319話
今回でいえば後者。『誰に』合わせているのか。それを知るのは。サロメのみ。
「……」
初心者であっても、質の良いピアノを選ぶべき。それはわかっている。だが、これはそういうものではない。良い悪い、では片付けられない難題にぶち当たった。
「そうなの? え? 本当に? 嘘じゃなくて?」
驚いたのは店員のほう。そんな事実、知らなかったし誰も教えてくれなかった。気にも止めていなかった。
もう一度、カルメンは音を確認する。必要もないけど。でも、また確信の度合いが高まる。
「本当。もう調律してから随分経ってるんだろうけど。まだピークに達していない、そんな気がする。さらに人を選ぶものになっていく」
ここから成長して大人になっていく、いわば赤ちゃん。いや、少年? 少女? それくらいの。弾かれることでピアノはより育っていく。もっと。もっと。今はまだその途中。気づく人は気づく。私だから気づく。少なくとも、ブリジット達なら。
そしてどんどんと。『あの人』のための音に近づいていく。その先がサロメには見えている。聴こえている。
「そういうことよ。弾きにくい、って言ってるヤツらは腕のないヤツ。相応の技術を持っていないとこいつは宝の持ち腐れになる。スタジオはそういう人達だけじゃないんでしょ?」
たしかに、上を目指すのであれば良いピアノに触れていることはとても重要。質の悪いピアノは、やる気や能力を減退させる。だが、このピアノは『良い』『悪い』では言い表せない特徴を持っている。それなりに熟練であっても、それでもポテンシャルは引き出しきれない。
客層を思い出してみるハイディ。そして頷く。
「そうですね。もちろんそういう方も多くいらっしゃいますが、どちらかというと子供のレッスンであったり、趣味で続けている方々のほうが圧倒的に多数です」




