表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
2-5 女神が課した条件
64/71

23 昂宇との再会

 魅音は思わず、「ほえっ?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ま、まだ、とは?」

「何だ、私が捕えているとでも思っていたのか?」

 西王母は面白そうに、目を細めて微笑む。

「まあ確かに、この後宮を作ったきっかけは昂宇なのだがな」

「そうなのですか?」

「あやつが『王』家に仕える巫『難』家の跡継ぎだということは、以前から知っておった。つい先ごろ、私は陰界で悶着を起こしている下級神を追っていたのだが、たまたまその昂宇が陰界に接触してきているのに気づいてな」

 いつの間にか手にしていた団扇で、西王母はひらりと自らを扇ぐ。

「面白いやつだから、いずれ命が終わったら私に侍ればよいと思い、そのための後宮を作ることを思いついた」

「それで、陽界の後宮を、写し取って……」

「ああ。王俊輝殿の後宮は余計なものがなく、すっきりしていて良い」

 ほんの数人しか妃がおらず、宮女も少なく、財政難で色々と売り払った後の後宮なのだが、物は言いようである。

「写し終えた後宮に、昂宇を入れたわけだが……」

 西王母は話しているうちに、どうやら魅音の本性を見抜いたらしい。

「そういえば魅音。昂宇は私が会いにいった時、壊された狐仙堂におって、何やら不機嫌そうだった。お前が何か関係あるのか?」

 魅音は一瞬ためらってから、答えた。

「もしかしたら、そうかもしれません」

(ううん、きっと関係がある。昂宇は狐仙堂が壊されているのを見て、たぶん、私のために怒ってくれたんだ)

 その話を翼飛から聞いた時、少しの驚きと、少しの嬉しさが入り混じったのも覚えている。

(私のために怒ってくれるって、そういうのも『愛』かな?)

 西王母はじっと、魅音を見つめた。

「ふぅん? まぁよい。……私は忙しいゆえ、その後は出かけて、ついさっき戻った。てっきり、あやつはとっくに見物し終えて帰ったと思っていた。自由に出て行けるのだからな。それでも出て行っていないのなら、ここにいたいのだろう」

 魅音は思わず、笙鈴と顔を見合わせた。

(昂宇は、閉じこめられていない? 帰りたければ帰れる状況なの?)

「あの、西王母様。宮の中を、探してみてもよろしいでしょうか?」

 緊張しながらも聞いてみる。

 すると、西王母は肩越しに団扇で奥を指した。

「自由に」

(こ、こんなにあっさり⁉ でもとにかく、昂宇に会いに行ける)

 しかし一方で、魅音は不安を覚えていた。

 昂宇とともに珍貴妃の事件を解決したものの、魅音は彼について詳しいとまでは言えない。心を支配されない照帝国を望んでいる、とは聞いているけれど、彼自身はこれからどうなりたいのか、知らないのだ。

 翼飛の言う通り、俊輝に後を託して陽界に戻らない道を選ぶ可能性も、ある。

(西王母に無理矢理連れ去られたと思っていたけれど、そう、元々彼は西王母を信仰してる。今の状況に、本当に満足していたら……?)

「魅音様、参りましょう」

 笙鈴の声で、我に返る。

「そ、そうだね。とにかく本人に会わないと」

 魅音はうなずき、西王母に礼をした。

「それでは、奥に入らせていただきます」

「好きにおし」

 西王母はそのまま、そこでくつろぐようだった。


 廊下を奥へと抜けると、やはりそこは第二の内院だった。石を積んだ築山が作られ、そこに洞窟が穿たれ、苔や様々な植物によって彩られている。

 そして、突き当りが母屋だった。

(あれが、奥宮ね)

 庭から回廊に上がったところに、両開きの戸がある。魅音はごくりと喉を鳴らしてから、階段を上り、思い切って呼んでみた。

「昂宇? いるの?」

 カタン、という小さな音が、やけに大きく響いた。

 部屋の中で、何かが動いたのだ。

 ほんの少しの間があってから、戸越しに声が聞こえてくる。

「誰ですか?」

「昂宇?」

 戸の両脇に格子窓があるのを見つけ、片方に駆け寄って中を覗き込む。

 昂宇が立っていた。あの、いかにも皇帝といった装いだ。

 彼は魅音の方をまっすぐ見ているが、頭が痛いのか、こめかみのあたりに指を当てて眉間にしわを寄せている。

「昂宇! ちょ、大丈夫? 何かされたの?」

「ええと……」

 まるで警戒しているように、昂宇は窓に近寄ってこない。

 そして、言った。

「あなたは誰です?」

「…………は?」

 その瞬間、魅音の心には、いくつもの想像と感情が同時に押し寄せた。

 ――この昂宇は偽物? 誰かが化けてる? 本物に何かあったの?

 ――それともまさか孟婆湯を飲んだの? 莫迦なの?

 ――嘘だ、昂宇が私を忘れるなんて!

 不安、怒り、そして恐怖。冷たいものと熱いものが心の中で渦巻き、気分が悪くなる。

 魅音は思わず叫んだ。

「なにやってんのよ難昂宇、しっかりして! 私は胡魅音でしょうが! ほらっ!」

 ぽん、ととんぼを切って、白狐に変身し、後足で立って窓に掴まり顔を出す。

『このツヤッツヤふわっふわな毛並みを忘れたとは言わせないわよ!』

「化け狐だったか!」

『狐仙ですっ!』

 その瞬間、昂宇が目を見開いた。

「……今の会話……どこかで」

『そうよ何度も言わせないでよっ。半年前は狐仙さまの活躍にひれ伏したくせにっ』

「そ……うでしたっけ?」

『んがー! そこ、どけー!』

 埒が明かない、と爆発した魅音は、持てる霊力を尻尾に集中させた。ギュルンッ、と横に回転する。

 バン! と尻尾が格子窓に激突し、青白い火花が飛び散った。

『えーい、開け! なけなしの、霊力だけどっ、卵断ちして研ぎ澄ましたんだから! 壊れろってばっ!』

 飛び上がっては尻尾を打ちつけるものの、窓も、ついでに戸も、びくともしない。

「ちょ、あの、無茶は……」

 心配になった昂宇が止めようとした時、何かが白狐の身体から吹き飛ばされるようにしてポーンと離れ、格子窓にぶつかった。そのまま、カツンと外の廊下に落ちる。

「! 待って、止まって下さい!」

 昂宇は窓に駆け寄り、格子の隙間から見下ろした。

 廊下に、木の札が落ちている。

「それ……僕が書いた、霊牌……!」

『え? ああ、そうよ、あなたが前に書いて私にくれたやつ。ほらっ』

 魅音はそれを口でくわえると、前足を窓にかけてフンッと鼻面を上げた。昂宇のすぐ目の前に、霊牌が突きつけられる。

「結界を開く、方術……」

 吸い寄せられるように、昂宇は格子の隙間から手を伸ばし、霊牌に触れた。

 その瞬間。

 昂宇の頭の中で風が起こり、靄を吹き飛ばした。彼自身が心に張った結界を、霊牌を持った誰かの記憶が通り抜けたのだ。

 彼の心の真ん中に現れたのは、好奇心に満ち溢れた瞳、ちょっと偉そうなところが妙に魅力的な、その女性。

「魅音!」

 ぱん、と結界が弾けて、消えた。

「魅音、来てくれたんですね⁉」

『当ったり前でしょうが!』

 魅音はプンプンしながらもう一度とんぼを切り、人間の姿になった。「はぁ」とため息まじりに漏らした声は、あからさまにホッとしたものになる。

「ホントに何なの今の。つまんない冗談はやめてよね!」

「いや、その、すみません。でもどうして魅音がここに?」

 信じられない、といった口調で昂宇が聞く。

 魅音は霊牌を持ったまま、両手を腰に当てた。

「そりゃ、昂宇の魂がいきなり引っこ抜かれたって聞いたんだもん。取り戻しに来たに決まってるじゃない」

「いえ……てっきり、誰も来ないんじゃないかと……」

 昂宇は食い入るように、魅音を見つめている。

「まさか、君が来てくれるなんて」

「そんなに意外? 昂宇だって、もし陛下が同じ目に遭ったら、私に何とかしてくれって頼むんじゃない? 違う?」

「それもそうか。うん。ありがとう。あっ、笙鈴も一緒か」

 背後の笙鈴に、昂宇は気づいた。固唾をのんでいた笙鈴も、小丸を抱きしめながらホッとした様子で応える。

「はい。昂宇さん、ご無事で何よりです」

「えっと……それで」

 魅音は口ごもる。

「昂宇、あのさ。無事なのはよかった、けど」

「けど?」

「ここで幸せに暮らしてる、ってことでいいの? 私、陛下に何て報告すればいいのかな」

「は⁉」

 ギョッとした昂宇は、目をひん剥いた。

「何の話ですか、助けに来てくれたのでは⁉ ここから出して下さい!」

「えぇ?」

 魅音は口をとがらせる。

「じゃあさっさと自分で出てきて下さいませんかねぇ? 西王母様、『帰りたいなら止めない』っておっしゃってましたがぁ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ