15 足止めする方法
天雪が宦官に命じて、方術士を呼んでくれた。
太常寺の方術士が、すぐにやってきた。そのいでたちは、かつて一緒に事件に立ち向かった昂宇と同じもので、魅音は何だか胸がキュッと締め付けられる。
(昂宇、無事でいるかな……いるよね、絶対)
そんな魅音に見つめられつつ、方術士は天雪に事情を聞いて、熊を検分した。
「なるほど、妖怪化するほどではありませんが、何か宿っているようですね。こちらで引き取って浄化しましょう」
「いえ、そこまでしなくていいんです。でも、そうね、動けないようにする術の霊符……なんて作れるかしら? 用心に持っておきたいの。一応、二枚!」
天雪が、指をピッと二本立てて注文した。
方術士は不思議そうにしていたが、「かしこまりました」とうなずいた。そして、卓子を借りてその場で霊符を作ってくれる。
「あくまで、急を要する時に一時的な効果を発揮するだけです。何かあったら必ず、方術士をお呼び下さい」
彼はそう言いおいて、帰って行った。
「はい、魅音。これ使って下さいな」
天雪が、霊符の一枚を魅音に差し出した。魅音はありがたく受け取る。
「ありがとう、これで何とかなりそう。天雪、こっちの熊も気をつけてね。熊ってすごく強いのよ、わかってるよね?」
「わかってるわ、気をつけます」
軽く返事をする天雪に見送られて、角杯宮を出る。
「まったくもう、本当に大丈夫かな。熊が動いたらめちゃくちゃ喜びそう」
ちょっと呆れていると、笙鈴が微笑む。
「私、お妃様方のところに定期的に伺うので、その時に悪い力が増していないか様子を見るようにしますね」
「お願いするわ。よーし、これであの熊も封じられるかな」
「すぐに陰界に行かれますか?」
笙鈴に聞かれ、魅音は首を横に振る。
「ううん。その前に、方勝宮に寄る」
「方勝宮、ですか?」
江青霞の宮である。
魅音は説明した。
「陰界の天雪は、『私たち妃は、誰か来たら足止めするように言われた』って言ってた。『私たち妃』……ってことは、他の妃も私たちを足止めすると思う」
「あっ。じゃあ、あの熊のいる場所を抜けても、その先に青霞様や美朱様がいらっしゃる?」
「じゃないかと思うのよ」
もちろん幻影だろうが、【天雪】がいたなら【青霞】や【美朱】もいないとおかしい。
「でね、私、美朱の珊瑚宮には行ったことあるけど、青霞の方勝宮には行ったことがなくて」
最初、妃たちは四人とも花籃宮にいたのだが、品階や称号が決まってから別々の宮に分かれて暮らしている。
歩きながら、魅音はまっすぐ前を見つめた。
「どんな手を使って足止めしてくるかわからないから、せめて陽界の方勝宮は見ておかないと」
方勝、というのは、二つの菱形をずらして重ねた、縁起のいい図案のことだ。
軒下やら窓枠やら、随所にこの図案が使われている宮に魅音たちが入っていくと、ちょうど数人の宮女たちが出てくるところだった。魅音たちに挨拶の礼をし、立ち去っていく。
青霞は居間で、卓子に広げた何かの文書を読んでいるところだった。
「あっ、魅音、笙鈴!」
彼女はハッとした表情になる。
「何か進展があったの⁉」
「ううん、ちょっと調べたいことがあって、一度戻ってきたの。急にごめんなさい」
「そうなのね、いつでも大歓迎よ。待ってて、片付けるから」
彼女は文書をくるくると巻き、紐で結んでいく。
珍貴妃の件があってから、後宮の宮女はガクッと減ってしまい、残った宮女と新人たちでどうにか回している状況だ。元宮女、しかも責任者の立場にあった青霞は彼女たちを放っておけないようで、色々と手助けしていたのだが、それが今も続いているらしい。
「忙しそうね。さっき来ていた宮女たちも、あなたをずいぶん頼りにしてるんでしょうね」
「引き継ぎがちゃんとされていない部署がいくつもあって、私が詳しいことを知ってるんじゃないかって聞きに来るの。わかる範囲で教えているわ。美朱様にもそうしてくれって言われてるし、私には他にすることないしね」
青霞は苦笑しつつも、どこか生き生きとしている。根っから仕事が好きなのだろう。
「二人とも、お昼は食べた?」
「あ」
魅音は思わず声を上げた。すっかり忘れていたのだ。
「食べてない」
「ダメよ、大変なことをしてるんだから、食事と休憩はちゃんと取らないと。ここで食べて行って。この宮には厨房があるから、言えば作ってくれるわ」
「じゃあ、お言葉に甘えて! ……あ。あの、でも青霞、食事って」
ふと嫌な予感を覚え、魅音が言いかけたところで、青霞はニッコリ。
「魅音が戻ってきたから卵料理をご馳走したくて、尚食局で面白い食譜を見つけておいたわ。『玉米卵』っていってね、卵と玉米を合わせてふんわり蒸すの。大豆を炒って粉にしたものをかけると、香ばしさが加わってさらに美味し」
「わあああ」
魅音は思わず耳を塞ぐ。
笙鈴はちょっと気の毒そうにしながら、『願掛け』のことを説明した。
青霞は「あら」と口元を抑え、
「じゃあ今度、昂宇さんを連れて来て。一緒に食べることにしましょ!」
と魅音を励ましながら、別の軽食を用意するよう指示してくれた。
「はぁ、はぁ。ごっ、ごめんなさい、青霞」
肩で息をする魅音を、青霞はなだめる。
「いいのよ、むしろ何だかごめんなさいというか……。それで、私に何か聞きにきたのね?」
「ええ、そう、実は……」
魅音は、陰界に妃たちの幻影がいること、【天雪】に足止めされたことを話す。
「西王母様は通すけど、他の人は通さない、ということになってるらしいわ。角杯宮には剥製がたくさんあるでしょ。妖怪の宿った熊の剥製を操って、戸をふさいでた」
「熊! 大丈夫なの?」
「まあ、そっちは何とかなりそう。それでね」
魅音は、陰界の青霞にも足止めされる可能性が高い、という話をした。
「わ、私が⁉ こっちの私はちっとも邪魔をするつもりがないのに、そんなことになってしまうの?」
青霞は複雑な表情をしている。天雪同様、自分の幻影がいると聞いて不気味に感じているのだろう。
「そこをあえて、考えてみて」
魅音は身を乗り出した。
「もしあなたが、陰界の方勝宮で、妃として私たちを足止めしようと思ったら。青霞なら、どうやる?」
「足止め……えぇ……?」
「思い当たるものがあったらでいいの、ちょっと心の準備をしておきたいだけだから」
「そ、そう言われても」
片頬に手を当て、青霞は考え込んでいる。
「ごめんごめん、メチャクチャ言ってるのわかってるから大丈夫! 青霞は宮女だったから後宮のこと詳しいし、ひょっとしてと思っただけなんだ。ま、行ってみればわかるでしょ」
「待って」
青霞は、パッと目を見開いた。
「え、何?」
「妃として、って言われると思いつかなかったけど……そう、『私』が何か思いつくとしたら、宮女時代に知り得たことを利用しそう」
キラリ、と彼女の目が光る。
「妃たちって、魅音たちのことは邪魔するけど、西王母様が来た時はちゃんと通すのよね?」
「う、うん。そうみたい」
「実はね」
今度は青霞が、身体を乗り出した。
「方勝宮には、隠し扉があるの」




