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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
2-6 土地神の正体を暴け
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26 許氏廟の祈祷

 魅音と笙鈴と小丸は、狐仙堂から狐仙堂へと渡ることで、陰界の後宮から陽界の宏峰に姿を現した。

 板を屋根の形に立てかけただけの狐仙堂は、町の外に向いており、晩秋の田畑が広がっているのが見える。太陽は山の端に沈もうとしており、振り向くと町のあちらこちらに篝火が点っていた。

「こ、ここが、宏峰……ということでしょうか?」

 笙鈴は、初めての景色に戸惑いながらあたりを見回した。そして、クシュンとくしゃみをする。天昌よりも高地にあるため、桂花の香りをまとった風が冷たく吹き抜けていた。

 何やら、ドーン、ドーンと太鼓の音が響いている。

『何だろう……時告げの太鼓? あ、違う!』

 見回してみると、町から出てすぐの丘の上、海建の廟の周りが、明るく浮かび上がっている。大きな篝火が、いくつも焚かれているのだ。太鼓はそちらから聞こえてくる。

 そして、領民たちが続々と廟の方へ坂道を上っていくのが見えた。

『廟に、人を集めてるんだ。あそこで祈祷をするつもりね。……笙鈴、私は翼飛様を探してくる。先にあの廟に行っていてくれる?』

「わかりました!」

 魅音は頭に小丸を載せたまま、町に入った。まずは大通りを『王』家の屋敷の方へと向かう。

 いくらもいかないうちに、数騎の馬が駆け足でやってくるのに出くわした。先頭の馬に乗っているのは、鎧姿の白翼飛だ。

 魅音は素早く人間の姿に戻ると、手を振った。

「翼飛様!」

「魅音⁉」

 翼飛は驚いて、手綱を引き馬を止める。

「どうしたんだ、戻って来たのか? その格好は一体?」

「え?」

 すっかり意識の外だったが、魅音は『青鸞王妃』として恥ずかしくない、いかにも妃という格好をしているのだ。この町では完全に浮いている。

「どうりで人の視線が気になると思ったわー。ま、気にしないで下さい!」

 さらりと流し、魅音は本題に入った。

「昂宇の魂は見つけました、無事です!」

「本当か、よかった! いや、でも、見つけただけなのか?」

「詳しいことはおいおい。今は簡単に説明させていただきますね!」

 魅音は、西王母に会えたこと、そして昂宇の魂を返してもらう条件として、海建――宏峰の土地神を倒すよう言われたことを話した。

 翼飛は唸る。

「あの神、陰界でも暴れてたってのか」

「はい。それで、昂宇が言うには、神に力を与えているのは民の信仰の力だと。燕貞は、手品みたいなことをして海建のご利益だってことにして、民を騙しているんです」

「あいつ……! くっそ、放っておかないでさっさとふん縛っとけばよかった!」

 翼飛は悔しそうに歯ぎしりした。

「そう、お前が宏峰を発ってから、俺の方は部下を使ってこのあたりをくまなく捜索してみたんだ。そうしたら、山小屋に領主が軟禁されていた」

「軟禁⁉ 病気ではなかったってことですか?」

「病気っつーか、少々ボケていて、話が通じない。そんな状態だから、まんまと領主の座を乗っ取られていたんだな」

 海建・燕貞親子が宏峰を私物化していた、動かぬ証拠である。

「それで領主の屋敷に乗り込んでみたら、燕貞がいない。前に、民を集めて祈祷するとか何とかって話をしただろ? もしかしてあれを今夜やるつもりかと考えて、部下を連れて廟の様子を見に来たんだ」

「翼飛様、いい勘してるー!」

 うっかり上から目線で褒めてしまい、彼の部下たちに睨まれる魅音である。

「あ、失礼しました。そう、まさに廟に人が集まりつつあるのを見ましたよ。祈祷が始まったら、また信仰の力が神に送られてしまう」

「すぐに行って止めよう」

「はい。でも、今日だけ止めても」

 魅音の言葉に、翼飛は「あっ」と口を開く。

「そうか。土地神への信仰自体を、ぶち壊しにする必要があるのか。つまり……燕貞の企みを領民たちの前でバラさなきゃならない」

「そうできれば一番です。どうやってやればいいのかは、現場を見てみないと……とにかく、廟に行ってみましょう!」

「ああ。ほら、来い!」

 翼飛がパッと、片手を伸ばしてきた。

「あ、はい……うわっ、と」

 魅音が反射的に掴まると、ぐんっと鞍の上に引き上げられた。彼の前にすっぽりと収まる。

「行くぞ!」

 彼の掛け声に部下たちが「おう!」と答え、一行は走り出した。


 丘のふもとの木陰に馬を繋ぎ、魅音と翼飛、その部下たちは密かに丘を登る。

 海建の廟の周りは、人で埋め尽くされていた。前院には、三方に白い幕が張られている。その中に、土を盛り上げた場所、いわゆる『壇』が作られ、宏峰で収穫された農作物や反物などが供物として捧げられていた。

(ええと、笙鈴、笙鈴はどこ?)

 領民たちの最後方を移動しながら、魅音が見回すと、木の陰で誰かが手を上げて合図しているのに気づいた。

「笙鈴!」

「魅音様、翼飛様にお会いできたんですね!」

 半妖とはいえ、一人では心細かったらしく、笙鈴はホッとした笑みを見せた。翼飛が不思議そうに尋ねる。

「あんたは?」

「翼飛様、こちらは周笙鈴。後宮で一番霊感の強い、心強い友人です」

「そんな、恐れ多い……あの、初めてお目にかかります。周笙鈴と申します」

 侍女姿の笙鈴は、丁寧に礼をする。翼飛はうなずきかけた。

「白翼飛だ、魅音の友人なら信じよう。話は色々と聞かせてもらったぞ」

 道々、魅音はこれまでのことをかいつまんで説明していた。

「それで、どうやって燕貞を」

 翼飛が言いかけた時、わあっ、と領民たちが沸いた。

 許燕貞が、壇の前に現れたのだ。

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。私の父のために、町が荒らされ、ご迷惑をおかけしています」

 彼はゆっくりと、領民たちを見回す。

「父は、情け深い人でした。だからこそ、死してなお宏峰に恵みをもたらし、皆さんに神として祀っていただくことになりました。それなのに、最近のこの暴れよう……しかしこれもまた、『愛』なのです。息子の私への愛情です」

 声を震わせ、こぶしを握り、彼は続ける。

「自分が先帝によって無実の罪で追放されたこと、そしてそのせいで息子の私が不遇だと、怒っているのです」

 領民たちの間から、同情のため息や同意の声が漏れた。しかし、燕貞は気を取り直したように、少し声の調子を上げた。

「私は、皆さんのおかげもあり、この宏峰で幸せに暮らしている。ですから、父の名誉さえ回復されればそれでいいのです。天昌に赴いて話も聞いて頂きましたし、もう十分です。宏峰の領主を助けながら、この地に骨を埋める覚悟です」

 再び、わあっと領民たちが沸く。

「どうか、力を貸して下さい。神に鎮まって頂けるよう、私と一緒に祈ってください」

 そして燕貞は、壇の方に向き直ると敷物の上に座った。巻物を広げ、祭文のようなものをうんたらかんたらと読み上げ始める。

 領民が、次々と後に続いた。

 声が重なり、一つになる。

「あ……」

 笙鈴が小さく声を上げた。

「魅音様、霊力が……霊力が高まっていきます。それに、流れのようなものも感じる……どこかに吸い込まれていくような」

「きっと、陰界にいる海建が、信仰から生まれる霊力を受け取ってるんだ。あー、一回信じ込んじゃうと、こういう流れって止めにくいのよね」

 長い時の記憶がある魅音は、過去にも指導者に扇動された人々が、このような大きなうねりになった歴史を見てきている。

 しかし、そんなことを言っている場合ではない。今まさに、陰界側では昂宇が、海建の相手になって戦っているはずだ。海建への力の供給を、早く止めなくてはならない。

(えっと、燕貞のインチキを一目でわかるようにするにはどうしたら)

 魅音はぐるりと、この謎の祈祷会会場を見回した。

 その時、偶然――

 会場を囲っている白い布に、何かの影が映った。燃え上がる護摩によって、供物の影が踊るように映し出されたのだ。

「! あれだっ」

 魅音はきらりと目を光らせた。

「見てなさい、燕貞。インチキにはインチキで返してやる。笙鈴、小丸、ついてきて!」

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