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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-6 狐仙妃、孔雀の髪飾りの真実を知る
35/71

35 水辺の戦い

「!」

 ばっ、と糸が放射状に広がった。

 そのまま、今度は一気に魅音めがけて収束し、捕えようとする。

 とっさに、彼女は白狐に変身することで糸を(かわ)した。笙鈴の足元を走り抜け、二門から外に飛び出す。周囲には何人かの武官と方術士が配置されていたが、彼らは昴宇の合図なしに動かないように命令されており、戦いを見守っていた。

 魅音は、前院(まえにわ)にあらかじめ置いておいた霊符を、たんっ、と前足で踏んだ。

 たちまち、魅音の姿に炎の蛇が絡みつき、彼女を炎で守った。追ってきた糸が、阻まれて焼け落ちる。

『あっぶな、屋内でやったら大火事だわ』

 つぶやきながら振り向く。

 魅音を追って出てきた笙鈴の前に、ふわりと珍貴妃の幽鬼が舞い降りた。光のない目が、魅音を捉える。

『我が相手をしてやろう』

 髪飾りが光ったかと思うと、貴妃の足元から孔雀の尾羽が何枚も現れた。丸い模様のある尾羽は、まるで一つ目の大蛇のように首をもたげ、動くたびに金属的な光を放つ。

 大蛇は、ビュン、と空中を薙いだ。とたんに、前院に生えていた木の幹がスパッと切れ、メキメキと音を立てながら倒れる。

『うわ』

 後ろに飛びのいた魅音は、庭石の横に降り立った。木はその脇にズシンと落ちる。

 庭石の後ろにいた昴宇が、手に持っていた霊符をバンと庭石の裏に叩きつけた。大きな石は霊符の力で、勢いよく貴妃の方へと吹っ飛ぶ。

 しかし、貴妃は悠々と孔雀の羽で石を弾き飛ばした。

 昴宇が悔しそうにささやく。

「ダメか。まるで羽が何本もの刃のようだ。このままでは攻撃が貴妃まで届きません」

 その時、横から大柄な影が現れた。魅音と昴宇を守るようにして、武官の一人が立ちはだかったのだ。

「俺も相手をしよう」

『へっ』

 魅音は目をぱちくりさせた。

 背が高くがっちりとしていて、両刃の刀身のついた長い柄の陌刀はくとうを手にしたその武官は、ちらりと横目で魅音を見てニヤリとした。

 王俊輝だ。

『へ、陛下ぁ⁉』

 魅音は素っ頓狂な声を上げる。

 空を切る音がして、また巨大な刃物のような羽が横薙ぎに飛んできた。俊輝は羽をかいくぐりながら転がり、その回転を助走代わりに立ち上がりざま、珍貴妃に切りかかる。すぐに別の羽が彼の刀を阻み、硬質な音が響いた。

「ちっ」

 いったん飛びのいて下がって来た俊輝に、魅音は尋ねる。

『何で陛下がここに⁉』

 俊輝は隙なく構えながら答えた。

「うるさい側近がいるんだが、夏至の休暇中なんだ。バレるもんか」

『いやバレるバレないの話じゃなくてね?』

「皇城で俺が一番強い、と思ったから来た。お前が言ったんだぞ、相手が死者なら強い生命力には敵わないと。そういうのは自信がある」

 今度は昴宇のいる庭石の方に、羽が飛んでいく。俊輝はすばやく回り込み、両手で構えた陌刀で豪快に弾き飛ばした。逸れた羽が、回廊の軒を吹き飛ばす。

俊輝(・・)、僕は身を守れますから自分のことをっ!」

 昴宇が叫んだ。

(え? 『陛下』じゃなくて?)

 なぜなのか考える間もなく、俊輝が答える。

「昴宇、とにかくお前に死なれては困るんだ」

(何、何なの、どういうことなの)

 魅音が二人の会話に違和感を覚える中、気合の声と共に、俊輝は再び珍貴妃に切りかかった。ギン、と金属のぶつかる音が響く。

 重量感のある攻撃に、貴妃はわずかによろめいて一歩下がったが、すぐに羽が反撃してきた。

『笙鈴、お行き!』

「はい、貴妃様」

 笙鈴がするりと貴妃の背後を抜け、大門から外へと走り出て行く。

 庭石の後ろで昴宇が立ち上がり、弓を構えた。矢が放たれる。すぐに羽がそれを弾いたが、その羽が急に固まって動かなくなった。矢羽根に呪文が書いてあったのだ。

 その隙に、俊輝が再び突進しながら叫ぶ。

「魅音、ここは俺と昴宇でいい。笙鈴の後を、追えっ!」

 声とともに、ひときわ大きく陌刀を振りぬいた。

『グウッ』

 貴妃は大門の外に転がり出たけれど、素早く体勢を立て直した。そのわずかな時間に、魅音は大きく跳躍すると、塀を飛び越えて殿舎を出た。

 昴宇の声がする。

「俊輝、庭園に誘導してください!」

「わかった!」

(前からちょっと気になってたけど、この二人、皇帝と官吏って感じじゃないよね?)

 内心思う魅音だったが、今は笙鈴を追わなくてはならない。彼女は振り返らずに走り出した。


 俊輝は、庭園の暗い回廊を駆け抜けた。

 ざわざわざわっ、と強い霊力が、どこか高い場所を通り抜ける気配がする。珍貴妃が、回廊の屋根の上を追ってきているのだ。

 縁台に躍り出た俊輝は、振り向いて陌刀を構えた。

 回廊の屋根の上に、珍貴妃の白い姿がゆらりと立った。尾羽をざわざわとまとわりつかせている。俊輝は見上げて、挑発した。

「俺を見下ろすとは、いいご身分だな」

 珍貴妃の周囲で、全ての尾羽が俊輝に狙いをつけた。

『王俊輝。そんなに皇帝の座が欲しくば、あの世で玉皇大帝に挑むがいい。覚悟せ……』

 ふっ、とその視線が、俊輝の背後に浮く。

 庭園の池の上に、大量の水の塊が浮いていた。池の対岸に昴宇が立ち、右手に持った霊符を高く掲げている。

「『()』!」

 霊符が振り下ろされると同時に、霊力をまとった水の塊が珍貴妃に突っ込んだ。

 貴妃は反射的に尾羽を自分の前に上げ、防ごうとしたが、相手は水だ。金属に切られてもそのまま突っ込んでくる。

『ああああ!』

 貴妃は屋根の上から叩き落された。どしゃっ、と地面に落ちたところに、俊輝が飛びかかる。

 彼の陌刀が一閃し――


 ――貴妃の髪から、孔雀が弾け飛んだ。

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