【刊行告知用番外編】書物の面白さ
身代わりを終え、故郷に帰るまでの数日間。
魅音は昼間、妃たちと別れを惜しんで一緒に過ごしていたが、夜は花籃宮で書物を読んでいた。
「まあ、内文書館からこんなに借りてきたんですね」
茶を運んできた雨桐が、卓子の上に積み上がった書物に目を丸くする。
魅音はいったん顔を上げた。
「ちゃんと探してみたら、私好みの書物も結構あったわ。帰るまでに読めるだけ読もうと思って。あー、肩凝った」
「お茶です、少し休憩にしては?」
「ありがとう。あ、美朱様にもらった菓子があるのよ、雨桐もどう?」
魅音と雨桐は、本当は妃と侍女ではないので、色々と片付いた今となっては態度もお互いに気安い。二人で向かい合い、夜食の時間になった。
「県令の家でも、書庫は自由に出入りしていいことになってるの。翠蘭お嬢さんのためなら、県令は書物をいくらでも買い集めてくるから、すごく充実してるのよ」
「魅音様は書物が本当にお好きですねぇ」
「私が人間に興味を持ったのも、書物がきっかけなんだ」
「そうなんですか?」
首を傾げる雨桐に、魅音はうなずく。
「うんと昔、狐仙になる前は、私はただの一匹の野狐だった。たまたま霊力が高かったから、人間を化かしてみたりもしたけど」
いたずらしながら人間の生活をかいま見ているうちに、書物を読んでいる人がそれなりにいることに、彼女は気づいた。野の狐の世界にはないものである。
魅音は、狐を見守る仙女、碧霞元君のところに行って、聞いてみた。
『どうして人間は書物を読むのか』
と。
碧霞元君は、逆に尋ねてきた。
『読む前に、まずは書物が存在しないとね。人間はどうして、書物を書き記すのだと思いますか?』
『うーんと、うーんと、伝えたいことがあるから!』
『そうね。書物は人間が死んだ後も残りますから、時を越えます。過去の人々は、未来の人々に後を託し、未来の人々は、過去から様々なことを学ぶ。人間は書物を通じて、過去と未来を響かせ合うことで、人間という種を繋いでいくのかもしれませんね』
「私、それが不思議でさ」
魅音は両手で頬杖を突く。
「だって、書物なんてなくても、狐という種族はずっと続いてる。絶対に必要なものではないんじゃないか、って」
「言われてみると、まあ……」
「そう思って見てみると、人間って結構、存続のために必要ではないことをたくさんしてるよね。何でだろう、って観察するうちに、もっと人間を知りたくなった。まずは文字を覚えて、私も書物を読んでみたい。それで、狐仙試験を受けたの」
「試験⁉ 試験があるんですか?」
雨桐は驚いているが、魅音にとっては当たり前のことだ。
「あ、そうなのよ。受からないと、そもそも狐仙になる修行ができなくて、そうすると人間の言葉を覚えるのも難しいんだわ」
「ははぁ……色々あるんですね」
感心のため息を漏らすしかない雨桐である。
「とにかく、試験に受かって、魅音様は今では自在に書物が読めるようになったんですね」
「そっ」
饅頭に手を伸ばしながら、魅音はニコニコしている。
「これからも色々読むんだー」
そんな彼女を見つめていた雨桐は、不意にパッと表情を明るくして、両手を軽く打ち合わせた。
「じゃあ、いつか魅音様も、書物を書いたらどうでしょう?」
「え⁉」
今度は魅音が驚き、そして笑い出す。
「あはは、私には無理でしょー」
「だって、今のお話もとても面白かったですもの!」
雨桐は軽く身を乗り出した。
「狐仙から見た人間について、なんて、きっとたくさんの人が読みたがりますよ。私も読みたいです」
「いやいやいやいや。……あぁ、でも」
魅音は饅頭を茶で流し込んでから、ふとつぶやく。
「もし私が書物を書いたら、時を超えるだけじゃなくて種も超えちゃうんだね」
それはなかなか面白いかも……と思う、魅音だった。
『狐仙さまにはお見通しーかりそめ後宮異聞譚―1』が本日発売になりました!
告知用に番外編を書きました。碧霞元君は、時代が進むと「泰山娘々(たいざんにゃんにゃん)」とも呼ばれるようになる女神です。
1巻、素敵な書籍になったので、ぜひお手に取ってみて下さい。第2部も準備中!




