。腕に触れた人間とは違う身体構造の感触で、イヤでも魔族だとわかるだろう。
もっとも、ギィドが魔族なことなど見ただけでわかるだろうが。
「ギィドさん、な、ナレインさんは……ナレインさんは生きてるんですか……さっきの追っ手の人たちに聞いても、答えてもらえなくて……」
「あのな、アリッサ。ナレインはな」
「教えて、下さい、お願いします!」
「死んだよ。俺にお前を助けてくれって言い残してな」
「……!」
少女の息が、止まる。吹きすさぶ風と、流れゆく雲だけが、世界に有った。アリッサの体から、わずかな力がゆっくりと抜けていくのがわかる。
「アリッサ、ナレインは、アイツはなにも後悔してない。全部アイツの自身の意志で」
「あ、は」
「……アリッサ?」
沈黙から漏れた少女の声は、ギィドの予測とは違ったものだった。
それは悲嘆ではなく、それは慚愧ではなく、それは慟哭ではなく。
「あはははははははは!!」
それは膨大な狂気をはらむ歓喜の声だった。十代の少女が
上げられる代物の声ではなかった。
笑いながら、少女は涙を流す。
「やったぁ……やっと死んだぁ……やっと死んだぁ!! ナレイン! ずっと、ずっと殺してやりたかった! これで……これで安心して死ねる……アイツが生きてるかもしれなかったら……私は絶対に死ねなかった!」
「……アリッサ、お前」
「お父さん……お母さん! 私、仇取ったよ……! これで二人の所にいけるよ……アイツを……二人を殺したナレインを殺せたから! あははは!! あはははははははは!! ねぇ、誉めてくれるかな!? お父さん、お母さん!」
少女は憎しみを忘れていなかった。なに一つ、ひとかけらさえ、憎しみを捨ててはいなかった。
力無くとも、刃さえ握れなくとも、必死に計略を巡らせてナレインが自ら死地へ赴く方法を描き続けてきたのだ。
消えぬ憎しみだけが、彼女の武器だった。
憎しみが、少女を怪物へ変えていた。
「アリッサ、お前、今まで」
「全部演技よ! 私の両親を殺したアイツを! 許したふりをして、罪悪感をかきたてて、感情を煽って! やっと、やっとアイツを殺せたのよ!
最高の、本当に最高の気分ね! 騙されたと知ったやつの顔が見られないのだけが残念だったわ!」
彼女に罪悪感と同情を抱くようナレインを操作し、自らを救うために死地へ挑ませる。それがアリッサの計略。そのためには自らの危険や死さえもいとわない。
復讐だけが、少女の生きる理由だった。
だが、それでも、ナレインはアリッサを選んだことを、ギィドは知っている。
「……騙されたんじゃねぇ。ナレインは騙されてやってたんだ」
「……な、に? なにを言って」
「ナレインはお前さんが騙そうとしてたことなんざ見抜いてたよ。それを飲み込んでこの無謀な戦いに挑んだんだ。
アイツは言ってたよ。『アリッサに故郷の海を見せてやりたい』ってな。……アリッサ、お前、その目実はちゃんと見えてるんだろ? 遠隔視で大まかな位置はわかっても海の光景自体は肉眼で見ないとわからないからな」
「う、そ、嘘よ!」
「嘘じゃねぇよ。ナレインはお前の演技も復讐心もとっくに見抜いてた。それでも黙って命を懸けてお前を助ける道を選んだんだ。だからなあ、アリッサ」
「嘘、嘘よ! 嘘よ嘘よ嘘よ!!」
「だからなあ、ナレインを、もう許してやってくんねぇかな」
復讐はもう果たされてしまった。罪人は罪を受け入れ、復讐者は目的は終えた。ならば、この空虚な憎しみだけは消しておきたい。ギィドはそう思った。消えぬ憎しみは、少女に背負わせておくにはあまりに重い。
「違う、アイツは……ナレインは……私は!」
悲壮な叫びと同時に、アリッサの頭が爆ぜた。
△ △ △
掲げたソウジの鬼骸刃。刀身が、今再び輝く。かつての主人が命を懸けた望みを叶えんと、亀裂と軋みさえいとわず轟音を上げた。
次の瞬間、竜のレーザーが殺到。
轟音と光。その中心を、異形が切り裂いて飛ぶ。
折れた鹿の角。破片が落ちる手足。砲弾の穴が空く胴体。傷ついた森の死神。プラズマの光を纏い、オリアンティが行く。
──これかなりガタがきてますよギィドさん。
動くことは動くが、それでもオリアンティには限界が来ている。時間はかけられない。
幸いオリアンティ内部にある魔力補助機関に残る痕跡から、ナレインが得意とする魔術は推測できた。オリアンティもその魔術用に補助機関をチューニングされている。ならば急拵えでそれを使ってもなんとか使い物にはなるはず。それを──彼女の得意とする、ケイ素を生成し成形する魔術は。
集中する意識。試したことはないが、ミスれば焼き殺されるしかない。生きることにも死ぬことにもこだわりなどないが、願いを果たさずに消えるつもりはない。
それだけが、自らの意思を示す方法だから。それだけしか、世界へ自らの存在を叫べないから。
「────輝け」
オリアンティの両腕から、膨大な魔術情報の光が解き放たれる。闇を射す朝日のように、切り裂く光が形を持ち、膨張する。
際限無く膨れ上がる光は、ソウジ自身を覆い隠すほどに成長。
それは、直径三十メートルほどのケイ素の塊だった。
しかしそれは塊と単純に形容することはできない。底面を六角形、その周辺は三角形と四角形により構成され、上面を二等辺三角形の集合により尖った形に形成された特異な形状。
透き通る巨大な宝石ともいえる物体が、竜と対面する。
竜の一斉射は宝石の構築と同時だった。
全方位のレーザーが、宝石に着弾する。あらゆる物体を溶かし貫くはずの光の糸は、宝石を素通りし、中のソウジから微妙にハズれて外へ出て行った。
ル ル ル ル ル
困惑するうなり声を上げる竜。なおもレーザーを増すも、光はソウジに届かない。
ダイヤモンドにはサークリングカットというカット技法が存在する。ダイヤモンドの輝きをもっとも美しくするよう計算されたカット方法だが、その要点は入射する光の計算にある。
ほぼ全ての面から入射する光が、必ず中央部を通り抜けるよう計算された形状にカットされているのだ。
ソウジはこのサークリングカットの形状を微妙に操作し、中央にいる自らに入射する光が必ず曲がるように設定した。
これにより殺到するレーザーはソウジに届くことなくすり抜けていくことになる。
構成するケイ素そのものも1200度まで耐える特殊ガラス素材、バイコールを選択しレーザーにより蓄積する熱も耐えるよう調整してある。勇者の編み出した対竜用光学魔術防御術式、魔術名──輝環光牙壁術式
これで竜に対する盾が完成した。
そして、これは盾であり矛である。
「さて、本題はここからです」
ケイ素操作魔術を追加発動。宝石がさらに形を変える。
四方へすり抜けていくレーザーの方向が変更していく。
「反らせるならば、束ねることもできる。それが道理というものでしょうね」
反射された竜のレーザーが一点集中。宝石の頂点から発射。膨大な光と熱の奔流。
うごめく竜魂の中心に直撃。うなりながら金属流体が弾かれていく。
「竜のレーザー、そのすべてを集められるわけではないので出力の半分ほどですが……一点に束ねればバカにしたものでもないですね」
勇者は勝機を逃がさない。プラズマジェット魔術を追加発動。怯む竜の元へ、宝石ごとぶち当たる。
「レーザーの熱量と質量攻撃……! これだけ食らわせれば……」
衝撃に崩壊していくケイ素の巨大宝石。破片が魔力へと返り霧散していく中を勇者が飛ぶ。
目標は、竜魂が抉れた中心点。
金属球体が浮かぶ空間。
あれこそが、恐らくは竜の本体。




