312話
向けられた店員はその圧に一歩たじろぐ。
「いや、そこまでは……ただ、定期的には呼んでしているみたいだけど。誰かまでは——」
「店長あたりなら知ってるでしょ。聞いて」
またもサロメは被せる。焦るように。興奮を抑えられないように。怪しい笑みが溢れないように。このピアノは。
ふむ、と無表情ながらカルメンは首を傾げる。
「どうしたのサロメ。なにが気になるの」
先ほどまでのだらけきった姿勢とは一変。突如スイッチが入ったことに違和感を覚えた。そしてそのスイッチはおそらく、あまりよくないものだと思える。案外当たる自身の勘。
数秒、サロメは目を合わせる。静かで緊張感のある時間と空間。深く息を吸うと、同じだけの時間を使って吐く。
「……別に。とにかく、呼んでおいてあんたには悪いけど。これにする。もしくは、しばらくこれが売れないようにここに置いといて」
その無茶な要求に対し店員も流石に、
「えぇ……」
と言葉を失う。そんなこと責任者でもない自分にできるのだろうか。いや、長いこと売れていないことを考えると大丈夫なのでは? なんて考えも浮かぶ。
そのまごついた対応にサロメは痺れを切らす。
「じゃあ買うわ。ハイディが買わないならアトリエが買う。社長には私が話をつける」
「いや、他の販売店で買ったモノを自分の店で売るなんて——」
「売らない」
店員の言葉をサロメは遮る。冷静に。沈着に。場がシン、と静まり返る。
なんだか不穏な空気をハイディは感じつつも話に入り込む。
「……? どういうこと、ですか?」
なんのために。自分が購入するために来た、とか。そういうのも忘れるくらいに。理解が追いつかない。
ポン、とサロメは軽くピアノに手を置く。
「こいつは売らないわ。どこか……あたしの手の届くところに置いておくだけ。別に誰にも迷惑はかけてないでしょ」
「キミのところのアトリエには……」
「関係ないでしょ、あんたには」
どんどんと店員に対するサロメの当たりが強くなる。少しずつイライラが募ってくる。悪いとは思いつつも、自分が抑えられなくなる。あとで謝ろうか。まぁ、いいか。




