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17 暴れる土地神との遭遇

「ダメよ、西王母様に何をする気⁉」

 駆け寄ってくる【青霞】の前に、笙鈴が立ちふさがった。袖を翻して、空中を手でサッと払う仕草をする。

 たちまち、魅音たちと【青霞】との間にキラリと光る糸が張り巡らされ、両者の間を分断した。

「う……」

【青霞】が悔しそうに立ち止まる。

 魅音は約束した。

「ごめんね青霞、でも本当に話をするだけ。絶対に無礼なことはしないわ」

「信用できるもんですかっ」

(確かに!)

 堂々と嘘をつくのが特技(?)の魅音には、返す言葉もない。

「……でも……私も嘘をついたのだし」

 ふと、【青霞】がぽつりと零した。

「嘘は、嫌いなのに」

 彼女は宮女時代、仕えていた妃に濡れ衣を着せるという大きな嘘をついている。もしかしたら、そのことが陰界の【青霞】にも影響しているのかもしれない。

「青霞。あなたの仕事は通せんぼすることだから、『嘘』を正しく使ったと思う。無理に通る私たちが悪いんだから、気に病まないで。隠し扉のことは、陽界の青霞に聞いたのよ」

 魅音が言うと、【青霞】は苦笑した。

「陽界の私が『本当』を教えたの? なら、仕方ないわね」

「じゃあね、ありがとう!」

 笙鈴を先に通し、魅音も先へと踏み込んで、二人は戸を閉めた。


 降り立った場所は、壁と戸に囲まれた、何やら狭い空間だった。

 どうやらまた、別の宮にいるようだ。大門を入ってすぐの、小玄関とでもいおうか、客を出迎えるために様々な飾り付けがされる場所である。

 目の前には、大きな珊瑚の置き物。

 珊瑚宮だ。

「やっぱり、次は美朱なのね」

「はい……大丈夫でしょうか」

 笙鈴は心配そうに、周囲を見回している。

「会ってみるしかないわ。さ、二つまとめて攻略できたし、次もずんずん行きましょ!」

 大股で踏み出し、魅音は二門の戸に手をかける。

 その時。

 二人は同時に、足の裏に奇妙な振動を感じた。

 地面が、ビリビリと震え出したのだ。

「え、な、なに?」

「魅音様! 何か大きな霊力が近づいて」

 笙鈴が言いかけた時――

 ドカーンと、珊瑚宮の外壁が崩れた。

「うわっ⁉」

「きゃああ!」

 とっさに飛び退った二人は、大きな瓦礫がぶつかるのを避けた。

 崩れた外壁の向こうを、何か大きなものが右から左へ横切ろうとしている。砂煙の間から、ぎょろり、と巨大な目が見えた。

 人間の目だ。

「ひっ」

 笙鈴が身体をすくませる。

 それは、大きな顔だった。頭頂から顎までが、魅音の身長ほどもある。

 中年男性に見えるそれの頭は髪がボサボサで、ぐるりと巻いた角が二本生え、首から下は固く短い毛で覆われている。

 血走った眼球が先に動いて二人を見つけ、表情のない顔がゆらりとこちらを向いた。同時に、じゃらっ、という金属音。

 口からはみ出した牙に絡みつくようにして、鎖がぶら下がっていた。鎖の先には、何か模様のついた三角錐の(おもり)らしきものがついている。

 それ(・・)は、二人には興味がないようで視線を外し、向き直ると、外壁の外を四つ足でズシンズシンと歩いて行った。

 壁の穴からは姿が見えなくなり、やがて向こう側は白い靄に埋め尽くされる。

「な、な、何ですか、今の……?」

 さすがに笙鈴が声を震わせた。

「わからない。全体は、見えなかったけど……私も感じるくらい、強い霊力を纏ってた」

 魅音はごくりと喉を鳴らす。

「あれだけ強いなら、妖怪というより、下級の神だと思う。……それに」

 軽く上を向き、すん、と鼻を鳴らしてみた。

「この匂い……」

「匂い、ですか?」

 笙鈴にはわからないようだ。狐の嗅覚でしか捉えられないほどかすかなのかもしれない。

「うん。知ってる匂いが…………あ」

 魅音の脳裏に、橙色(だいだいいろ)の小さな花がこぼれるほどついた木が浮かんだ。

「桂花だ。宏峰の町のあちこちで咲いてた。……え、待って」

 さっきの怪物が口にくわえていた鎖の、重り部分を思い出す。

「あれ、見覚えのある模様がついてると思ったら、白家の紋章だわ。……あっ、あの鎖! 翼飛様が腰に巻いていた暗器かも⁉ それじゃあ」

 魅音は息を呑む。

「今の下級神は、宏峰から来たってこと⁉ まさか、燕貞が言っていたっていう土地神……⁉」

 もしそうなら、暴れる土地神は本当にいたということになる。

「ちょ、笙鈴!」

 あわてた魅音は、笙鈴の手を引いた。

「一回戻ろう! 陽界で翼飛様に何かあったかもしれない、陛下に知らせないと!」


 魅音と笙鈴が、陽界の泰山堂に戻って外へ飛び出したところで、一人の宮女とぶつかった。

「きゃっ」

「わっ、ごめん! ……って」

 転びそうになった宮女の腕をとっさに掴んで支えた魅音は、目を丸くする。

雨桐(うとう)!」

「あ……魅音様! お久しぶりです」

 温和な顔をほころばせた雨桐は、先帝時代から後宮で働いている宮女である。魅音の本性がバレた後も、魅音を気味悪がったりせずに色々と協力してくれた。

 雨桐は、少し心配そうに眉をひそめる。

「また、大変なことに巻き込まれていらっしゃるみたいですね」

「そーなんだよーもー、今も陰界で……とにかく、陛下にお会いしないと」

「あ、では、その前にこれを」

 彼女は、一通の手紙を差し出した。

「今朝がた、宏峰から陛下に届いたそうです。魅音様もご覧になった方がいい内容だそうですが、陛下はご公務で手が離せないとのことで、私にこれをお渡しになり、泰山堂で魅音様を待てとおっしゃっていました」

「なるほど、雨桐なら私のことよく知ってるもんね!」

 妃たちも知らない魅音の本性すら、雨桐は知っているのだ。

「ありがとう! どれどれ」

 魅音は手紙を開き、あっ、と声を上げた。

「翼飛様からだ!」

 日付は、魅音が宏峰を出た翌日だった。

『宏峰に本当に土地神が現れて、暴れまわった。頭に角が生え、人面に猪みたいな身体をした、気味悪いやつだ』

「やっぱり、さっきのだ……!」

 急いで魅音は続きを読む。

『あいつは玉や金属を好むらしく、鉄製の農具なんかも食っちまう。止めようとしたが、方術士の術がほとんど効かなかった。俺も何とか抑えようとして、流星錘(りゅうせいすい)を絡みつかせたが、逆に取られてしまった』

 流星錘というのが、翼飛が腰に巻いていた暗器のようだ。

「それであの神、口から鎖をはみ出させてたんだ。……その神が海建だとして、金目のものが好きってところは生前と変わらないわけね」

 思わず突っ込む魅音。とにかく、翼飛は無事らしい。

(でも、変だ。海建が土地神になったというのが本当だとして、何でそんなに強力なの? 太常寺の方術士が太刀打ちできず、陽界と陰界を行き来するほどの霊力まで持って……)

 せこい犯罪を重ねて追放され、崖から落ちて死に、そして息子の方便で祀り上げられたにすぎない土地神である。

 翼飛はさらに綴っていた。

『あれは、放っておくとまずい。次に現れたら、部下も使って全力で攻撃するつもりだ』

 魅音は眉をひそめた。下級の土地神とはいえ、かなり厳しい戦いになるだろう。

『昂宇の件はどうだろうか? こっちは俺に任せて、昂宇を頼む』

 手紙はそのような文章で終わっていた。

(翼飛様……心配。でも、そうね。私はまず、昂宇だ)

 顔を上げ、魅音は笙鈴を振り返った。

「急ごう」

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