獅子国には『非獅子族と結婚する際の掟』がある
思い付きの続きの続き。直接的な繋がりはないような、ほんのちょっとだけあるような、のレベル。
自論の意見をペラペラ語る男が出てきます。
他二つと違って、明るい話になりました!!!
【追記】大変お恥ずかしいミスをしておりました。現在は訂正させていただいております!!!
※本来の意味合いとはやや異なる使い方をされている単語が多いです。ファンタジー!
※途中の括弧は仕様です!!
バジリオは現在無職の既婚男性である。
少し前までは、とある領地を治める領主をしていたが、挑戦者との闘いに負け、敗者として、獅子の獣人族の国――通称獅子国の都に逃げてくるに至ったのだった。
挑戦者との闘いに負けた男は当時治めていた領地からも追い出されるのが、獅子の獣人族の男の宿命。バジリオはその場で殆ど着の身着のまま、追い出される形となった。
そのうえ、バジリオは闘いの中で、足を折られてしまっていた。歩く事も困難な彼は、一般的な獅子族の男ならば、生きていく事も出来ずにこのまま死にゆく事になっていただろう。
バジリオが幸運だったのは、彼には運命の番がいた事だった。
名をエルシリア。
同じ獅子族の女である。
エルシリアは負けて、血まみれで気絶したバジリオを抱えて移動した。
追い出された領地にとどまり続けた場合、場合によっては命を狙われる事になるからだ。
幸いにも新しい領主となった男は、今の所領主としての仕事の引継ぎなどでバタバタしている様子だった。その間に、この領地を出て、別の土地に行かねばならない。
一般市民ではなく領主という立場を一度でも得た男の宿命だ。
エルシリアはバジリオを抱えて歩き続け、そして獅子国の都までなんとか到達した。
王都では獅子族を取りまとめる女王が一番偉い。
女王の身を脅かさない限りは、どこかで負けた敗者であっても、生きていく事が出来る。
バジリオは都でやっとまともな医者にかかる事が出来た。肉体が強靭な獣人でなければ、都にたどり着く前にバジリオは死んでいただろう。
エルシリアは都ですぐに住む場所を見つけ、仕事を見つけ、働きだした。
獅子族の女はとかく働き者で、働けないと死ぬ! とまで言う者が多い。
エルシリアは獅子族の中でも、美しく、仕事も出来る女だった。あっという間に――働き始めた期間を考えれば驚くほどの――出世をしていたようだった。
その間も、バジリオは怪我の後遺症で熱が出て、さらに弱ったりしていた。
(情けねぇ……)
そう考えるものの、足の怪我が治らないとまともな仕事にはつけないので、結局、安静にしているのがバジリオの一番の仕事という状態が続いていた。
悶々と日々を過ごしているバジリオだが、外に働きに行くエルシリアを毎日見送って、出迎えるのは忘れない。
「行ってらっしゃい、エルシリア」
「行ってくるわ。お願いだから、無茶はしないでね? バジリオ」
「分かってるよ」
出かける時のお決まりでキスを交わした後に、エルシリアは仕事へ向かった。バジリオは自分用に用意されている椅子に腰かけて、天井の木目を数えながら、早く今日が終わらないかと考えていた。
そんなバジリオが、後の人生でも振り返る妙な男と出会う事になったのは、突然の来訪からだった。
「どうも! お話聞かせてくださいませ!」
竜人族のすましたイメージと異なる、ニッコニコの笑顔を浮かべたその男――マルチェロが現れたのは、本当に唐突だった。
いつも通りの夕方。いつも通りに仕事から帰って来たエルシリアの横には、いつも通りじゃない男が立っていたのである。
「……誰だ?」
「バジリオ。こちらは……」
困り顔で説明をしようとしたエルシリアの言葉を遮りながら、竜人が口を開いた。
「ボクはマルチェロ! 竜人国のとある伯爵家の子の一人です! 本日は獅子国の女王から、バジリオさんとエルシリアさんをご紹介いただき、お話をうかがいにまいりました!」
「はぁん?」
(意味が分からんぞ)
と、バジリオはエルシリアを見た。エルシリアは咳払いを一つして、綺麗にみつあみになっている髪を揺らしながら答えた。
「……こちらのマルチェロ様は、さまざまな種族の番の関係について興味をお持ちで、色々な国を渡り歩いておられるそうです」
「はい! ボクは番という関係性を調べる為に、主に三パターンの関係性を調べております。一、同族同士の番。大多数の番の関係ですね! 二、別種族(番という考えを持つ種族)と番った番。少ないですがたまにある奴ですね! 三、別種族(番を一切感じる事が出来ないただの人間)と番った番。一番稀な奴ですね! この三パターンでの関係性の違いとかも合わせて研究しておりまして!」
「ゴホンッ!」
エルシリアの咳払いに、マルチェロは口を開けたまま横を見た。背丈としてはマルチェロが一番背が高いので、自然とエルシリアを見下ろす形になっていた。
エルシリアは横の竜人を、ジト目で見上げた。
「……説明を、夫に続けても?」
「はい!」
返事だけは勢いがある。
「バジリオ。マルチェロ様は女王陛下とも色々とお話をされておりまして、その結果、女王陛下は彼の研究に可能な範囲での協力をする事を決められたのです。そして、マルチェロ様から第一に獅子族同士の番の関係を調べたいという願いが出されて、女王陛下は、私と貴方に協力をお願いされたのです。マルチェロ様がご満足いただけるまで、彼の調査に可能な範囲で付き合うように、と。マルチェロ様に協力した分は、報酬は出されるとの事です」
説明の最後で、やっと、都に来てそう長くないバジリオとエルシリアに任せる理由が理解できた。
バジリオが働いていない無職だからだ。
マルチェロが満足いくまで付き合うとしたら、いくらお金が出されるとしても、時間を捻出出来ない番の夫婦は多いだろう。
けれどバジリオは今怪我の関係で一日家にいる。つまり、マルチェロの相手をする時間的余裕があるのだ。
「ごめんなさい。貴方に相談なく受ける事になってしまって……」
「いや、女王陛下直々の願いなら受け入れるべきだ」
都に来た敗者であるバジリオを、拒絶する事もなく受け入れてもらっている。
それだけで、恩があるとバジリオは思った。
「貴方が何をどう考えているかはさっぱり分からないし、役に立つ情報を与えられるかはさっぱり分からないが……可能な範囲で協力はしよう」
マルチェロを見てそうバジリオが言うと、マルチェロは笑顔になった。
「はい! 今日からよろしくお願いします!」
鼻歌でも歌いそうな雰囲気で家の中に入っていくマルチェロの背中には――翼の間に埋め込むように、布団と枕が括りつけられていた。
「………………え、うちに滞在するの?」
「かかった費用は経費として提出して良いそうなの……」
「あ、ああ、そう、うん、エルシリアが良けりゃ別にいいんだが……」
家に入った直後から我が物顔で歩いている竜人の姿に、バジリオは何が始まるんやら、とため息をついた。
☆ ☆ ☆
竜人と言えば、強い力を持つ最上位の生命体とまで言われる事のある種族だ。
火を噴いたり雷を落としたりする力もあれば、単純な握力とかの闘いでも、力自慢の他種族を上回っている。
生き物として圧倒的に強者である竜人は、基本的に他の種族から見ると、傲慢で、他種族全てを下に見ていると思われている。というか、実際に大体の竜人はそうだ。
そんな存在と唐突に始まった同居生活。さぞ大変だろうと思ったが、これが意外と大丈夫だった。
色々な国を旅しているというのは本当なのだろう。多少気に障る事があったりもするが、全体で見ると、マルチェロは上手くバジリオたちの生活に馴染んでみせたのだ。
とはいえ、意外としっかりと、彼は段階を踏んできた。
まずマルチェロがしたのは、二人の関係の観察である。
「ごく普通な番の、一般的な日常は重要なんですよ! 特殊な例ばかり記録したら、後世では今の時代の少数派が多数派として残ってしまう事になりますからね! だからまず、ごくごくごくごく普通の日常の記録が重要なんです!」
そう強く言ってきたマルチェロは、出来る限り影を薄くして――実際には竜人というだけで存在感があったので、気配は消せていなかったが――日常に入り込もうとしてきた。
最初の頃はバジリオもエルシリアも警戒が解けなかった。
特にエルシリアは、自分が仕事に行っている間、バジリオとマルチェロが二人で家に残る事を許さなかった。
「バジリオと話をするのは、私がいる場でだけにしてください。日中は、街に出かけて、家には帰らないで下さいな」
そう、エルシリアは初日にマルチェロに語ったのだった。
ただでさえバジリオは怪我をしていて、動く事が難しい。悪意がなかったとしても、マルチェロの行動で怪我が負う可能性もある。
万が一にエルシリアが離れている間に、バジリオがマルチェロに殺されるなんて事になったら、エルシリアは怒り狂るって暴れてしまうだろう。
番の関係性は深く、失った際の反動は大きい。
番を研究しているだけあり、マルチェロはエルシリアの希望を受け入れた。そうして最初の頃は夕方から夜にかけてのみ、日常生活にマルチェロが混ざるだけだった。
そこからあっという間に、マルチェロはバジリオやエルシリアの友人のように生活に溶け込んでいった。
いつの間にか、エルシリアが自分では満足に動けないバジリオの監視を頼むようになったと聞いた時は、(こいつすげぇな)とバジリオも思ったものだった。
エルシリアは検討する必要もない良い女であるが、番らしく、バジリオへ強い感情を持っている。普段は冷静な女なので分かりにくいが、エルシリアの番であるバジリオはこの辺を理解していた。
そのエルシリアが、出会ってまだ数週間のマルチェロに、バジリオ(怪我で不自由)を託すというのは、本当に、特殊な事だったのだ。
そうなると、日中、バジリオがマルチェロと二人きりになる時間が増えていくわけだが。
四六時中、マルチェロから一方的にあれやこれやと聞かれるばかりなのは正直にいって疲れる。その為、適度な所でバジリオもマルチェロに質問を返すようになった。
「そも、なぜ番の研究なんかを?」
深く考えた問いではなかった。
マルチェロは相変わらず、竜人らしくない笑顔を浮かべながらこう答えた。
「『アンジェリーヌの悲劇』をご存じで?」
「あー……あれだろ? ただの人族の女性が、竜人の王太子の番で……けれど酷い目にあって、番の絆を、何かしらの方法で断ち切ったとかいう事件」
世界各国にあっという間に広がったその大事件は、竜国や周辺国の歴史の教科書にも記載されるような出来事となった。
そんな大きな話なので、元領主でもあるバジリオも、概要だけなら聞き及んでいる。
「その通りです! 当時の王太子殿下という恋愛ゼロ歳児の愚行が、一人の女性の尊厳と精神と肉体をひどく傷つけ、その果てに番から一方的に捨てられたという、自業自得な事件の事です!」
「仮にも自国の元王太子に対する言い草か? それ」
「会った事もない赤の他人ですし」
(竜人族にしては可愛い顔してる割に、ケロリと毒吐くんだよなぁ、こいつ)
とバジリオは思った。
なんなら最近は、ニコニコと笑顔を浮かべている事が多いのも、マルチェロが処世術として笑っているだけのように感じている。
そんなバジリオを放置して、マルチェロは話を続ける。
放っておくといつまでも一人語りしてしまうのもマルチェロの特徴だった。
「以後、竜国では、竜人以外が番であった竜人に対して、さまざまな調査が行われました。その中ではお互いに意思の疎通が取れており、関係性が健全だった夫婦もあれば、『アンジェリーヌの悲劇』の当事者たちのような、一方的な搾取の関係もありました」
「そいつら本当に運命の番だったのか? 一方的な搾取って、番じゃなくて奴隷の関係だろう」
「バジリオさん、ボクと同じ感想ですねぇ。一般的に番というのは、双方にとって良い結果をもたらす関係と言われています。だからこそ運命と言われて、特別視されている訳ですし。ところが一定数、相互扶助どころか一方的搾取の関係に陥る者たちがいる。それが調査で分かり、世間にさらされた事で、一時、竜国では運命の番に対してかなり疑心暗鬼になる者も出ましたねえ」
同族のエルシリアが運命の番であったバジリオは、『アンジェリーヌの悲劇』の当事者たちとは、立場などが違う。それでも、思ってしまう。
「今エルシリアに養われてる俺が言う事でもねぇけど……。運命の番は一心同体。だからこそ相手の事を何より大事にして、願いをかなえてやりたいと思うもんじゃないのかと思うがなぁ」
「バジリオさんはいい男ですねぇ」
「竜人に言われると嫌味みたいに聞こえるな」
「ひどい! 本心ですよ!」
「そうなんだろうけど……」
「話を戻しますが、『アンジェリーヌの悲劇』で竜国は大きく変わる事になりました。一番大きいのは『非竜人族の番を迎え入れる際の決まり事』が定められた事ですね。通称『番法』とも呼ばれているこの法律の制定後、特に非竜人族が番であった竜人は、厳しい検査や調査をされ、他国から嫁や婿を迎え入れる際には、問題がなかったかの厳しい検査を受ける事になりました」
「よくもまあ反発がなかったな」
竜人はプライドが高い。
国が決めた事と言えど、簡単に従うとは思えなかったが、マルチェロ曰く、そのプライドの高さ故だという回答だった。
「既に自国の王太子と、あと、歴史が長い家の当主とか、次期当主とかが、やらかしてやり返されてる後だったというのが一つ。もう一つは、制定後に法に違反するような事をしたものに対して、もう、徹底的な処罰が下されたというのもあります。例としては角折りの刑と翼の切断ですね。獅子族ですと、丸刈りの刑や牙の抜歯刑に相当すると思って貰っていいですよ」
「……徹底的に重罪扱いにしたんだな」
竜人が恐怖する刑の種類にはピンと来なかったが、獅子族における『丸刈りの刑』と『牙の抜歯刑』は殺されてないだけの死刑みたいなものだ。
ぶるりと、ついつい震える。
前者は名誉や社会的な死で、文字通り髪の毛などを全て刈られてしまう刑罰だ。
獅子族の男は髪が立派なほど良いとされ、男はとくに髪の毛が長い。女は長さに拘りはないが、一つに結んだ髪型が良いとされている為、一番短くても結べる程度の長さにしてある。
つまり、子供でもないのに髪が短いのは、ほぼ犯罪者のようなものとして見られる。
丸刈りは、確定で犯罪者だと思われる。
しかも刑罰で丸刈りにされると、その後に毛が生えてこないように薬まで塗られるという始末だ。
後者の牙の抜歯刑も、獅子族にとってはかなり手痛い。
プライドの象徴でもある牙を抜かれるのだ。しかも髪はまた伸びる可能性はあるが、牙は抜いてしまったら二度と生えない。
口を開くとすぐに罰を受けた人間だと分かってしまうのである。
食べる事も嫌になり、あっという間に死んでしまう罪人は多い。
それらと同等の刑罰を、法律を守らなかった者たちに徹底的に行使していった。
改めて竜人であるマルチェロからその事を聞き、バジリオは、竜国がどれだけ本気で対処していたのかがわかるような気がした。
「今でも上の世代の中には、罪人たちのような考え方を持っている者もいたりするそうですが……ボクぐらいの世代でその考えの竜人はほぼいないと思いますねえ」
「……大きく価値観の変化があったんだな。不思議だ」
「それは獅子国が、番に対する対応の分野では、先進国だったからですよ!」
「はぁ?」
先進国。
言葉の意味は分かるが、それはあまりに獅子国には当てはまらない言葉だった。
「マルチェロ。本気で言ってるのか?」
獅子国は今でも古い生き方をしている種族の国だ。
獣人の中でも生き方は本能によっている。
その際たる部分が、一夫多妻――あるいは多夫多妻に相当する婚姻制度を持っている事だった。
世の大多数の種族は、一夫一妻制度だ。
一夫多妻を――権力者や裕福な者に限って――部分的に認めている国はあれど、それを一般的としている国は多くない。さらに、多夫多妻を制度として残しているのは、今や獅子国ぐらいだろう。
――強き者でなくば妻を得れず。女に認められぬ男は子孫を残すに能わず。
本能に基づくこの価値観に従い、成人した男は故郷を離れて旅をする。
そして、故郷とは別の土地に暮らしている『家/領地』と呼ばれる同一の女性獅子族の一族を治めている男に勝負を挑む。
現在『家/領地』の長である男に勝つと、その『家/領地』に属する女性たちを全て己の妻とするのだ。
小さな家であれ、大きな歴史のある一族であれ、領主であれ、トップに立つには、前任者を下し、その土地に根差す女性たちに認められなければならない。
この形での婚姻を、プライド婚と獅子族は呼んでいる。
この争いにも上がれない男も勿論存在している。彼らはたいてい、一生、働きアリのように下っ端として生きていく事が多い。
この一夫多妻や多夫多妻のイメージや、強ければ簡単に結婚相手を変える文化のイメージが先行し、「力や見た目はあれど、恋人で獅子族を選ぶなんてない」などと揶揄されている事を、バジリオは知っていた。
なんなら、プライド婚を理由に国交を拒否してくる国も、少なくないのである。
それも合わさって、獅子国の文化レベルは周辺国より下にある。
「いくら女王陛下から紹介された相手とはいえ、この国の在り方を侮辱するなら許せんが」
「侮辱? なんのことです」
「さっき、獅子国が先進国だとかいう冗談を言っただろう」
「冗談? バジリオさん、何を言っているんですか。本気で言ってますよぉ、ボクは!」
心外だとばかりにマルチェロは大きな身振り手振りをした。
「ボクが言いたいのは、獅子国には法律がどうのという決まりが出来始めるような古い頃から、『非獅子族と結婚する際の掟』がありましたよね。その事を言っているんです!」
マルチェロの言葉にバジリオは首を傾げた。
「掟は、番に関する法律じゃないだろ」
「でも、獅子族じゃない人が番だった人にも、適用されてますよね?」
「相手が獅子族じゃないならな。獅子族じゃない奴と結婚する奴の為の掟だし」
「それが! 進んでるという事を言っているんです!」
マルチェロが鼻息荒く語る。
「竜国に他種族との異文化結婚の際の問題を、国や種族全体の決め事として法律が定められたのは、たった三十三年前ですよ。分かります? ほかの周辺国を見ましても、主に被害を受ける側であるただの人間の国では対策の法律はあれど、加害者側の国が自発的に自制する国は殆どありません。人間の国とのかかわりが強い一部の犬国や猫国や馬国とかあたりぐらいですよ。……ほら、狼国も、番に関係する様々な出来事を減らすための法律とかありませんし」
「狼かー…………嫌いなんだよな、あいつら」
一度結婚したら、運命の番でもない限り、一生を添い遂げる狼の獣人族。
彼らは一人を愛し続ける事を誇りとしている面があり、複数と簡単に夫婦関係になり、場合によっては簡単に離婚再婚もする獅子族の事を、「頭に性欲しか入っていない」と揶揄してくる事が多いのだ。
個々人では良い奴もいるのだが、バジリオ的に、種族の傾向として、得意ではないのだ。
「あいつら陰険なんだよな。陰湿ってゆーか……」
「獅子族と狼族は、国としてしっかり独立している獣人族の国の中では、あり方がほぼ真逆ですからね。国の地域性も違いますけど。風土として、相性が悪くなりがちな所ありますねえ。ボクが思うに、寒さを耐え忍ばなくちゃいけない狼族と、熱さを乗り越えなくちゃいけない獅子族の違いな気がしますね! なんの話してましたっけ? ああそうそう、獅子族の掟のすばらしさですよ!」
一人で首を傾げ、勝手に答えを導いて、マルチェロは続けた。
「竜国や狼国の現状がこんなである一方で、獅子族は竜人がとりかかるよりずっとずっとずっと前から、この、『非獅子族と結婚する際の掟』を持つ事で、他種族との婚姻における問題の発生を、減らす努力を続けて来られた。これは本当に本当に凄い事なんですよ!」
パチパチパチ! とマルチェロは手をたたくが、褒められているのかバジリオには分からなかった。
「単純に、当時の女王が調停に飽きただけだと思うけどなぁ……」
獅子族は各領地の独立性が高い国だ。実質的に、獅子族の小国が集まっている国に近しい。
そんな獅子国において、女王の一族は、要は裁判官のような立ち位置だった。
様々な問題が起きた時、一つ上の視点から物事を判断する存在が必要で生まれたのが、女王なのである。
そんな女王からすれば、多数発生するような問題は、いちいち判断するのが大変だ。
だから「この条件に当てはまるならこうする」という風に、他人も判断出来るように制度を整えて対処する傾向にある。
この掟についても、獅子族のプライド婚への相互不理解からくる揉め事の調停や裁きが多く、嫌になった女王が作ったと言われている。
「バジリオさん」
「なんだその生暖かい視線は」
「いいですか。作られた経緯なんて、極論、なんでもいいんです」
「そんな事なくないか?」
「最重要なのは、その法律がどう使われているか。そして法律のお陰で、どれだけ被害者を減らす事が出来ているか、という事ですよ」
「……まあ、そこは大事か。その考えで行くと、獅子族の掟は、お前のお眼鏡にはかなったという訳だが。どの辺がいいんだ?」
「まず、説明から始まるのがいいですね!」
ニコニコのマルチェロが言うところによると。
『非獅子族と結婚する際の掟』の第一文は、「プライド婚及び獅子族の伝統について説明しろ(要約)」となっている。
第二文は「一回きりでは説明が足りないので更に説明しろ(要約)」。
第三文は「もう十分説明したと思っているかもしれないが、相手には伝わっていない。まだ足りないのでもう一度説明しろ(要約)」。
第四文は「相手からもう分かったと言われたとしても、本当に分かって貰えているとは限らないので、具体的な例を踏まえて説明しろ(要約)」。
一から四までとかく「説明説明説明説明!」という掟になっている。
それだけ、文化の違いを説明したり理解してもらうのは簡単ではないという事なのだ。言葉では理解できても、実感にまでは繋がらないのである。
そしてそこの齟齬が切っ掛けで、「思ってたのと違う!」という争いになる訳だ。
婚前ならいいけれど、結婚後に齟齬が発生すると、どうあがいても盛大に揉める事になる。それを避ける為の掟だ。
「他にもですねえ、説明だけじゃなく、お試し期間を設けろと決めているのは、とても興味深いですよね」
第五文は「本気で結婚するなら結婚する前に一定期間獅子国で暮らしてもらえ。家に閉じ込めると国を感じれないので絶対に外を連れまわせ(要約)」という文だ。
説明してから即結婚ではなく、お試しをさせる事で「実際に獅子族の中で嫁いできた少数派として生きていく事が覚悟出来るのか?」という所まで考えさせようとしているのがマルチェロ的にはいいらしい。
そこまで本当に考えて作られた掟かどうかは分からないが。
「それでもって、ボクの一押しポイントは、契約書をまいておけの所です!」
最後の文だ。色々決まりを作った最後が、「双方話し合って契約書をまく事(要約)」という文がある。
重要なのは双方、という部分だ。
個々の解釈が違ったせいで後から揉めた歴史が物語るように、この文には、注釈として、
「片方だけの意見を百受け入れてはならない」
「双方がしっかりと納得出来るものにせよ」
「奴隷契約書としかみなせないものは受理しない」
などなどなど。色々付け加えて書かれている。
これが、この掟の最難関と言われている。
この契約書の内容は、女王の元に届けられて、大丈夫そうかの確認がされるからだ。
女王の前には関係者も見る事になるので、あからさまな搾取(搾取側がどちらかはさておき)になっている契約書は許容されない。
内容によっては「この辺追加した方が良いですよ」と専門家から差し戻される事もある。
これが女王からの許可が貰えないと、他種族とは結婚出来ないのだ。
中には契約書の段階でつまずいて、結婚を諦めたケースもあるぐらい。
「いやあ、本当に、掟は素晴らしい文化ですよ。本当に!」
マルチェロはニコニコとそう言いながら、笑っていた。
☆ ☆ ☆
仕事から帰って来たエルシリアを加えた三人で、夕食を食べる。
竜人は獅子族と同じで肉食中心の文化なので、特殊な料理を用意する必要はほぼなく、三人が食べているのは同じ食べ物だった。
いつもマルチェロが驚くほどペラペラと話をし、バジリオとエルシリアはそれに相槌を打ったりたまには自分の話をしたりと盛り上がって夕食を取るのだけれど、この日は違った。
「……」
(エルシリア?)
妻の異変に気が付いたのは、勿論バジリオである。マルチェロは相変わらずあれやこれやと話をしている。
マルチェロの前で何かあったのかと尋ねるのは何故だか憚られ、結局、夕食の片づけが終わった後、部屋でバジリオは妻に声をかけた。
「エルシリア。何かあったのか?」
「え? い、いえ。何もないわ」
「嘘だろう。元気がない。何かあったんだろう? 仕事で何か難しい事でもあったのか?」
「違うわ」
(本当に違いそうだ。だとすれば……)
「なんでもないのよ、バジリオ」
「……仕事じゃないなら、俺か?」
「っ」
ほんの僅かに言葉に詰まったエルシリアを見て確信する。
(彼女の顔が暗いのは、俺のせいだ)
と。
今のバジリオは、エルシリアにおんぶされて生活しているような状況だ。強い男が好きな獅子族の女からすると、受け入れがたい事だったに違いない。
運命の番だからと、バジリオを一度も見捨てなかったエルシリア。頼られると喜ぶ彼女に、頼り切りになってしまったとバジリオは思った。
バジリオは妻の顔を覗き込んだ。
「エルシリア。俺は何をしてしまった? いや、何が出来てないんだ? 教えてくれ」
目を見ながら訴える。
エルシリアは視線を逸らそうとしてくるが、顔をそむけはしなかった。
バジリオとエルシリアの関係は長い。
バジリオが成人として独り立ちしてまだ一年目の頃、旅の最中で立ち寄った町で町長の家にいた、町長の娘の一人がエルシリアだった。
二人は一目でお互いが運命の番だと理解した。バジリオはまだ独り立ちしたばかりで、エルシリアの母や親族の女性たちはバジリオとの結婚に反対した。
バジリオも、エルシリアの父親にはボコボコに打ちのめされた。
それでもエルシリアを妻とするために挑んだ十数回目の闘いで、エルシリアの父親を気絶させる事に成功し、エルシリアと結婚出来たのだ。
プライド婚の決まりに従い、バジリオは町長となった。(なので自動的にエルシリアの母や姉妹をはじめとした一族の女性も全てバジリオの妻になった)
その後、紆余曲折の人生があった。
町長を辞し、領主に昇りつめ、けれど一度追い落とされ、別の領地の領主になった。けれどそれも、また追い落とされた。
その度に、多くの獅子族の女性を妻とし、離縁し、新しい女性を妻とし、離縁し、を繰り返してきた。
獅子族の男の宿命ではあるけれど、こんな安定しない生活に、エルシリアが付き合う義理はない。
けれどエルシリアは出会ってからもずっと、苦しい時も楽しい時も、バジリオと共に人生を歩んできてくれた。
「エリー……。頼む。俺は何をしたらいいんだ。馬鹿な俺に教えてくれよ」
エルシリアは口を尖らせた。
「……別に、大したことないわ」
「嘘だ。今日はずっと黙ってたじゃないか」
「それはっ! …………だって、貴方が……」
「俺が?」
「…………………………………………から」
「うん?」
聞き返したバジリオに、エルシリアはキュッと眉に力を入れて叫んだ。
「貴方がっ! ま、マルチェロ様と、なんだかすごく、親しくなってたから! 嫌だったの!」
きょとんとバジリオは妻の顔を見上げた。
「……えぇと?」
「ええそうよ嫉妬よ嫉妬! 悪いかしら! 三十にもなって、貴方がマルチェロ様と仲良くなって二人で話が盛り上がってるのが嫌だったのよ! 悪い!? 悪かったわね! 頭冷やしてくるから今日は一人で寝てて!」
困惑しているうちに、エルシリアは破裂した風船のように叫び散らかし、そのまま部屋の外に出ようとする。
バジリオは慌てて、すり抜けそうになったエルシリアの手を掴み、自分の方に引っ張った。
「きゃっ!」
エルシリアを抱き留め、そのままベッドの上に縫い付ける。
バジリオは笑みを浮かべて、いくつになっても愛らしい妻を見下ろした。
「一人寝なんて寂しくて出来ねえよ」
「バジィ」
「エリー。俺の唯一の星。嬉しいよ。まだ嫉妬してくれんだ?」
「……当たり前でしょう。バジィは最高の男だから、妻は何人出来たってかまわないけ――ど!」
エルシリアはバジリオの両肩を掴んで、ぐるりと上下を逆転させる。
バジリオが抵抗していなかった事もあり、簡単にエルシリアがバジリオに乗り上げるような体勢になった。
そうして夫の腹の上にまたがったエルシリアは、そっと、少し伸びた爪の先で、バジリオの首元を撫でた。
「私の事手放そうとするなら、殺すから」
「ははっ! いいねぇ」
二人の体が重なり合う。お互いの尾が触れ合う。
マルチェロは空気を読んで外泊した。
☆ ☆ ☆
マルチェロがバジリオやエルシリアとの生活を初めて、そこそこの時間が流れた。
バジリオの怪我もある程度回復し、自力で歩けるようになった。
その頃からバジリオも短時間ながら、外で働くようになった。守るべき土地もなく、子も抱えていない今、エルシリアにいつまでもぶら下がっていくわけにはいかないと考えているからだ。
しかし、動けるようになってから問題となっている事がある。
「残念ながら、二度と走ったりする事は出来ないでしょう。戦いなど、もってのほかでございます」
医者は、バジリオにそう言ったのだ。
最初の頃は治れば走り回れるようになれますよと言っていたのに、蓋を開けたら、こうである。
「多分、最初から走り回れるほど回復するとは考えておられなかったけど……それを伝えると気落ちして弱る事があるから、伏せていたのね。気を使って下さったのだとは思うけれど……」
エルシリアは医者の判断をそう評したが、バジリオからすればいい迷惑だ。
不機嫌なバジリオに、後から話を聞いたマルチェロは首を傾げて尋ねた。
「やはり戦えるようになりたいので?」
「当たり前だ! 獅子族の男は働く女にぶら下がってるとでも言いたいのか? 戦えない男に価値なんてないぞ! ……なんとか戦えるようになる。そうでなければ、これまで俺を信じてここまでついてきてくれたエルシリアに見せる顔もない……!」
「そういうものなんですね……」
それからバジリオは色々な医者にかかった。
けれどやはり、折られた足には、これまでの戦いばかりしてきた人生の疲労というものが積み重なっていたとかなんとかあったそうで。
中には「これ以上無茶をされたら、歩く事も出来なくなりますよ」と忠告すらする人もいた。
それでも、バジリオは諦める訳にはいかなかった。
強くなる。そしてエルシリアを強い男の妻にする。
それがバジリオにとって、最重要な点だったからだ。
☆ ☆ ☆
「これらボクの自論ですが! 番への執着具合って、一夫一妻制が基本かどうかで違うと思うんです!」
「うん?」
夕方。エルシリアが帰ってくるまでの時間を、いつも通り、マルチェロと同じ空間でただ日々を過ごしていたバジリオは、同居人の方を見た。
ここ最近は、マルチェロは自分の調べた事を纏める事に忙しく、あまりあれやこれやと話しかけてくるよりも、何かを一心不乱に書いている事が多くなっていた。
バジリオもバジリオで、働いたり、足を治せる相手を探したりする日々だったので、二人の会話は減っていた。
「番の問題の一番の原因は、強い執着を相手に見せる事でしょう? 執着が行き過ぎた結果自己中心的な価値観でしか物事を測れなくなる。あるいは、理性を失う。けれどこの番への執着心には、個体差がある……」
これはバジリオに話しかけている面よりも、マルチェロが一人で言葉に出して色々な考えを整理したい面が強い行動だった。
それは分かっているが、それでも近くで誰かがしゃべっているのなら、バジリオも答えてしまう。
「そりゃ人によって違いはあるだろ」
「獅子国に来て、最初にお話を伺ったのは他人種が番だったという女性でした」
バジリオとエルシリアの前にも相手をした人がいたとは知らず、バジリオはマルチェロの顔を見た。
同居人の視線は相変わらず机の上に落ちている。手はあまり動いておらず、ペン先から垂れたインクが紙に落ちていた。
「その人は掟に従い、番の相手を獅子国に連れて来られた。そこで生活しているうちに、お相手は女性とは結婚出来ないという結論を出された」
「獅子国じゃなくて、相手の国に嫁げばいいんじゃないのかそれは」
「その案も提案したそうです。でも、お相手は受け入れられなかった。獅子族の慣習や価値観を受け入れられなかったからです。お相手からすれば、獅子族は強い男であれば、簡単に夫を変える種族にしか思えなかった。今は何かしらの理由で自分を好きだというけれど、自分に幻滅したり他に強い男が現れれば捨てられる。その不安がぬぐえなかったそうです」
「なるほどな。それで?」
「女性は運命の番との結婚を諦め、生まれ故郷に帰ったそうです」
マルチェロは顔を上げた。
「法律が出来る前の竜人だったら、お相手を無理矢理連れ去って、監禁して、相手がうんと頷くまで外に出す事もしなかったでしょうね」
「……」
笑えない。
三十三年前、法律が制定されるまでは、それがまかり通っていたからだ。
竜国相手に戦争を仕掛けようとするのは、余程の理由があるときばかりだ。
攫われたのが、貴族でも、場合によっては黙認されていた。よほど重要な人や王族だった時ばかり、騒がれた。
当然、平民で攫われた存在がいたとしても、大げさに騒ぐものは少なかった。
「何故女性は諦められたのか? ボクは分かりませんでした。大多数の竜人は、運命の番である相手を前にしたら理性も知性も捨てた獣になるのに、どうして獅子族の女性は大丈夫だったのか」
「言い草」
「彼女は答えました。選ばれなかったのだから仕方ない。本当に悔しいけれど、彼がそれを我慢できるほどの魅力が自分にはなかったのだ、と」
「なるほどなあ~」
「それで、思ったのです。どうしてそう、気持ちを切り替えられるのか? それが分かれば番に関わる問題も多く解決出来るのではないか。そうして考えた結果が、根本的な恋愛関係やその先にある婚姻制度への考え方に由来するのではないかと」
「ふんふん」
「ほらっ、狼族は運命の番とかでなくとも、相手に番が現れるとかでもない限り、相手を選んだらほぼ離縁しませんよね。竜人も基本的に一夫一妻だし、下手に浮気相手とか作ったら最悪正当な権利持ってる側が殺しに行きます。この価値観って、ただの人とは相性良いものですね」
「あー、それはそうだな」
大多数の種族は、一夫一妻。
獣人と人などでは、運命の番でなくとも結婚する事も稀にある。
その際、お互いに一夫一妻制度の社会なら、結婚や浮気に関する考え方はほぼ同じものだろう。
「一方で獅子族とかは、プライド婚……最初から奥さんが複数いると確定している場所に、1人か、兄弟と一緒に婿入りするスタイル。この文化が受け入れられず、人間の国や狼国とかからはあまり積極的な国交を結べてない、と」
「そうだな。他種族すべからく下に見ている竜国様は受け入れてくれてるがな」
バジリオの嫌味にマルチェロはニコッと見慣れて違和感も感じなくなってきた笑顔を浮かべた。
「竜人のあの頭の高さは神様から雷落とされでもしないと落ちませんよ! 竜人であるボクが保証します!」
「嫌な保証だな」
「そんな竜人の気持ちすら変えたのが、アンジェリーヌ様なのです!! ……話を戻しますが、ボクはこれまでいくつかの国を渡り、その国ごとに番について調べられる事や情報を集めました。そして今回獅子国でも色々教えていただいて、傾向性として、ある事が考えられたんです!」
「……話ずれてきてるぞ」
「運命の番ってのはですよ。ただの相性に過ぎないんです!」
「『運命の番』信奉者に殺されるぞ?」
「そう! 運命の番とは、要は我々が人間より異常に嗅覚聴覚が優れているが故に、生命として相性が良い相手を見つける事にすぐれている、というだけなんですね!」
「いやそれだと異常な執着心とかに説明がつかなくないか……?」
バジリオ的に、匂いがいくら良い物だったとしても、絶対に手放せないというほどに執着心を見せるとは限らない気がした。
ついでに言うと、運命の番は「一目見ればわかる」と言われている。実際バジリオもそうだった。
初めてエルシリアを見たのはほんの一瞬、エルシリアたちが乗った馬車が通り過ぎた時、一番外側にいたエルシリアを見て番だと分かったのだ。
その時は距離があり、エルシリアの匂いなど分からなかった。
確かにエルシリアの体臭は世界で一番良い匂いだが、嗅覚が優れているから運命の番が分かると判断するのは、違う気がしてならない。
「それは社会が番を特別視しすぎたせいではないかと考えています。ここから話が戻りますが、一夫一妻制度の国にとって、夫婦は特別な関係性で、そんな、ちょっと弱い強いぐらいで相手を変えたりはしないわけですから、自然と『一番良い相性の相手は特別だ!』という論調が強くなります。生まれた時から特別だと刷り込まれた結果、『一番相性の良い相手=運命の番』に異常に執着するようになっている、という説です! これですと、獅子族などの多夫多妻制度よりの種族が人間のような番を感じれない種族を相手として見つけ、拒否られた時にあまり執着しない理由がつくと思うんです!」
「そーかねぇ」
「そうですよ! さっき話した女性以外にも、同じパターンの獅子族の男女の方々に会ってきました。皆さん、揃って、掟に従っていった結果、途中で問題が起きて結ばれなかった方々です。皆さん、振られたから諦めた、自分に魅力が足りないからだ、って引き下がってるんですよ!!!」
熱弁されるが、バジリオには何故熱弁されるのか分からない。
「認められなかったんだったら自己研鑽して再アタックするしかないだろ」
女に男が認められないと結ばれる事はない。
そして、女が男を認めたとしても、男が女を「妻にしたい」と思わなければ、同じく、結ばれる事もない。
お互いに「この相手との間に子孫を残したい」となって初めて、夫婦関係は成り立つのだから。
少なくとも、バジリオはそう思っている。
マルチェロはペンを握っていない方の手で、どんどんと机をたたいた。鼻息が荒い。興奮している。
「それが竜人は出来んのです。自分の未熟さを無視して相手を攫い、無理矢理好きになってもらおうとするのです!」
「お前の話聞いてて思ったが、竜人って本当に恋愛下手だよな」
「同族相手だと強さが分かるんで逆らったりしないんですけどねぇ。理性と知性がある生き物と語る割には、自分たちが本能のまま生きていると見下してる獅子族より恋愛が下手なんですよ。面白くないですか!??!」
「お前、話し相手が俺で良かったな」
マルチェロの性格をある程度理解している事と、比較的温厚な性格のバジリオだったから、血まみれの争いに発展していない。
それぐらい、繊細な話題だった。
「こんな話せる人久々です! バジリオさん大好きです! もっと話していいですか?!」
「いーけど……」
「わぁい!」
マルチェロは子供みたいに、あれやこれやと自論を語った。
バジリオもうなずけるものもあれば、いやそれは違うだろと思うような意見もあった。
(なんにせよ、ここまで運命の番の常識にとらわれずにあれやこれやと考えている学者は、世界でこいつが初めてなんじゃなかろうか)
バジリオはそう思った。
☆ ☆ ☆
解決案も見つからないまま、時間だけが過ぎる。
ある晩。夕食を取り終えて、三人がそれぞれ椅子やソファに座って歓談に勤しんでいた時、マルチェロはエルシリアとバジリオの二人に対して、唐突にこう告げた。
「いままで、長らくお世話になりました!」
「は?」
「……終わられましたの? 調査とやらは」
「はい! 十分すぎるほどの事を、お二人から教えていただきました!」
(そうか。こいつはそもそも調査の一環で来ていたのだから……終われば、去るのか)
もはや、竜人のイメージはすました顔ではなく、マルチェロのニッコニコという笑顔のイメージにすり替わっていた。
期間だけでいえばそこまで長い訳でもないのに、いつの間にやらイメージが塗り替わるほど、共に過ごしていた事をバジリオは感じた。
「そうか。いつ出ていくんだ?」
「明日の朝には!」
「明日!? 急すぎるだろ!」
「ええっ、それでは今日の御夕飯はもっと立派なものにしましたのに」
「いえいえ。お二人にはお世話になってばかりでした。そこまでしていただくのは申し訳ないですから」
マルチェロはそういうが、明日の朝が別れならばせめて朝は立派なメニューにしようと、エルシリアが考えているのが、バジリオには分かった。
「バジリオさん」
「なんだ?」
「お別れになる前に、足に少し触っても良いですか? 本当に軽く触るだけですから!」
バジリオはエルシリアを見た。
バジリオの体はエルシリアのもの。
運命の番なのだから当たり前だ。
だから、最近やっと治ったばかりの足を、竜人に触らせる事は、エルシリアの許可もいるのだ。
エルシリアは、少し迷ったようだったが、頷いた。
「いいぞ。間違っても折ったりするような事、するなよ」
「しませんよ! 酷いですねえ」
マルチェロは、椅子に座ったままのバジリオの目の前にしゃがみ込んだ。
遥か上からこちらを見下ろしてばかりの竜人が、自分の足元にしゃがみ込んでいる。信じがたい光景だった。
言葉通り、マルチェロは、本当に軽く、バジリオの足に触れた。
「何がしたいんだ? お前」
「お世話になりましたから、恩返しをと」
「は、――?!」
カッ、と、バジリオの足元が光った。正確には、マルチェロが触れているところを中心として、謎の光が発された。
エルシリアは反射で立ち上がって、マルチェロをバジリオから引きはがそうとした。けれど竜人の体は強固で、鍛えている獅子族の女でも、引きはがす事は出来なかった。
バジリオはバジリオで、両足が謎の熱さを伴う光を発している事に混乱した。反射的に蹴り上げようとすら、考えられなかった。
「何をしたのです! バジィになにを!」
光が収まり、エルシリアはそう何度も叫びながらマルチェロの体をたたく。
結構な強さのパンチの筈なのだが、マルチェロは反応すらせず、バジリオの顔を見上げた。
「足、治ったと思いますよ」
「……なんだって?」
バジリオはマルチェロの奇行に目を白黒させた。
立ち上がる。
(っ!? 今まで、感じてた足の違和感が……ない?)
足が治って自力で歩けるようになった時から、感覚としても、今までとは違うのをバジリオは感じていた。
その違和感が、まるきりなかった。
「バジリオ?」
不安そうな顔のエルシリアの目の前で、バジリオは飛び跳ねた。そして足を動かしまくり……そして、マルチェロを見た。
「まるで、足を折られる前の時みたいだ! どうなってる!」
立ち上がったマルチェロは、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
「ボク、他の人も癒せるんですよね」
「癒せる……稀にいる、治癒の力を持つという竜人だったのか?」
火を吹いたり雷を落としたりする竜人。
彼らの肉体の強靭さ、そして回復力は、ほかのどの種族すらも上回る。角も翼も生え変わるし、嘘か真か、失った腕すらも回復させてしまうという。
お陰で、同じ竜人ですら、竜人を殺すのは大変だとされている。
三十三年前のアンジェリーヌの悲劇の当事者である王太子も、これが理由で、衰弱死という形でしか殺せなかったという。
そんな回復力は、あくまでも自分自身に向けられている力だ。
――けれど稀に、それを自分ではない相手にも使用出来る竜人がいるという。
「あ、今触った時に思ったんですけど、お腹のあたりの骨も歪んでくっついちゃってるみたいで。治していいですか?」
「お、おう」
マルチェロは許可を取った後に、バジリオの腹部を両手でつかんだ。
また、光と熱の不思議な感覚が腹部に走る。
足程分かりやすい差は感じなかったが、治してくれたのだとバジリオは信じられた。
「お前みたいな力を持ってる竜人は、医者になるもんだと思ってたが……」
「あはは。確かに、医者やってる竜人は、ボクと同じ体質の人は多いですね。でも他にやりたい事があれば、そっちに行く人だって沢山いますよ? ボクとか! あ、一応秘密にしてくださいね? 母さんが言ってたんです。これを一生の仕事とする気がないなら、外ではあまりしないようにって」
「なら、なんで俺を治して……?」
「なんでって」
マルチェロはパチパチと目を瞬いて、それから、バジリオとエルシリアを見下ろした。
「ボク、お二人の事、好きなので」
☆ ☆ ☆
マルチェロは次の日の朝、宣言通り、二人の家を出て行った。
女王陛下に挨拶をした後、彼はその背中の翼を広げ、次の国に飛び立っていったのだという。
バジリオはというと、女王陛下にはたいそう世話になったけれど、五体満足になった以上、新たな土地を目指す以外、道はなかった。
バジリオが相手に選んだのは、現在の獅子国の領主で、最も強いと言われている相手である。
「儂を倒そうなぞ、百年早いわ小僧ッ!」
「その百年目が今だと教えてやる!」
――強き者でなくば妻を得れず。女に認められぬ男は子孫を残すに能わず。
今日も獅子族の男は、上を目指して戦い続ける。
死という終わりが訪れる、その日まで。
⭐︎⭐︎⭐︎マルチェロ
竜人。正式な学者ではなく学者の卵てきな存在。特殊な論を振りかざすのが好き。
好きな話になると勢いついて語り続ける。
竜人らしい超回復力を他人にも使える体質。珍しいが竜人には定期的に生まれてくる。大体医者になっているので、医者をしていないマルチェロは珍しい。
弱気な竜人の父と、そんな父の尻をいい感じに叩いたりしている人間の母を持っていたりする。
⭐︎⭐︎⭐︎バジリオ
獅子族の男。エルシリアの運命の番。
13歳で町長に昇りつめ、16歳でその町もある領地の領主になり、一度は追い落とされるも、その後22歳で別の領地の領主にもなっている。
負ける事もあるが、必ずどこかでまた強さを見せている。比較的温厚だがごく一般的な獅子族の男。
⭐︎⭐︎⭐︎エルシリア
獅子族の女。バジリオの運命の番。
獅子族の女性は基本、生まれた土地で一生を終える。その為バジリオについて色々な土地を転々としているのはかなり特殊な例。愛がある為成せる事。
※余談
結婚はしても、女性に認められないと子作りはさせてもらえない。
獅子族の文化はライオンにかなり近いが、流石に子殺しはNG。
新しくプライドのトップになった男は、前のトップの実子も含めて自分のプライドの家族と判断して生活していく事に。前の男の血を引くからと子供を虐待するような男は器が狭いと女たちから見捨てらる。
子供は基本的にプライド全体で育てるので、親がプライドからいなくなるとしても、子供は生まれたプライドで育てられる。
相対的に少ないだけでゼロとは言っていない。法律があっても犯罪者が出るのと同じで例外は普通にある。




