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その勇者、虚ろにつき  作者: 上屋/パイルバンカー串山
第三話 いつか、殺し合う日まで

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探索


――あーもうなにやってんだ俺は!


 雪を踏みしめながら、旅姿の青年が歩く。周囲には白が積もる葉の無い木々。ある程度の整備がされた山道ではない、人が近寄らぬ山中。


――無視すりゃ良かったんだよなぁ、あんなのはよぉ。


 なにやら喚き立てる山賊二人をあっさりと叩きのめし、山小屋の裏の崖に叩き落としてきた。まあそこそこ低いから運が悪くなければ死にはしないだろう。

 呆然とする親子二人を後に、急いで山小屋を出てきた。誰かが見回りの兵士でも呼んでくると面倒になる。

 なにせ、青年は――魔族の兵士ギィドは人間の偽装を纏っているのだから、身体検査でもされたらバレる可能性があった。


――まあ少し調べられたぐらいでバレる代物じゃねーがな。


 彼の任務は、イドス国上空での秘密偵察中に消息不明となったブランクドの捜索とその痕跡の抹消および残骸の回収または破壊。

 魔族の中でもギィドの種族である妖人種は見た目が通常の人類に最も近い。今回の潜入捜索に抜擢された理由の一つだ。


――大体俺は寒い所イヤなんだよ……寒いわ人族が多いわ二度とこねえぞこんなところ。


 温暖な南方にいる魔族にとって雪はあまり馴染みがない。そしてなによりもギィドは人類が個人的に嫌いだ。かなり大嫌いだ。若干十九才でありながら幾度も前線を経験し、精鋭部隊の一つに所属しているギィドには、人間に殺されかけた、あるいは同朋を殺された記憶がいくつもある。正直いえば面も見たくはない。

 それでも、目の前で行われる理不尽に、どうにも我慢ができなかった。


――決めた、もう何もしねぇ。何を見ても無視して速攻で任務片付けて帰る。絶対帰る。


 不意に屈む。足元の雪に手を突っ込んだ。つかみ出されたのは、所々が黒く焦げたくちばしらしき破片。


「ここで死んだのか、ブランクド」


 見渡す山間の雪原。白い雪の下に、所々黒い何かが埋まっているのがわかる。粉々になったブランクド――かつての戦友の死体だ。

 くちばしには炭化した部分と、溶けた痕跡がある。


――かなり高温の炎の跡……やはり飛行中に戦闘して撃墜されたのか。


 自然界には存在しないレベルの高温。魔術の痕跡。何者かとの戦闘。しかしそれは誰か。遥か上空数千メートルを音速で飛ぶブランクドと正面から戦える人類など限られている。


――……五英雄か? いや、それクラスと交戦したならとうにイドス国自体が動くはず。イドス本国で魔族と遭遇したなんて大騒ぎになるぞ。


 あるいは、探索に来た後続の魔族を――つまり自分をおびき出すための罠か。


「やべぇな、こりゃ」


 更に拾い上げたのは、小さな機械部品。ブランクドの戦闘を記録した情報保存魔術具ブラックボックスだ。魔族国本国にある再生装置だけが内部情報を確認できる。ギィド最大の目的は、この装置を本国に持ち帰ること。

 いよいよもって他のことに気を取られる余裕は無くなってきた。


――とにかく、証拠を隠滅してとっとと逃げる……!


 視界の端に、なにかが引っかかる。

 雪に埋もれている、ブーツ。ブーツから先に連なるズボン。

 人の脚。その先は雪に埋もれていた。


――無視だ、無視しろ! 見なかったことにしとけ!



 △ △ △



――なにやってんだよ俺は……


 長身の青年――雪の中から引きずり出した意識のない男を山小屋に入れ、ギィドはため息をつく。


――とりあえず生きてるなら、なにか目撃してないか聞き出すか……


 この青年がなぜ雪の下にいたのか。恐らくはブランクドの戦闘に巻き込まれたのだろう。ボロボロの服装もその影響か。ということはなにがあったのかを知っている可能性がある。

 まず情報を聞き出すためには、助けなければいけない。そう自らに言い訳をして、青年を掘り起こした。もし彼が何を知っているどころか、魔族ブランクド自身を目撃していたなら結局は始末せねばならなくなる――つまり、助けること自体が無駄になるかもしれないが、今はそれは考えないようにしよう。


 ストーブに灯る火が大きくなっていく。やっと室内の気温も多少マシになってきた。


「う……うぅ……」


 青年が気がつく。外傷は無く自発呼吸はしていたので、目覚めるだろうとは思っていた。

 

「こ、ここは……?」


「やー、生きてたか兄ちゃんよ」


 できるだけ気安い喋り方で、いかにも田舎から出てきた行商人という雰囲気で語りかける。


「俺は巡回商人なんだけどよぉ、山道外れて迷ってたら雪に埋まってたあんた見つけたんだよ。生きてて良かったぜ兄ちゃん」


 やや不自然な説明口調。携帯用の鍋から、ストーブで沸かした白湯をコップに移して渡す。まずは水分の補給をさせる。


「それはどうも、ありがとうございます」


 白湯を啜りながら、静かに礼を言う青年。死にかけた経験をしているはずなのだが、思ったよりリアクションが薄い。まだそんな体力もないのか。

 黒髪と黒目。表情が薄い。年齢は二十歳ほど。整ってはいるが、どこにでもいそうな顔立ち。長身と、細い肢体。


「俺は……ガド・ウォッカってんだけど、名前は?」


 ギィド・ウォーカーという本名に近い偽名を名乗る。本名に近いほうが反応しやすく不自然さを消しやすい。


「カゲイ・ソウジです」


 青年が――災厄の虚無が名乗る。


「いやーそれにしてもあんなところで埋まってるとか、何があったんだ?」


「いやその、自分でもよくわからないのですが突然のことで」


「突然? なんかに襲われたのか? 冬眠前の角熊ツノグマにでも出くわしたとか? あれは捕った獲物を埋める習性があるらしいからな」


「いえ、そういうものではなくてですね」


 きしむ山小屋のドアが勢いよく開く。


「……先客がいたかしら」


 雪山の風が部屋に流れ込む。人影は二つ。高いと、低い。共に冬用の外套コートを纏う。


「失礼するわ。道に迷ってしまってね」


 高い女の声。フードを下ろすと、緑色の長髪が覗く。

 左頬に長い傷がある、しかし美しい女だった。整った顔立ちに、どこか、光の無い瞳がある。腰には、幾重にも布に巻かれた長い形の何か。年齢は三十半ばといったところか。


「……あー、いいさいいさ、入りなよ。寒いから早くドアを閉めてくれ」


 ギィドは彼女を招く。和やかな言葉に、鋭利な緊張感を隠す。


「ありがとう、さぁ、こっちよ」


 女が手を引く。低いほうの人影が、杖を床に突きながらゆっくりと歩き出す。ふらつく足取りで、フードを脱ぐ。黒髪の少女だ。十代半ばほどの見た目。あどけない顔立ちに、閉ざされた両目。


「目が不自由な娘なの」


「――そうかい、こんな山の中じゃそりゃ大変だなぁ」


 口先では心配をする純朴な田舎者、を演じながら、ギィドの注意は常に女に向いている。目つきと、雰囲気で理解できる。この女は――人を殺したことがある人種だ。それも自分と同じ、職業として殺人を繰り返してきたタイプ。


――どうにも、イヤな予感がしてきやがった。


 ギィド・ウォーカーの直感は、この後に見事に的中することになる。



 △ △ △


「目標の目撃情報は?」


「先ほどの尋問相手二名からはなにも。なんでも男の商人に叩きのめされて崖から落とされたことしか喋らないもので」


 紳士帽を被る男が、煙草に火をつけながら雪山を眺める。


「そうか、処分方法は……焼却はするなよ、煙で目撃されると面倒だ。埋めろ。獣に掘り返されないよう深くな。まあ、探しにくるやつはいないと思うが」


「了解。No.29ローグィ


 彼と同じくコートと背広を来た部下が下がる。ローグィと呼ばれた男は、地図を見ながら目標が移動するだろうルートを予測していく。


「目の見えない子供を連れてこの山道……そう遠くへは行けまい。まったく、何の算段があってこんなことをしたのか。女というものは腹が読めんな。能力があっても所詮は外国の人間か」


 煙を吐きながら、振り返る。


「始末は終わったか、お前ら」


 部下達は無言だった。五人の部下が、ローグィを見つめる。

 皆同じコートを着用した画一的かつ没個性的な姿。しかしそのコートの下には、北の技術の結集ともいえる改造が施されている。 


「それでは狩りにいくぞ。気を引き締めろ。崩れとはいえ相手は元バシリィ国の剣士、鬼刃士だ。それも鋼銀クラスのな」


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