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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-1 狐仙妃、後宮の結界に囚われる
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6 後宮から出たければ謎を解け

 椅子に戻り、俊輝はうなった。

「なるほどな。奉公先の娘の身代わりとして後宮にやってきて、『病気の娘』に変身することで病気のフリをし、また帰るつもりだった、と」

「そうなんですよっ。ですから、後宮で悪さをするつもりなんてありませんでしたし、もちろん陛下に仇なすつもりも、毛頭ございませんでした。ちょっとした方便で仙術を使っただけです」

 魅音はここぞとばかりに説明し、横目で昴宇をチラリと見た。

「そこの方術師が、なぜか後宮に結界を張ってたみたいですけど、私の事情とは全然、これっぽっちも、関係ないと思います。ですから陛下、このまま陶家に帰していただければ」

「まあ、待て」

 俊輝はなぜか、魅音から視線を外さない。

「なぜ結界を張っていたのか知りたいだろうから、教えてやろう」

「結構です」

 魅音は即座に断った。

(関係ないって言ってるでしょ! 聞いたら絶対、ロクなことにならない!)

 しかし、俊輝はさらりと話を昴宇に振った。

「昴宇、説明しろ」

 方術士は、鋭い視線で皇帝に向き直る。

「しかし陛下」

「説明しろ。こいつならわかるかもしれん」

(ほら何か言ってる! 嫌な予感!)

 半ばあきらめた魅音は、自分から口火を切った。

「さては、珍貴妃の怨霊が出るんでしょ」

「えっ」

「そいつを外に出さないために結界を張ってる。違う?」

 魅音はベラベラと続ける。

「先帝と一緒に他の妃たちをさんざんいたぶった挙句、追い詰められたらキレて自害した妃でしょ? そんな強烈な奴なんか化けて出るに決まってるのに、どうしてちゃんと対処しないかなぁ。ちょろっと祓い清めたくらいでどうにかなると思っているなら――」

「待て待て」

 思わずと言った様子で、俊輝が片手を上げる。

「当然、こちらも念入りに対処した。まず、先帝と珍艶蓉(ちんえんよう)は火葬にした。そして身の回りの品とともに廟に封じた」

 艶蓉(えんよう)というのが、珍貴妃の名である。

 普通なら土葬にするところを火葬にしたのは、万が一、(はく)――身体を動かす力――が残っていて蘇ってしまうのを避けるためである。照帝国では、罪人は火葬にする決まりになっていた。

 それでも、特に強い恨みを残した怨霊は鎮めきれないことがあるので、遺骨は方術を施した廟に封印したわけだ。

「さらに、珍艶蓉が暮らしていた珍珠宮は祓い清めて取り壊し、跡地に鎮魂碑を建てた。しかも、この際だからと後宮の建物は全て祓い清めたのだ。珍艶蓉の怨霊が暴れ回っている様子はない」

「違うんですか」

 魅音がきょとんとしていると、昴宇がしぶしぶ口を開いた。

「違います。供養した、その後の話です」

「その後? ていうか、あなたはどういう関係の人?」

「僕は、太常寺(たいじょうじ)に所属する方術士です。後宮の妃や宮女が亡くなった時などに葬儀を行うのも仕事です。……が、手が足りないからといって他にも色々手伝えととっつかまっ……こ、光栄にもお声かけいただき、陛下のお側で手足となって動いております」

 太常寺は役所の一つで、祭祀や儀礼を取り仕切っており、それに伴う音楽や卜占(ぼくせん)なども担当している。照国の方術士は、ここの下位機関に所属している者が多い。

「昴宇が全て取り仕切ってくれた方が、俺は助かるんだがな」

 何やら言っている俊輝を見ないようにして、昴宇は続けた。

「まず、今の後宮について説明します。俊輝様によって先帝が討たれ、当時の後宮は解散となりました。生き残っていた妃たちは、功労者に下げ渡されたり、出家して尼になったりしました」

(別に、そんなの普通だわ。皇帝が代替わりするときって、たいていそうでしょ)

 魅音は心の中でつぶやきながら、仕方なく続きを聞く。

「宮女たちは、もう後宮はこりごりだと。先帝時代は外出許可すら出ず、幽鬼や鬼火の出る後宮に閉じ込められていたので、早く逃げたいという者が多かったんです」

「まあ、わかる気はする」

「そのため、彼女らが後宮を離れるのを陛下はお止めにならなかったので、ほんの一部の宮女しか残りませんでした」

 その、残った宮女の中に、雨桐や青霞がいたわけだ。宦官は他に行き場がないのか、減らなかったようだが。

「陛下は『後宮のことは後回しでいい』とおっしゃいましたが、残ってくれた宮女だけでは仕事が回らないので、天昌で声をかけて何とか少し増やしました。次は、妃ですが」

 ため息混じりの昴宇を、俊輝はじろりと見る。

「国の建て直しが急務なのに妃にかまっている暇などないし、妃が大勢いたら宮女も大勢必要になってしまう。少なくとも今はどうでもいい」

「と、こんな調子でいらっしゃるので、とにかく建前だけでもと、四人の女性を妃として迎えることにしました。こう、四夫人っぽく……?」

 昴宇の言葉に、魅音は(疑問形かい)と思いながら突っ込む。

「翠蘭お嬢さんは間に合わせだった、と」

「平たく言えばそうです」

(平たく言わなくてもそうですが?)

 ムスッとしていると、俊輝もやはりムスッとした様子で言う。

「別に、お前たちをないがしろにしようとしたわけではない。四人の妃が何不自由なく暮らせるようには手配した。宮女の人数も、四人の世話をするくらいなら十分足りているはずだ。こうして後宮は再編成の上、稼働したわけだが」

「軍ですか」

 小声で突っ込んでいると、俊輝はため息をついた。

「そこへまた、怪異が起こり始めたのだ」

「へ? しっかり祓ったのに?」

「そうだ。もうこれは珍艶蓉とは無関係なのかもしれない、とも考えてみたが、他の原因が見つからなくてな」

 昴宇が口を開いた。

「そこで、僕に新たな命が下ったのです。宦官のふりをして後宮に入り、怪異の原因を突き止めよ、と。しかし、僕にもすぐにはわからず……とにかくおかしなものを逃がさないようにと、つい先日になって、後宮のぐるりに結界を張り巡らせたんです」

「私が引っかかったのはその結界かぁぁぁ」

 思わず、魅音はがっくりと床に手を突く。

 つい最近、彼女がここに来て以降に張られた結界だった、というわけだ。

(あぁもう、やっぱり人間の身体って不便! 前世だったら、結界くらい絶対に気づいたのに!)

 現在の彼女は、そういった霊力を自分が発することはできても、受けることはほとんどできない。

「というわけで、だ」

 俊輝が軽く身を乗り出す。

「魅音、だったな。お前、怪異の原因を探れ。見つけることができたら、俺をたばかった件は不問にして故郷に帰してやる」

「はああ⁉ 嫌です!」

 魅音は噛みついた。

「どのくらい時間がかかるかわからないじゃないですか! もうここの後宮は寺院にでもして、新しい土地に新しく後宮を作ったらいかがですか? 皇帝陛下ってお金持ちなんでしょ⁉」

「国庫の建て直し中に何を言うか。今度はもったいない妖怪が出るわ」

 俊輝はバッサリと言った。

「無駄遣いは敵だ。掃除でも何でもして使えるなら、そのまま使う」

「えええーケチー」

 思わず魅音は非難した。

(ケチといえば、即位式も略式でやったとか聞いた気がする!)

 俊輝は怒るでもなく答える。

「ケチで結構。別にお前一人でやれとは言わない、昴宇をお前付きにしてやる。引き続き宦官の振りでな」

「えっ⁉」

 昴宇がギョッとして目を見開いた。

「俊……陛下、僕はもう後宮なんか、行かなくていいのでは……?」

 思わず魅音が「『後宮なんか』?」と突っ込んでいると、俊輝が魅音を軽く顎で示した。

「さすがにこいつを自由にさせる訳にはいかんだろう。見張りが必要だ」

「あ、あの……申し上げます」

 雨桐が遠慮がちに、魅音と昴宇を見比べる。

「お妃様方が揃った今、陛下以外の男性と何か間違いでもあったら……いえ、昴宇殿を信用しないわけではありませんが、その、お妃様方や宮女たちの方から何かする、ということも」

「それについては心配ない。出入りするのは俺と昴宇だけ、そして俺が女たちに手をつけなければいい」

 俊輝の答えは明快だ。

「もし誰かが身ごもりでもしたら、その女と昴宇を処罰して解決だ。というわけで昴宇、行け」

「そんな……」

 昴宇は何やらガックリきているようだが、魅音はとっくにガックリしている。

(完璧に脱出に成功したと思ったのに、最後の最後で……! くっそぉ、やるしかないか!)

 仕方がないので、覚悟を決める。

(ちゃちゃっと解決して、お嬢さんのところに帰るんだから!)

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