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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-2 狐仙妃、後宮の人間関係に悩まされる
9/71

9 狐に変身して内廷へ

 授業が終わり、花籃宮の自室に戻った魅音は、さっそく昴宇に言った。

「陛下にお願いしたいことができた。今夜にでも、お会いしたいんだけど」

 昴宇は呆れる。

「軽く言いますね。こちらから行くなら後宮を出る許可をとらないといけないし、陛下のご都合を伺って日取りを──」

「そんな正式なアレじゃなくて」

 魅音はスッと屈み込むと、ころん、と前転した。たちまち彼女の姿は一匹の白い狐になる。狐への変身なら、造作もないのだ。

 着ていた襦裙の代わりのように、首に淡い緑の布が巻きついている様子は、まるで狐がおしゃれをしているようだ。

 狐は、ふっさりした尻尾を揺らめかせた。

『闇に紛れてこの姿で行ってくる。昴宇、ちょっと結界を緩めて、外に出してよ』

 昴宇は目と口をぱかっと開いて固まっていたけれど、やがて気を取り直し、じろりと魅音を見た。

「逃げないでしょうね」

『逃げないわよ、故郷がバレてるんだから』

 魅音にしてみたら、翠蘭のところに戻った後も平穏に暮らせなくては意味がないのだ。

「まあ、相談ならいつでも、と陛下に伺っているし……わかりました。書くものを貸していただけますか」

 昴宇は墨を()ると、懐から木の札を取り出し、筆で何やら複雑な紋様を描いた。

「これは、霊牌といいます」

『霊牌? 令牌じゃなくて?』

 令牌とは、それを持っている者が上官の命令を遂行できるように、法的な効力を持った札のことを言う。

「少し違います。今回の場合は、僕がかけた術に命令を加えて変化させるというか……まあとにかく、結界に細工をして通り抜ける術が、この霊牌にこもっていると思って下さい。紐でも通して、首にかけておいたらどうですか」

 昴宇は、書き上がった札を魅音に見せ、語尾を強める。

「いいですか、外では絶対に、見つからないようにして下さいよ。狐が捕まったって聞いても言い訳のしようがないし、僕は助けませんからね!」

「はいはい。毛皮にされないように気をつけるわ」

 人間に戻った魅音は、肩をすくめつつ札を受け取った。


 夜が更けた。しんと静まった空気の中に、亥の初刻(午後九時)の太鼓が低く響き渡っていく。

 魅音は白狐の姿で、外廊下に出た。すでに廊下の吊り灯籠の火は消えている。

 暗闇の中、手すりを飛び越えた彼女は、内院に降り立った。身体を低くして外廊下の下を走り、広い場所に出れば脇を大回りして、木から木へと飛び移る。

 やがて、後宮の外壁にたどり着いた。角楼(すみやぐら)の見張りの目は届かない場所だが、普通の人間では足がかりもなく、とても登れない。

 集中すると、昴宇の張った結界を感じる。

(よし)

 魅音の首には、昴宇にもらった『霊牌』が下がっていた。これがあれば、結界を抜けられるはずだ。

 松の枝の上で体勢を整えた魅音は、パッ、と踏み切った。大きく跳んで塀の上に降り立ち、さらに大きく跳び、水濠の外へと降り立つ。一瞬、髭がピリピリッとなったけれど、無事に結界を通り抜けることができた。

(よーし!)

 さらにまた木に登り、今度は別の建物の屋根に跳び上がる。

(……おぉ……)

 視界が大きく開けた。

 夜空の下、永安宮の殿舎の瑠璃瓦が、はるか遠くまで続いている。それは山脈が波打つかのようで、月光に照らされて艶やかに光っていた。下からの篝火がところどころをぼんやりと照らし、色鮮やかな装飾を幻想的に浮かび上がらせている。

(見事ね。人間の営みって素晴らしいと思うわ。か弱い存在で、よくこんな壮大な都を生み出したこと。……さて、行きますか)

 目指すは、皇帝・俊輝の寝所だ。


 永安宮は広く、殿舎は何十もあり、部屋数はそれこそ数えきれない。しかし、魅音は特に迷うことなく、皇帝の私室や寝室があるあたりまでやってきた。

 建物の外には見張りの衛士がいたけれど、屋根を越えて内院に入れば俊輝の私的な空間のため、誰もいない。格子窓から灯りが漏れていたので、背伸びをして前足をかけ、のぞき込む。

 俊輝はくつろいだ服装で、書き物机で書物を読んでいた。

 魅音が『キューン』と軽く鼻を鳴らすと、彼はすぐに気づいて顔を上げる。

「……魅音か」

 格子窓が内側から開けられ、魅音は中にぴょんと飛び込んだ。窓を閉めた俊輝は向き直り、立ったまま腕を組む。

「皇帝の寝所に忍び込むとは、大した度胸だな」

 魅音は行儀良く座って、陛下を見上げた。

『例の件で、お話があって参りました。後宮においでいただいたりしたら大ごとになるので』

 後宮内に皇后でもいて、事情をわかってくれていれば相談できたのだろうけれど、いないので仕方ない。

 ちなみに、先帝の皇后は愛寧皇后という。皇族の血を引いているという立場に守られたか、先帝に痛めつけられることはなかった。しかし、子を産めないまま数年を過ごした後、やまいを得て表に出なくなったようだ。

 先帝が討たれた後は、皇太后になることはもちろんなく格下げされ、離宮で隠居生活を送っている。

「そうか。しかし、狐相手に話をするのも変な感じだな」

 再び椅子に座った俊輝が、もう一つの椅子を示す。

「人間に戻って、そこに座ったらどうだ」

『陛下の寝所に女がいるなんて、もし誰かに見られたら大変です。狐のままの方がまだマシかと。……お願いがあって参りました』

「例の件がらみなら、何でも聞こう」

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