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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
2-4 かけられた術を破るもの
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18 宏峰の詐欺師

 閉ざされた陰界の後宮で、昂宇は一人だった。

 広く壮麗な部屋の、大きく豪奢な椅子にぽつんと座り、ただひたすら、考えている。

(ここから永遠に出られないとして……せめて僕が宏峰で調べたことを、どうにか俊輝に伝える(すべ)はないものか)

 このまま死ぬ可能性のある自分よりも、帝国の立て直しに力を尽くしている俊輝の方を優先して考えるべきだと、彼は思い始めていた。

(あの宏峰の領主代理、許燕貞。やはりちょっと怪しいんだよな)


 それは、陰界に連れて来られる前。昂宇が宏峰を訪れて、すぐのことだ。

『王』家の屋敷に泊まる予定だったので、昂宇は先にそちらに行って荷物を置いた。それから燕貞の屋敷を目指して馬で出発したが、少し遠回りして町を回ったのだ。方術士として感じ取れるものがあるなら、先入観なしに感じ取っておきたかったのである。

 まずは、燕貞の父・海建の廟に向かうことにした。燕貞に会うより先に訪れても、土地神の廟に挨拶に行ったということで言い訳が立つ。

 照帝国では、屋根の大きさが建物の格を表しているようなところがあり、海建の廟はそういう意味では大して立派な建物ではなかった。しかし、『許氏廟』と書かれた立派な額のかかる入口から入ると、中には必要なものが全て揃っている。

 屋内に一回り小さな祠が作られ、そこには海建の生前の姿を描いた絵が掲げられていた。線香の良い香りが漂い、祠の前にある石の祭壇には酒や果物、反物などの供物が捧げられている。

 ちょうど数人の領民たちが、膝をついて祈っていた。

 彼らが立ち上がったところを狙って、昂宇は話しかける。

「すみません、この町の方ですか」

「ん? ああ、そうです」

 領民たちは少し驚いたようだったが、昂宇の服装を見て官人だとわかったのか、すぐに物腰が丁寧になった。

 昂宇はなるべく堂々と続ける。

「自分は『王』家の縁者です。海建殿がお亡くなりになってから、この廟に初めて来ることができました。素晴らしい廟ですね。今や土地神であらせられるとか」

 その土地出身の偉人や、その土地に貢献した役人などが土地神に封ぜられるというのは、よくあることだった。人々は、いきなり天帝に願い事をするよりも、まずは最も身近な神として土地神に願い事をするのだ。

「そうなんですよ、お役人さん」

 領民たちは、愛想よく応えてくれる。

「霊験あらたかな神様でねぇ。お札を頂いて、燃やして灰にして飲んだら、身体の調子がよくなったんです!」

「神様の声が聞こえることもあるんですよ。鳥がさえずるような声で、美しいんです」

「夜にもぜひ、いらしてみて下さい。時々、祭壇の鏡に海建様のありがたいお姿が浮かび上がってね」

 昂宇は感心してうなずく。

「それは素晴らしい。生前は、どんなお方だったんですか?」

 すると、領民たちは顔を見合わせて記憶をたどるような表情になった。

「ええと……穏やかな方でしたよ。ねぇ?」

「そうですね、物静かで」

(……ふうん?)

 土地神に祀られるほどなので、てっきり生前の功績も語り継がれているのだと、昂宇は思っていた。

 が、その部分がイマイチはっきりしない。

 ほとんどの人はどうも、海建が死んだ後に起こった不思議な出来事を「霊験あらたかだ」として、土地神を信じるようになったようだった。

(本当に、海建は燕貞の言う通りの人格者だったんだろうか?)

 俊輝からの連絡を待つまでもなく、昂宇はこの時から疑い始めていたのである。

 参拝客が途切れた隙に、彼は廟のあちこちを調べてみた。領民たちが交代で掃除しているそうで、廟内は綺麗に掃き清められている。

 しかし唯一、鏡だけは燕貞が磨いていて、領民には触れさせないらしい。

 祭壇の内側にも入った昂宇は、その鏡を間近で見た。玻璃や金属ではなく、石を磨き上げた鏡のようだが、うっすらと汚れがついている。

 指で触れると、なぜか濡れていた。


(あの後、外に出た時に風が吹いて、目にゴミが入って……軽く目をこすった時、妙に染みるような感覚がしたんだ)

 今にして思えば、と、昂宇はうなる。

(あれは、鏡を触った時、指に()がついたせいじゃないだろうか)

 そうとわかれば、簡単な仕掛けである。

 鏡、つまり磨いた平らな石に、目に見えない程度の細い溝を掘って絵を描く。そしてその溝に、塩水を垂らしておく。

 夜、鏡の近くで灯りとして火を焚くと塩水が乾燥し、塩が白く残って、絵が浮かび上がる……というわけだ。

 同じような鏡に違う絵を掘ったものを用意しておけば、鏡を交換するだけで違う絵を浮かび上がらせることができる。

(これが仮に、燕貞が領民に海建のご利益を信じ込ませようとして仕掛けたもの……だとしよう)

 そう考えると、他の霊験も怪しい。

(『神の声』なんて、呼子笛などでどうとでもなるし、札を燃やして飲んだら効いたというのも、誰かが効いたと言えば自分も効いたような気になる人もいる。偽薬、というやつだ)

 世の中には、自分は方術士だと名乗って手品のようなことをやってみせ、人を騙して金を稼ぐ輩がいる。本物の方術士である昂宇は、そういった偽者を見抜くのも得意で、これまでに詐欺師を捕えたこともあった。

 そんなやつらと、手口が似ているのだ。

(今まで忘れていたが、壊された狐仙堂の祭壇に残っていた傷……あれは改めて考えてみると、(くわ)の跡だ。燕貞は土地神が強風で壊したようなことを匂わせていたが、人間が鍬で壊したんじゃないか?)

 そう考えながら、昂宇は独りごちる。

「父親の名誉を回復したいだけなら、調査に来た僕を騙すだけで事足りる。なぜ、ここまでして宏峰の領民たちを騙す必要があるんだ……?」



 魅音と笙鈴は、雨桐に会って手紙を読んだ直後に回れ右をし、再び陰界に入った。

 珊瑚宮の二門の前に出る。振り返ってみると、先ほど土地神が壊した壁はそのままで、残骸を晒していた。

(霊力の高い神は、自ら陰界と陽界を行き来できる。宏峰の土地神は今、こっち側、陰界にいるわけだ。でも、いつ陽界に移動するかわからない)

 心配しながらも、魅音は二門を開ける。

 目の前に、明るい内院が広がった。なぜ明るく感じるのだろう、と思った魅音は、すぐに敷石が白大理石であることに気づいた。

(さすが、四夫人の暮らす宮。格が違うわね)

 思いながら、ぐるりと見回す。

「美朱様はどこかな」

 すると、声がした。

「私を、呼んだかしら?」

 柱の陰から、スッ、と美しい女性が姿を現した。

 李賢妃、美朱の幻影である。

 陽界では澄ました表情をしていることが多い美朱だけれど、陰界の【美朱】は目を細め、微笑んでいた。

「待っていたわ、魅音」

 魅音は驚いて、目を瞬かせた。

「え、あれーっ、歓迎されてます? お邪魔いたします」

【天雪】と【青霞】は、魅音が来ることを知らない様子だった。しかし、【美朱】は魅音を待っていたという。

「そう、歓迎しているのよ。どうぞ」

【美朱】は軽く手を広げる。

「西王母様にお聞きしたの。大事なお客様が来るから、丁重におもてなしするように、と」

「そ、ソウデスカ」

 返事をして、魅音はごくりと喉を鳴らした。

(私が来ていることが、とうとう西王母様に伝わったんだ)

「お茶を用意してあるわ。さ、こちらへ」

【美朱】は先に立って歩き出す。

 魅音は笙鈴と視線を合わせてから、後を追った。

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