318話
つ頷いたところでカルメンは所感を述べる。
「とても好きな音。でもこれはやめたほうがいい」
あっさりと。そう言い放つ。
「え?」
「でしょうね」
驚く店員と、納得のサロメ。非常に良質な演奏であったことは両者共に認めている。だが、感想としては真逆。
そして当然ハイディも困惑の色を見せる。
「なぜ……ですか?」
あんなに素晴らしい演奏だったのに。やめたほうがいい? なぜ?
その理由について、カルメンがゆっくりと音を感じながら述べる。
「サロメが言っていたことがわかった。これは超上級者向けに調律されてる。弾きこなすのは相当な腕じゃないと無理。そうじゃないなら買ってもいいと思うけど。私はオススメしない」
私なら。弾きこなせるけど。プライドを覗かせて。
そのピアノは。あまりにもピアニストの感情を『伝えすぎている』もので。弦の鳴り方、つまりユニゾンの女性は調律師それぞれが持っているものではあるが、ザウター『マエストロ』のそれは、非常にピーキーなものとなっていた。
上手さと、それとは逆の稚拙さも。増幅して奏でてしまう。その歯止めが効かないリスクの高さ。リターンの高さ。幅が極端に設定されている。
複数のピアニストが演奏するコンクールでは、そのホールに合った音を調律師が感性のままに調律していくこととなる。熟練の者となれば、コンクールの音楽性までも理解し反映した仕上げも。結果にも反映されるため、非常に重圧も強い。
だが、リサイタルなど個人のものは、ピアニストと調律師の間で音の擦り合わせをしていくことが基本となる。自身の求める音のため、妥協せず合わせていく。そのため、汎用性という意味では向いていない。弾く人物が決まっているから、そこに目指して調律をする。




