322話
「……なるほどな。見つけたのか」
三区〈ルピアノ〉の営業終了後にて。社長であるルノーがコーヒーを片手に、店奥のソファに腰掛けた。売り場のライトは消されて、今はそこのみ明るい。天井を見つめる。そして目を閉じる。あいつの。顔が浮かぶ。想像ですらニヤついている。
その対面。同じくソファに座り、足を組んだ少女。サロメ。いつになく、真剣な眼差しで。
「いや、見つかってない。あいつの痕跡、ってだけ。尻尾を掴んだ、どころか尻尾から抜けた毛に触れた程度。でも。触れたってこと」
いつもなら横になってリラックスした態度なのだが、少々の本気が垣間見える。手に、耳に残る音の残滓。音の魂。ユニゾン。
今日の仕事は収穫アリ、と言っていい内容だった。まさかこんな形で出会えるとは思っていなかったが。普通だったら絶対に行くことのなかった場所。多少の感謝はしている。ハイディにも。社長にも。
ズズ、とコーヒーを口に含みながら、ルノーは報告をまとめてみる。
「ザイラー『マエストロ』か。もちろん世界を探せば何台も見つかるだろうが、あいつのことだから気まぐれに選んだ一台だろう。ヒントにはならんか」
こだわりがあるようには思えない。むしろ、スタインウェイやヤマハなどの有名どころをわざと避けてみた、まである。そういうヤツだから。ザイラーはいいピアノを作ってはいたが、正直そこまで一般に浸透している名前ではない。店にも在庫はない。
おそらく、ヤツにとってはこれはただのゲームでしかないのだろう。この子は。それに巻き込まれてしまっている。そのために高めた技量。そのためだけの技量。ある意味、悲しいもの。
その視線に気づき「ん? なによ」とサロメは反応する。
「でも充分よ。そう簡単に見つかるとは思ってないから。そんでもって、次にあいつが『マエストロ』を調律することもわかってる。充分すぎるわ」
あいつ以外には調律はやらせていない、ということだけはわかった。何年もそうとのこと。なら、あのピアノはあそこに行けば会える。それだけで。いい。




