6 後宮から出たければ謎を解け
椅子に戻り、俊輝はうなった。
「なるほどな。奉公先の娘の身代わりとして後宮にやってきて、『病気の娘』に変身することで病気のフリをし、また帰るつもりだった、と」
「そうなんですよっ。ですから、後宮で悪さをするつもりなんてありませんでしたし、もちろん陛下に仇なすつもりも、毛頭ございませんでした。ちょっとした方便で仙術を使っただけです」
魅音はここぞとばかりに説明し、横目で昴宇をチラリと見た。
「そこの方術師が、なぜか後宮に結界を張ってたみたいですけど、私の事情とは全然、これっぽっちも、関係ないと思います。ですから陛下、このまま陶家に帰していただければ」
「まあ、待て」
俊輝はなぜか、魅音から視線を外さない。
「なぜ結界を張っていたのか知りたいだろうから、教えてやろう」
「結構です」
魅音は即座に断った。
(関係ないって言ってるでしょ! 聞いたら絶対、ロクなことにならない!)
しかし、俊輝はさらりと話を昴宇に振った。
「昴宇、説明しろ」
方術士は、鋭い視線で皇帝に向き直る。
「しかし陛下」
「説明しろ。こいつならわかるかもしれん」
(ほら何か言ってる! 嫌な予感!)
半ばあきらめた魅音は、自分から口火を切った。
「さては、珍貴妃の怨霊が出るんでしょ」
「えっ」
「そいつを外に出さないために結界を張ってる。違う?」
魅音はベラベラと続ける。
「先帝と一緒に他の妃たちをさんざんいたぶった挙句、追い詰められたらキレて自害した妃でしょ? そんな強烈な奴なんか化けて出るに決まってるのに、どうしてちゃんと対処しないかなぁ。ちょろっと祓い清めたくらいでどうにかなると思っているなら――」
「待て待て」
思わずと言った様子で、俊輝が片手を上げる。
「当然、こちらも念入りに対処した。まず、先帝と珍艶蓉は火葬にした。そして身の回りの品とともに廟に封じた」
艶蓉というのが、珍貴妃の名である。
普通なら土葬にするところを火葬にしたのは、万が一、魄――身体を動かす力――が残っていて蘇ってしまうのを避けるためである。照帝国では、罪人は火葬にする決まりになっていた。
それでも、特に強い恨みを残した怨霊は鎮めきれないことがあるので、遺骨は方術を施した廟に封印したわけだ。
「さらに、珍艶蓉が暮らしていた珍珠宮は祓い清めて取り壊し、跡地に鎮魂碑を建てた。しかも、この際だからと後宮の建物は全て祓い清めたのだ。珍艶蓉の怨霊が暴れ回っている様子はない」
「違うんですか」
魅音がきょとんとしていると、昴宇がしぶしぶ口を開いた。
「違います。供養した、その後の話です」
「その後? ていうか、あなたはどういう関係の人?」
「僕は、太常寺に所属する方術士です。後宮の妃や宮女が亡くなった時などに葬儀を行うのも仕事です。……が、手が足りないからといって他にも色々手伝えととっつかまっ……こ、光栄にもお声かけいただき、陛下のお側で手足となって動いております」
太常寺は役所の一つで、祭祀や儀礼を取り仕切っており、それに伴う音楽や卜占なども担当している。照国の方術士は、ここの下位機関に所属している者が多い。
「昴宇が全て取り仕切ってくれた方が、俺は助かるんだがな」
何やら言っている俊輝を見ないようにして、昴宇は続けた。
「まず、今の後宮について説明します。俊輝様によって先帝が討たれ、当時の後宮は解散となりました。生き残っていた妃たちは、功労者に下げ渡されたり、出家して尼になったりしました」
(別に、そんなの普通だわ。皇帝が代替わりするときって、たいていそうでしょ)
魅音は心の中でつぶやきながら、仕方なく続きを聞く。
「宮女たちは、もう後宮はこりごりだと。先帝時代は外出許可すら出ず、幽鬼や鬼火の出る後宮に閉じ込められていたので、早く逃げたいという者が多かったんです」
「まあ、わかる気はする」
「そのため、彼女らが後宮を離れるのを陛下はお止めにならなかったので、ほんの一部の宮女しか残りませんでした」
その、残った宮女の中に、雨桐や青霞がいたわけだ。宦官は他に行き場がないのか、減らなかったようだが。
「陛下は『後宮のことは後回しでいい』とおっしゃいましたが、残ってくれた宮女だけでは仕事が回らないので、天昌で声をかけて何とか少し増やしました。次は、妃ですが」
ため息混じりの昴宇を、俊輝はじろりと見る。
「国の建て直しが急務なのに妃にかまっている暇などないし、妃が大勢いたら宮女も大勢必要になってしまう。少なくとも今はどうでもいい」
「と、こんな調子でいらっしゃるので、とにかく建前だけでもと、四人の女性を妃として迎えることにしました。こう、四夫人っぽく……?」
昴宇の言葉に、魅音は(疑問形かい)と思いながら突っ込む。
「翠蘭お嬢さんは間に合わせだった、と」
「平たく言えばそうです」
(平たく言わなくてもそうですが?)
ムスッとしていると、俊輝もやはりムスッとした様子で言う。
「別に、お前たちをないがしろにしようとしたわけではない。四人の妃が何不自由なく暮らせるようには手配した。宮女の人数も、四人の世話をするくらいなら十分足りているはずだ。こうして後宮は再編成の上、稼働したわけだが」
「軍ですか」
小声で突っ込んでいると、俊輝はため息をついた。
「そこへまた、怪異が起こり始めたのだ」
「へ? しっかり祓ったのに?」
「そうだ。もうこれは珍艶蓉とは無関係なのかもしれない、とも考えてみたが、他の原因が見つからなくてな」
昴宇が口を開いた。
「そこで、僕に新たな命が下ったのです。宦官のふりをして後宮に入り、怪異の原因を突き止めよ、と。しかし、僕にもすぐにはわからず……とにかくおかしなものを逃がさないようにと、つい先日になって、後宮のぐるりに結界を張り巡らせたんです」
「私が引っかかったのはその結界かぁぁぁ」
思わず、魅音はがっくりと床に手を突く。
つい最近、彼女がここに来て以降に張られた結界だった、というわけだ。
(あぁもう、やっぱり人間の身体って不便! 前世だったら、結界くらい絶対に気づいたのに!)
現在の彼女は、そういった霊力を自分が発することはできても、受けることはほとんどできない。
「というわけで、だ」
俊輝が軽く身を乗り出す。
「魅音、だったな。お前、怪異の原因を探れ。見つけることができたら、俺をたばかった件は不問にして故郷に帰してやる」
「はああ⁉ 嫌です!」
魅音は噛みついた。
「どのくらい時間がかかるかわからないじゃないですか! もうここの後宮は寺院にでもして、新しい土地に新しく後宮を作ったらいかがですか? 皇帝陛下ってお金持ちなんでしょ⁉」
「国庫の建て直し中に何を言うか。今度はもったいない妖怪が出るわ」
俊輝はバッサリと言った。
「無駄遣いは敵だ。掃除でも何でもして使えるなら、そのまま使う」
「えええーケチー」
思わず魅音は非難した。
(ケチといえば、即位式も略式でやったとか聞いた気がする!)
俊輝は怒るでもなく答える。
「ケチで結構。別にお前一人でやれとは言わない、昴宇をお前付きにしてやる。引き続き宦官の振りでな」
「えっ⁉」
昴宇がギョッとして目を見開いた。
「俊……陛下、僕はもう後宮なんか、行かなくていいのでは……?」
思わず魅音が「『後宮なんか』?」と突っ込んでいると、俊輝が魅音を軽く顎で示した。
「さすがにこいつを自由にさせる訳にはいかんだろう。見張りが必要だ」
「あ、あの……申し上げます」
雨桐が遠慮がちに、魅音と昴宇を見比べる。
「お妃様方が揃った今、陛下以外の男性と何か間違いでもあったら……いえ、昴宇殿を信用しないわけではありませんが、その、お妃様方や宮女たちの方から何かする、ということも」
「それについては心配ない。出入りするのは俺と昴宇だけ、そして俺が女たちに手をつけなければいい」
俊輝の答えは明快だ。
「もし誰かが身ごもりでもしたら、その女と昴宇を処罰して解決だ。というわけで昴宇、行け」
「そんな……」
昴宇は何やらガックリきているようだが、魅音はとっくにガックリしている。
(完璧に脱出に成功したと思ったのに、最後の最後で……! くっそぉ、やるしかないか!)
仕方がないので、覚悟を決める。
(ちゃちゃっと解決して、お嬢さんのところに帰るんだから!)




