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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-2 狐仙妃、後宮の人間関係に悩まされる
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8 高慢な妃と話がしたい

 その後、魅音は花籃宮の居間で、青霞、天雪と再会した。

 悲しみに打ちひしがれた演技で出て行った割に、ほんの数日で「ただいまっ!」と元気に戻ってきた魅音だけれど、恥じもせずに堂々と挨拶する。

「二人とも、またよろしくね!」

「魅音! まさかまた会えるなんて!」

「アザ、治ってよかったですね!」

 二人は驚いてはいたものの、呆れることなく喜んで迎えてくれた。

「私もびっくりよー、天昌を出て温泉に寄ってみたら、治っちゃって! あそこのお湯は霊験あらたかに違いないわ」

 魅音はシレッと嘘を言う。

 美朱は彼女たちとつるむのが嫌なようで、珊瑚宮に移った後は、用がない限り花籃宮に来ない。しかし、授業の時にでも顔を合わせられるだろう。

「温泉で治ったからいいようなものの、医官は本当に無能ね。専門家なのに」

 青霞が憤慨しているので、魅音はあわてて答えた。

「医官はよくしてくれたのよ、色々な治療法を試してくれたし。何かあったら是非、相談するといいわ。医官に言いにくければ、助手は宮女だし。はり治療とかもしてくれるよ」

「ふぅん。まぁ、私は健康が取り柄だから、しばらくお世話になることはないと思うけど」

 青霞は肩をすくめる。

 青霞、天雪についても、魅音は昴宇から詳しい話を聞いていた。

 江青霞は、元・宮女だ。先帝の代には、『嬪』の妃の侍女としてしばらく働き、その妃が心の病で後宮を出された後、尚寝局という部署に移った。妃たちが日常的に使う備品を管理する部署である。その後、出世して尚寝(尚寝局の長のことをそう呼ぶ)になった。

 先帝が討たれた後も後宮に残っていたところ、長になれるほどの賢さがあり家柄もよく、顔立ちもいいという条件を満たしたため、妃に昇格。現在、二十三歳だそうだ。

(この年齢で後宮にわざわざ残った、ってことは、実家に戻って結婚するつもりはサラサラなさそう。なのに妃になっちゃったのか。わからないものね)

 魅音は思いながら、天雪に視線を移す。

 ぽやぽやニコニコしている天雪は、十四歳。俊輝が皇帝になったのと同時に、天雪の兄が、禁軍(皇帝直属軍)の大将軍に就任した。彼は三十歳だが、俊輝の親友なのだ。天雪はその末の妹である。

 昴宇曰く、

「その白将軍が、陛下の体裁を整えるために妹君を送り込んだらしいですよ。必要ないなら一、二年で返品してくれればいいから、などと言って」

 だそうだ。

(い、いいご友人をお持ちね、と言えばいいのかどうなのか。十四歳での後宮入りは普通だけど、そんな経緯なら陛下は天雪には手をお付けにならないかも? 後で後宮を出されても、いいところにお嫁に行けるようにするのでしょうね)

 俊輝は本当に、後宮に関しては全く気合いを入れていないのだな、と魅音が心の中で再確認したのだった。


 再会の翌日、三人は連れだって花籃宮を出た。妃向けの授業の行われる、内文学館という場所に向かうのだ。宮女が一人、付き添っている。

 青霞が、前方を指さした。

「ほら、あそこが、珍珠宮のあった場所よ。珍貴妃が暮らしていた宮」

 四夫人で最も位の高い『貴妃』の宮なのだが、美しい建物の立ち並ぶ後宮にあって、今そこは異様な雰囲気だった。俊輝の言っていた通り更地になり、鎮魂碑が建立されている。

「あの場所で珍貴妃は、先帝と一緒に妃たちをいじめていたわけよね……」

 青霞が声を低めて言い、天雪もささやき声で答えた。

「自害なさったのも、ここなんですよね」

「そう。あまりに縁起が悪いので、ここだけはお祓いして取り壊したんですって」

「へぇ。何だか怖いわー」

 魅音は適当な返事をしながら、あたりをぐるりと見回す。

(鬼火は……っと)

 今は特に何も見当たらないし、魅音には何も感じられない。

「宮といえば、そろそろ私たち、暮らす宮が決まるかしら」

 青霞の話に、魅音はさりげなく乗っかった。

「そうね。何だか怖い噂も聞くから、平穏に過ごせる宮がいいわ」

「怖い噂って、出るっていうアレですか?」

 天雪も、小耳に挟んでいたらしい。魅音は深刻な顔でうなずいてみせる。

「ちらっとそんな話を聞いて、やだなー怖いなーって。何か詳しい話、知ってる?」

「牡丹宮で、宮女が何か見たと聞いたけど。本当かしら」

 青霞が答える。噂は宮女の間だけでなく、妃にも届いているらしい。


 やがて、内文学館にたどりついた。ここは、教養のある宮女たちが所属している部署で、女たちの教育を担っている。妃たちもここで、あれこれ学ぶのだ。

 教室として使われる部屋に入り、座って待っていると、美朱が入ってきた。珊瑚宮から来たのだろう。

 魅音は立ち上がり、挨拶する。

「おかげさまで、戻って参りました。またよろしくお願いいたします」

 美朱は軽く小馬鹿にした笑みを浮かべたものの、さらりと言った。

「ああ、聞いているわ、アザがすっかり治ったとか。良かったわね」

「はい、ありがたいことでございます。今、これから暮らす宮の話をしておりました。怖い噂も聞くので、平穏に暮らせたらと……。珊瑚宮は、何事もございませんか?」

 すると、美朱はじろりと魅音たちを見回し、淡々と言った。

「何事も何も、別に普通よ。あなた方、低俗な噂話に踊らされないことね。見苦しいわ」

 そして、魅音たちに背を向け、教壇の方を向いて座る。

(うへー、完全に上から目線)

 青霞・天雪と目が合い、魅音は苦笑いした。そこへ、教育担当の宮女が入ってきたので、話はいったん終わりになった。

 宮女が詩を読み上げるのを聞きながら、魅音は考える。

(美朱にしてみれば、私たちに同等みたいに見られるのはイヤなんでしょうね。でも、珊瑚宮の様子は知りたい。彼女からも話が聞けないと困るな)

 どうしたら、美朱とじっくり話ができるだろうか。

(いっそ、ちゃんと品階や称号が決まってくれたら……)

 皇帝に仕える文官や武官たちは、一から九までの品階に分類される。その中でさらに細かく分かれるのだが、各品階の一番上は『正一品』『正二品』という感じで『正』がつく。

 同様に、後宮の妾や宮女たちも皇帝に仕える立場なので、『夫人』は正一品、『嬪』は正二品というふうに品階があり、それぞれに称号があった。

(私たちより美朱の方が、位が上に決まってるし。自分の立場が安定すれば、上の立場として下位の妃の相談を聞いてやるという形で、私とも話してくれるかもしれない。……よし)

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