315話
「……」
あの。無責任でどうしようもなくて。人に迷惑ばかりかけ続ける。それでいて。最高の音を生み出してしまう。あの。最低な男。そんな人物をサロメは確信している。
心に引っかかる。心臓の鼓動が速くなる。心から嫌悪する『あいつ』。でも。認めたくはないけど。音だけは、あたしにとって最高のもの。だから。間違えない。
電話でアトリエに確認に行ったハイディが戻ってくる。
「サロメさん、ダメだそうです。そういうのは認められない。あと、終わったら直帰しないでアトリエに寄るように、とのことです」
社長の言葉をそのまま伝えただけだが、緊張する。別に怒られているわけでもないけど。なにか、今まで動かなかった機械人形がいきなり動き出した、みたいな。そんな厳かでピリピリした雰囲気を感じるから。
ジロッ、と厳しい目を向けるサロメ。だがこの子は関係ない。むしろ、この子のおかげで見つかったのだから。
「わかった。ありがと」
心の中で謝罪。口に出せばいいけど、寸前でその言葉を殺してしまった。そうしたらなんか。言い出せなくて。
重苦しい空気。ハイディはそれを変えようとピアノについて問う。
「それで、このザイラーというのはどういうピアノなんですか?」
正直、聞いたことはなかったメーカー。もしかしたらここに来なかったら、一生出会わなかったかもしれない。なのでちょっと嬉しさもあったり。
あー、と気の抜けたサロメは他人にバトンを託す。
「さぁ? それはピアニストに聞いてみたほうがいいんじゃない?」
ピアニスト、とはもちろんカルメン。出番か、とばかりにささっとイスに座って準備開始。このために来た。
「なんでもいっか。弾くよ。リクエストは? お兄さん?」
「え? 俺? いいの?」
まさか自分に話がまわってくるとは思わなかったため、店員は驚きを隠せない。混ざっていいの? 話に。




