28 本当の再会
「よーし、やったぁ!」
魅音が快哉を叫んだところへ、声がかかった。
『なぁんだ、もう終わっちゃったワケ?』
廟の上に、金色に光輝く大きなものがフワリと出現していた。体重を感じさせない、九本の尾を持つ狐。
陰界からやってきた、九尾狐だ。
「九尾狐様!」
『ずいぶん手際がいいじゃん。どうやったのさ』
魅音は、すぐ後ろにいる笙鈴と視線を合わせて笑い合い、そして九尾狐に両手を差し出した。
「この子にも手伝わせて、一芝居打ったんです」
魅音の手の上で、小丸がチュッと得意そうにふんぞり返る。
「あの白い幕に、影絵を映したんですよ。四つ足の土地神役は、この子です」
魅音は松明の炎を使って、小丸を斜め下から照らし、幕に大きく映し出した。
そのタイミングを見計らって、一番声の大きい翼飛に叫んでもらったのだ。
『土地神様だ!』
と。
彼の言葉を聞いた領民たちが、影を土地神だと信じ込んだため、燕貞は戸惑った。彼の仕込みではないからだ。
しかし、しめしめと思ったのだろう、それに乗っかってしまったのである。
『土地神様が、皆さんの信仰に応えて現れたのです!』
それこそが、魅音の狙いだった。
「私はそこで、九尾狐様のフリをして、影絵に登場しました」
ちなみに、九つの尾は、魅音の尾に布を数本結び付けただけである。その布を、笙鈴が糸で操って、九本とも動いているように見せかけたのだ。
土地神役の小丸は、そんな魅音に本気でビビってプルプルと震えてしまったが、それもまた土地神の情けなさを強調して良い結果に結びついたと思われる。
「『九尾狐様』が海建の罪状を読み上げたので、領民たちが信じてくれました」
もちろん、その罪状一覧は、俊輝から翼飛に送られていた先帝時代の記録だ。
「で、九尾狐様の私が土地神の小丸をやっつける場面を演じて見せようと思ったんですが、その瞬間に本物の土地神が落ちてきたので、影絵ではなく本当の捕り物場面に突入したわけで」
あはは、と魅音は笑う。
「いやー、ちょうど良かったです、影絵だけだと領民がちゃんと騙されてくれるか心配だったし……本物を思いっきり情けない姿で倒せたので、一番の正解でした。土地神を陰界からこちらに飛ばしてくれたのは、昂宇ですよね?」
『そうだよ。でも』
九尾狐は、じろりと魅音をにらみつける。
『あんたがあたしのフリしたんなら、結局あたしの力も使って倒したってことじゃん。陽界の人間だけの力で倒したとは言えないねっ!』
「あー、勝手に演じてしまって、申し訳ありません。でも……」
魅音はひるまず、にっ、と微笑んだ。
「狙ったんですよ、これ」
『……何を?』
「こんなことがあったわけですから、宏峰の民は土地神の代わりを求めます。そして、土地神を倒した九尾狐様を信じるようになる。その信仰によって、あなたの霊力はさらに高まるでしょう」
矜持をくすぐりながら、魅音は続ける。
「西王母様にとって、ますます頼もしい側近になれますね!」
『ふ、ふーん? ……ま、うん、悪くない、かなっ』
目を逸らした九尾狐だが、九本の尾はグルグルグルグル、機嫌よさげに回転している。
そして。
『んー仕方ないっ。約束だからね。返してやるか!』
ふいっ、と尾が数本、宙の一点を指した。
魅音と九尾狐の間の空間が、キラキラと光り出した。陽界と陰界が繋がったのだ。
そしてその光の中から、半透明の昂宇の、魂の姿が現れ、地面に降り立った。
彼は目を見開きつつ、ゆっくりとあたりを見回す。
そして、魅音に目を留め、ハッと目を見開いた。
「魅音! うまく行きましたか?」
「ばっちり! ありがと、昂宇!」
こぶしを握ってみせると、昂宇もホッとした表情になる。
「そうか、あぁ、よかった。……海建と、燕貞は?」
魅音と昂宇が振り向くと、海建はすっかり縮んで普通の人間くらいの大きさになり、壇の上で霊力の糸に締め上げられて、うごうごともがいていた。
燕貞の方は縛り上げられ、翼飛とその部下たちに取り囲まれて、地面に呆然と座り込んでいる。彼はぶつぶつとつぶやいた。
「私は悪くない……父上はあの先帝の宮廷で生き抜いただけだ……そのために金が必要だったんだ……なのにあいつらときたら……くそっ、私は土地神になった父の愛の力で、のし上がってやるんだ……!」
翼飛が肩をすくめる。
「それで海建に力を集め、強くしたかったのか」
「放っておいたら、巨大化した土地神が、次はこの地の県令を襲っていたかもしれませんね。やがては、都に向かって俊輝に牙を剥いたかも」
昂宇は真顔になっているが、
「あんなインチキじゃ、そこまで行けないでしょ」
と、魅音はただ呆れる。
そして彼女は、ぼそっと続けた。
「それに、燕貞の言う『愛』って、なんか違う気がする。昂宇や美朱様の『愛』の方がいいな、私は」
たちまち、昂宇がうろたえだす。
「ぼ、僕の、『愛』……?」
そこへ、九尾狐が大騒ぎを始めた。
『はい終わり終わり! 昂宇の魂は魄と繋いだから、さっさと身体に帰んな! あたしももう帰る! こいつを回収して、大姐のところに帰るー!』
うごうごと動いている海建の襟首に、九尾狐は素早く爪をひっかけた。
『お前は陰界に来るんだよ。そしてもう二度と、陽界には行かせないからね!』
ひいいい、と海建が情けない声を上げたけれど、九尾狐は構わずに襟首を咥え、大きく跳び上がる。
そして、舞い上がる火の粉と共に、フッ、と姿を消した
魅音は黙って、九尾狐の消えた空間を見つめた。昂宇が声をかける。
「魅音? どうしたんですか、何だか残念そうだ」
「ああ、うん。九尾狐様、行っちゃったな、と思って」
魅音の目に、篝火の炎が映ってきらめいている。
「あのお姿はね、神様の一歩手前なんだよ。西王母様のオトコにちょっかいかけた! ってなっちゃったから、言う機会がなかったけど、憧れの姿なの。私がまずたどり着くべきは、あんな存在なんだもの」
「追いつこうと求め続ければ、またいつか出会えるかもしれませんね。……あ」
昂宇の姿が、ゆっくりと薄れ始めた。
「魂が、魄に引っ張られている」
「戻るんだね」
「はい」
彼は、目を細めて微笑む。
「じゃあ、魅音。今度こそ、ちゃんと再会しましょう」
魅音も、微笑みを返す。
「うん。会いに行くよ」
「楽しみにしています」
ひときわ大きく、昂宇の姿が輝く。
すぐに、彼も光の玉になって飛び去って行った。
温かさが、身体を包んでいるのを感じる。
昂宇が目を開くと、そこは寝台の上だった。紗を透かして、朝陽が部屋を照らしているのがわかる。夜が明けたのだろう。
「うっ……」
身じろぎして、昂宇は顔をしかめた。
とてつもなく、身体が重い。魂が長いこと身体を離れていたせいで、魂魄の繋がりがまだ鈍いのだろう。
しかしすぐそばに、朝陽よりも温かなものが寄り添っているのを感じる。
かろうじて、顔を傾けてみると――
彼の右腕の下から潜り込み、腹に顔を載せた白狐が、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てていた。
表情を緩めた昂宇は、右手でゆっくりと、その毛並みを撫でる。
「…………ありがとう」




