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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
2-6 土地神の正体を暴け
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27 インチキを暴け

 一方の陰界では、宏峰の土地神である海建が、やりたい放題やっていた。

 雲海に浮かぶ島のように、白い靄にいくつかの宮が浮かんで見える。土地神は大きく跳躍し、宮の屋根にズシンと降りては、瓦を割り散らかした。鉄の匂いに釣られ、また飛ぶ。

 土地神がたどり着いたのは、後宮の角楼(すみやぐら)だった。屋根の上から頭をぐうっと下げ、吊り下げられた鐘を見つけると、ウギイイイ、と歓喜の声を上げる。

 無理やり楼の中に入り込むと、鐘にかじりついた。歯が当たって、ゴゥン、ガリン、と音を立てる。

 その巨大な身体が、ふと動きを止めた。顔が動き、ふんふん、と鼻をうごめかす。

 もっと美味そうな、金目のものの匂い(・・・・・・・・)だ。

 土地神は一瞬で鐘から興味を失い、パッ、と手をはなすと、ズシンと地面に降り立った。そのまま、匂いだけを頼りに四つ足でドスドスと走り出す。

 たどり着いたのは、ひときわ美しい宮だった。高貴な人物が住むのだろう。きっと、金目のものがたくさんあるに違いない。

 ドガン、と壁を崩し、土地神は内院へと乗り込む。

 そこには橋の渡された池があり、池の前、地面に敷かれた布の上には、輝く宝物が山と積まれていた。

 玉のはまった衣装箱、同じく玉をちりばめた宝剣、美しく輝く銀の食器や酒器、黄金でできた鳳凰の像。

 ウォオォン、と、土地神は歓喜の雄叫びを上げる。

 そして、よだれを垂らしながら一直線に宝物に突進した。

「よし。捕えた」

 つぶやいたのは、数珠の巻かれた手で印を結んだ、難昂宇だ。

 バチイッ、と空間に光が走り、青く光る紐のようなものが土地神に絡みついた。かつて魅音を捕えた結界の、強化版である。

 土地神は一瞬、何が起こったのかわからないようだったが、すぐに紐から逃れようとがむしゃらに暴れ出した。庭の植木がへし折られ、灯籠が吹っ飛ぶ。

「くっ……長くは持たない」

 昂宇は急いで霊符を指先に挟むと、土地神に向けた。

「済まないな、海建。もしかしたら燕貞が全部勝手にやっているのかもしれないが、そもそもの発端はお前なんだ。……『炎』」

 ボッ、と土地神の足元が燃え出した。全身を包むまでには至らないが、土地神は苛立って、ギャオオオウウ、と、怒りの声を上げる。

 すぐに、土地神の輪郭がぼやけ始めた。

「陽界へ、逃げようとしている。魅音、笙鈴、翼飛殿、準備はできているだろうか」

 なおも霊符を突き付けながら、昂宇がつぶやいていると――

 その隣に、ふわりと九尾狐が降り立った。

『あたし、陽界に行って見てくる』

「えっ」

 驚いて昂宇が見上げると、九尾狐は嫌そうに鼻に皺を寄せつつも言った。

『だってしょうがないじゃん、魅音がこいつをちゃんと倒すかどうか、見届けなくちゃいけないんだから。大姐、あたしがいなくて寂しいと思うけど、しばらく我慢してねっ!』

 西王母はにっこりと団扇を仰ぎながら、

「ああ」

 と軽く返事をする。

『ちゃんと昂宇を見張っててよっ⁉ 絶対だからねっ!』

「わかった、わかった」

『もうっ』

 九尾狐は、プン、と鼻面を上に向けたけれど、気を取り直したように土地神に向き直った。

『行くよっ』

 土地神の姿が、靄に溶けるようにして消えていく。そこに九尾狐は突っ込み、後を追うようにして姿を消した。

「ふぅ……」

 昂宇はその場で座り込むと、頭を垂れて大きく息をついた。

(僕にできるのは、ここまでだ)

 その時、何か平らなものが昂宇の顎の下に入った。

 いつの間にか西王母が彼の前に立っており、手に持っていた団扇で昂宇の顎をくいっと持ち上げたのだ。

『昂宇』

「はい」

 じっ、と目を見つめられて昂宇がおとなしくていると、やがて西王母は微笑んで、団扇を離した。

『よし。後は果報を待つばかりだな』

「……? 西王母様、今、僕に何か……?」

 昂宇の質問には答えず、西王母は興味を失ったかのように、くるりと踵を返す。

『さて、私は宮の中で少し休むとしよう。昂宇はここでお待ち。帰る時は気をつけてな』

「あっ、はいっ、その、お世話になりました!」

 いきなり連れて来られた上で帰る時の挨拶が、これでいいのか疑問に思いつつも、昂宇は頭を下げる。

 後は、西王母の言う通り、待つばかりだ。


 その頃、陽界の宏峰では、祈祷の会場で大きな動きが起こっていた。領民たちから見ると、次のようになる。

 まず、焚かれていた護摩の炎が、不意に弱まった。逆に、張り巡らされた白い幕の裏側の方が、なぜか明るくなる。

 その明かりに照らされて、幕に何か四つ足の巨大な影が映ったのだ。

 男の声が、大きく響いた。

「神様だ! 土地神様が現れた!」

 ざわっ、と領民がざわめく。

「本当だ!」

「ああ、土地神様!」

 燕貞は少々、戸惑ったように見えたものの、そんな領民たちに呼びかけた。

「土地神様が、皆さんの信仰に応えて現れたのです! さあ、さらに祈ってください。我々の願いを聞き届けて頂きましょう!」

 彼の言葉に煽られて、領民たちはより一層、熱心に祭文を唱えた。

 ところが、やがて幕に別の影が映ったのだ。それは土地神とされる影よりも大きく、どう見ても、狐の姿をしていた。尾が、九つも揺らめいている。

 領民たちは再び、祈るのをやめてざわめいた。

「き、九尾……⁉」

「えっ、何、九尾って」

「伝説の霊獣だよ、九尾狐様だ!」

 狐の影の、口の部分が、くわっと開いた。鋭い女の声が響く。

『許海建、許燕貞! ついに見つけたぞ、金に汚い小悪党め! 天昌から追放されてもなお、宏峰の民を騙しておるのか!』

「えっ」

「えっ」

 領民たちが一瞬、静かになる。

 燕貞のあわてた声が響いた。

「なっ、何だ、一体何が起こっている⁉ 皆さん、さあ、祈ってください!」

『黙れ燕貞! 海建の罪状は、横領、備品の転売、賄賂の要求など数えきれん。これらは神々の前に明らかである!』

 狐の口が動き、そして天昌にいた頃の海建のせこい犯罪が、次々と並べ立てられていく。

『これらは新皇帝の名のもとに調べ上げられた罪状だ、とくと見よ!』

 白い幕の向こうから、ぽーん、と巻物が飛んできた。手前にいた領民が、あわてて受け止め、中を見る。

「な、何か書いてある。読める者はいるか」

「俺が読む。……これは……本当だ、海建様が罰を受けたという記録だ!」

 波紋が広がるようにざわめきが伝わっていく。四つ足の影は、何やら怖がるようにプルプルと震えるばかりだ。

「土地神様が、あんな……」

「九尾狐様に、罰せられているのか?」

 再び、女の声。

『さあ、冥界で裁いてくれようぞ!』

 ばっ、と狐の影が後足で立ち上がった瞬間――

 ドガーン!

 空から何か大きなものが降ってきて、壇の供物の上に叩きつけられた。

 わああ、きゃああ、と領民たちは騒いで壇から離れ、壇を遠巻きにする。

 壇の中央にいたのは、人面に猪の身体の土地神・海建だった。もがくようにして立ち上がると、身体をブルブルッと振って、まとわりついていた青白い紐を弾き飛ばす。

 幕に映った九尾狐の影が、叫んだ。

『よっしゃ、ちょうどいいところに! ……じゃなくて。これが、土地神の真の姿だ!』

 翼飛を先頭に、鎧を付けた男たちが数人、馬でドドッと乗り込んで来た。土地神を取り囲む。

 一方、白い幕の裏の明かりが、フッと消えた。

 美しい身なりをした女が、幕の前にひょっこりと現れる。もちろん、今まで九尾狐のフリをして叫んでいた魅音である。

「笙鈴、糸!」

「はいっ!」

 応えがあって、キラリ、と宙に細いものが光り、それはキュンキュンと土地神の周りを走り、そしてギュッと収束して締め上げた。

 魅音は再び声を張る。

「照帝国を守る者たちよ! 今こそ、この邪神を倒すのだ!」

 兵士たちが鬨の声を上げ、槍を持って一斉に襲いかかった。

 土地神は、グワオッ、と激しく暴れた。数本の糸がちぎれ、自由になった前足の片方が振り回される。

「うわああ!」

 数人の兵士が吹っ飛んだ。

「な、なんだ、あれは」

「何て恐ろしい……!」

 領民たちが怯える声が聞こえてくる。

 陌刀(はくとう)を構え、翼飛は走りだした。土地神をぐるりと回り込んでいく。

 翼飛を追って身体を巡らせた土地神が、襲いかかろうと右前足を伸ばしたが、ひらり、ひらりと躱した彼はさらに走った。

 一瞬、後足に絡まっていた糸が邪魔になった。土地神はよろける。

 すかさず、翼飛は向き直りざま踏み切った。

「どりゃあっ!」

 炎の赤を反射して、陌刀が一閃、振り下ろされる。

 右前足が切り飛ばされた。くるくると宙を舞い、ドッと地面に落ちる。

 ギャアアッ、と凄まじい叫び声が上がり、土地神の目が怒りに燃え上がった。先ほどとは比べ物にならない力で暴れ出す。

 護摩の火炉が破壊されて火のついた木が飛び散り、翼飛や兵士たちの目を一瞬眩ませたその時、土地神に絡みついていた全ての糸が引きちぎられた。

 牙をむき出した土地神は、残った左前足を大きく振りかぶった。

 狙いは、翼飛だ。

(危ない……!)

 その攻撃が翼飛の目の前で、ブン! と大きく空ぶる。

「グワッ?」

 鋭い爪は、何も捕えていない。

 少しずつ、土地神の身体が縮んでいる。そのため、翼飛への攻撃の間合いが狂っていた。

 土地神への信仰の力が、ぐんぐんと削がれているのだ。

 ハッとしたように、燕貞があたりを見回した。

「あ……あぁ……」

 やみくもに手足を振り回す土地神を、遠巻きに見ている領民たちの、目、目、目。

 その目に、神に向けた信仰の光は、もはや宿っていない。不気味な化け物を見る目つきだ。

 翼飛は陌刀をくるりと回し、両手で構えた。

「許海建、許燕貞! 新皇帝の命で捕縛する、覚悟せよ!」

 柄の突端が、ドン、と土地神の胸に突っ込む。ギャアッ、と情けない声を上げて、土地神は壇の上に転がった。

 たちまち、不思議な糸が新たに宙を走る。

 化け物の身体はきりきりと締め上げられ、そして動かなくなった。

「そ……そんな……」

 よろめく許燕貞の肩を、誰かがポンと叩く。

 ギョッとした燕貞が振り向くと、翼飛の部下たちが立っており、先頭の一人が手にした縄を無表情でピンと張って見せた。

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