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5 相談するなら神様に

「とにかく翼飛様、そういうことなら、昂宇の魂を連れ去ったのは西王母様ってことになるんでしょうか?」

 神仙が気に入った人間に目をつけ、神隠しという形で連れ去る……という話は昔からあり、珍しくはない。

「うん。この件に関しては、燕貞は関係ないんだろう。口八丁で色々やれる燕貞が、わざわざ魂を抜く術を使う必要なんてないし、そんな高等術なんか使えそうにないしな」

 翼飛があれこれ聞き込んでみると、宏峰の領民たちは、海建が都でやらかしたことなどちっとも知らなかった。どうやら、海建・燕貞親子はうまいことを言って、

『自分たちはいわれのない罪で先帝に追放された被害者である』

 と吹聴したようだ。

 先帝の人徳がなさ過ぎて、利用されてしまったわけである。

「なるほど、そうやって同情をかって、燕貞は中央に取り立てられたいわけですね」

 魅音が呆れると、翼飛も同じことを思っていたようで、苦笑する。

「そういうことだ。つまり、土地神が暴れたってのも嘘っぱちだろう。狐仙堂やら何やらが壊れたのも、神になった父が息子の不遇に怒って暴れてる、ってことにしたいがために、自分で壊したんじゃないか?」

 そして、彼はパンと両手を打ち合わせる。

「てなわけで、昂宇の魂をどうこうしたのが燕貞でないなら、どうでもいい。そっちの件はもう放っておこう」

「燕貞のこと、問い詰めなくていいんですか?」

「あいつは、領民を集めて大規模な祈祷をやる! とか言って忙しそうにしてたな。好きにさせておけばいいさ。何かこれ以上やらかそうってんなら、締め上げてやるが」

 鼻で笑う翼飛である。

「で、だ。西王母が昂宇の魂を連れ去ったのだとして、どうしたらいい? あんた、そういうのに詳しいんだろ?」

「それはやっぱり、西王母様に『返してほしい』とお願いするしか」

「ああ、それなら俊輝が、昂宇を返してもらえるように方術士や僧たちに祈りを捧げさせるつもりだと言っていた」

 翼飛は言うが、魅音が言っているのはそういうことではない。

 西王母に直接会って、頼むのである。

(こっちから呼び出せるようなお方じゃないし、さてどうするか)

 魅音も今は人間で、いずれは死ぬ存在なので、死んだら冥界で会うだろう。しかし、死ぬまで待っているわけにはいかない。

 しばらく考え込んでいた魅音は、きっ、と顔を上げた。

「こういったことに詳しい方に、ご相談してみようと思います」

「そんな人物がいるのか?」

「人じゃありません」

 魅音は首を横に振る。

泰山(たいざん)娘娘(にゃんにゃん)です」

「あァ⁉」

 翼飛が、何を言っているんだ? という顔で顎を突き出した。

 泰山とは、照帝国のちょうど中央、樹海からその威容を覗かせている高い山である。頂上に天帝が住んでいるとも言われ、霊峰として信仰の対象にもなっていた。

 この山を管理しているのが、泰山娘娘と呼ばれる女神である。『娘娘』は、高貴な女性を呼ぶ際の尊称だ。

「西王母という女神について、別の女神に相談しようってのか?」

「そうです。詳しくは言えないんですけど、私ちょっとご縁があって」

 あっさりと言う魅音に、

「ちょっとご縁が、って」

 もはや翼飛はどこから突っ込めばいいのかわからないといった様子だったが、やがてガハハと笑い出した。

「あんた本当に、何か不思議な力を持っているようだな。わかった、任せる!」

「任されました!」

 両のこぶしを握ってみせる魅音に、翼飛はさらに聞く。

「しかし、まさか泰山まで会いに行くのか? 樹海を突破して? 一ヶ月はかかるぞ」

「お話だけなら、すぐそこでできるんですよ」

 魅音は、ちょい、と東の方角を指した。

「後宮で」

「後宮って、俊輝のか?」

「そうです」

 魅音はうなずく。

「天昌なら、私の足で二日。ちょっと行ってきます」

「軍馬と船で四日はかかるはずなんだが、もうそこは突っ込まないことにする! とにかく、今日は長旅で疲れてるだろ、休んでくれ」

 彼はポンポンと魅音の肩を叩いてから、「こっちに飯を運ばせるから」と言いおいて寝室を出ていった。

 戸が閉まる。

 静けさが、寝室に満ちた。

 魅音は、寝台を振り返った。ゆっくり近づくと、その端に腰を下ろし、もう一度昂宇の顔を覗き込む。天蓋を見上げる昂宇は、ごくわずかだが、呼吸をしているようだ。

 両手でそっと、彼の右手を持ち上げてみる。

 半年前、狐姿の魅音を膝に抱いて尻尾を撫でた温かな手は、今はひんやりとしていた。

 思わず、文句を言う。

「何やってんのよ……」

 それが呼び水にでもなったかのように、目頭が熱くなった。

 ぽろり、と一粒、魅音は涙をこぼす。

(何となく、昂宇とはいつかどこかで、また会えると思ってた。でもまさか、魂を抜かれたこんな姿で、なんて)

 ぐい、と左手で涙を拭う。そして魅音は、彼を励ますように言った。

「しょうがないなぁ。迎えに行くから、待っててよね」

 そして、魅音は勢いをつけて立ち上がると、部屋の中を見回した。卓子に筆や硯などの筆記具が置いてあるのに目を留める。

「故郷にすぐには帰れない。旦那様に、文を書いておかないと」

 魅音は県令に宛てた手紙を書いた。翼飛に頼めば、届くようにしてくれるはずだ。

 書き終えた魅音は、もう一枚、紙を目の前に置いた。

(翠蘭お嬢さんにも書こう。大事な人を助けたい、って。……お嬢さんのお世話もせずに好き勝手してたら、クビになっちゃうかな。でも……)

 考え考え、魅音は今の気持ちを書き記していった。


 晩秋の枯れた野原がどこまでも広がる中、整備された街道を、一匹の白狐がひた走る姿があった。時々、里標を確認してはまた走り、川に行き当たれば船に潜り込み、船着き場で船から飛び出して船頭を驚かせ、また街道を駆ける。

 そうして白狐がたどり着いたのは、照帝国の首都・天昌だ。

 天昌城とも呼ばれる、外壁に囲まれた巨大な城塞が、夕陽に照らされてそびえている。ドーン、ドーンという太鼓の響きは、閉門の合図だ。

 門といってもそれ自体が建築物で、一階部分に両開きの扉が三つある。最後の商隊が中に入ると、全ての扉が軋みを上げて、ゆっくりと閉まり始めた。

 商隊の荷車に潜り込んでいた白狐は、閉まる門の影に紛れるようにして飛び出した。そしてそのまま、あっという間に姿を消した。

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