309話
「? はい……?」
戸惑いながらもハイディは返事。よくわからない人だけど、さらになにか企んでいそうな。とはいえ、自分のやるべきことに集中。ピアニストにとって良いピアノ、というものを選別しなければ。
鼻歌混じりにサロメが二階へ上がると、一階よりもさらにスッキリとした空間。板張りの床に、遮光カーテン。まさにショールームといったゆとりを持った配置。人もおらず、静謐な雰囲気を携えている。
(……色々あるけど、まさかファツィオリがサイズ違いで三台。他にもたしかに弾きこまれたいいピアノばかり。ニールンド&ソーンのグランドなんて、まだ残ってるとはね。このあたしもさすがに驚いたわ……)
歩きながら吟味。スタインウェイにヤマハ、シゲルカワイといったコンクール御用達のものから、すでに廃業したメーカーなどのものもあり、見ていて飽きない。たしかにしっかりと調律を施されているようで、このままコンサートなどでも使えそうなほど。
(ローゼンストックにノルディスカ。中々レアなもの置いてるわけね。たしかにウチのアトリエにはない。相当コアな層向けね)
アップライトならともかく、グランドは当時ですらあまり製造していなかったメーカーまで。さすがに舌を巻く。音も。今までに聴いたことのない響きを持つ。これはこれで味がある。目を閉じて。軽く弾いてみる。
(……でも違う。これらではない。あたしの探しているピアノ。この音の先にはない)
あの『音』は。いつまでも耳と心に残り続けるもので。忘れたくても忘れられない。忘れてはいけないユニゾン。あれだけが手がかり。見つけられるのは。あたしだけ。
鍵盤を叩くとアクション部分が弦を叩く。音が出る。その弦を調律し、音程を合わせる。それがユニゾン。合わせた音には、同じドであってもラであっても、調律師ひとりひとりの個性が出る。同じようで違う。奥の深い作業。
もちろん、メーカーによっても、さらにはそこの同じサイズだとしても使用した木材の違いで音も違ってくる。職人とはいえ手作業による部分がある。そういった理由で、完全に同じピアノというものは存在しない。




