33 作戦会議
夜、白狐になった魅音は俊輝の寝所を訪れた。昴宇も来ている。
魅音は、珍珠宮跡で昴宇と話し合うことで、今までの出来事をまとめていた。それを、俊輝に説明する。
『周笙鈴は、妃たちの身体の具合を定期的に見て回っています。それに鍼治療ができるので、妃の寝室に入れるんです。青霞の部屋にももちろん入っていました』
「ふむ……」
『女性にしては背が高い方で、医官の服の洗濯も引き受けていました。だから、宦官用の官服を手に入れて変装することもできます』
そこへ昴宇が補足する。
「陛下、骨董屋に現れて団扇を注文したのは、男性用の官服を着た人物なんです。しかし、女性の可能性がなくもない。そしてその日、周笙鈴は後宮から外出していました」
魅音はうなずいて続けた。
『螺鈿の鏡をいつ手に入れたかは、今はちょっとわかりません。でも医官の助手なので、お使いで薬種を買うために、後宮の外に何度も出ています』
「その時に、伊褒妃の墓まで行くこともできた、か」
『さらに、天雪に妖怪憑きの遊戯盤を渡したのも、笙鈴でした』
「天雪に遊戯盤が渡った後に、妖怪が憑いたわけではないのだな?」
『おそらく、ないですね。天雪の周辺で怪異が起こり始めた後、笙鈴は天雪の診察に行っています。でも、彼女は妖怪がいることを指摘しなかったそうですから』
天雪本人は気づいていなかったのだが、遊戯盤を手にした直後から、盤が身体にぶつかったり駒が床にぶちまけられたりしていたそうだ。妖怪はすでに目覚めていたのだろう。
さらに、魅音は『周春鈴』について説明した。先帝時代に後宮で行方不明になった宮女であること、名前からして、それが周笙鈴の妹ではないかと思われること。
『でも、笙鈴が春鈴を探すことと、妖怪を呼び起こすことの間に、繋がりが見えません。それで、さっき昴宇に相談してみたんですけど』
魅音が昴宇を見ると、彼が後を続ける。
「もし孔雀の髪飾りに珍貴妃の怨霊が憑いていたら、霊感が強くて影響されやすい笙鈴は操られてしまったかもしれない。だとしたら、後宮内の妖怪を次々と目覚めさせようとしているのは、笙鈴の裏にいる珍貴妃ということになり、辻褄が合います」
「自分の死の恨みを晴らそうとしている、という動機があるな」
「はい。この場合、周笙鈴は完全に被害者です。妹を探してあちこち動いているうちに、利用されてしまったのかもしれません」
昴宇が説明し、魅音は軽く身を乗り出した。
『私、笙鈴にはとてもお世話になったので、助けたい。そこでまず、彼女を呼び出します。彼女が髪飾りを持っているなら、必ず持って来るようにして』
「そんなことができるのか?」
『策があります。ちょっと手を貸して頂ければ』
「それはもちろんだが、お前が無事で済むような策なんだろうな?」
確認する俊輝に、魅音は微笑んで見せた。
『陛下、相手は死者です。生者が強い生命力さえ発揮できれば、死者一人なんて絶対に、生者には敵いません』
俊輝は魅音を見つめ返し、しばらくして口を開いた。
「いいだろう。武官と方術士数人を配置するから、呼び出す日時はこちらで指定させてもらう。そうだな……明後日、夏至の大祀がある。その翌日の夜にしよう」
国家儀礼は大祀・中祀・小祀という重要度の順があり、夏至は照帝国の祖である皇帝を祀る重要な大祀だった。
(その後なら、陛下も腰を据えて今回の件に関われる、ってことかな)
そう思った魅音は、うなずいた。
『わかりました。くれぐれも、笙鈴をいきなり痛めつけたりしないで下さいね』
「よほどのことがない限り、攻撃しないように命じておく」
『お願いします』
魅音はぺこりと頭を下げた。
『それじゃあ私、戻ります』
「もう戻るのか? 大事なものを忘れていないか?」
『へ? ……あっ』
俊輝が卓子の上に視線をやったので、魅音はハッとして椅子に飛び乗った。
蓋つきの皿が置いてあり、俊輝が蓋を取ると黄身餡の饅頭が置かれている。今回は何と、三個置かれた上に二個載せてあった。
狐のつぶらな瞳がキラキラと輝く。
『ひょー、五個もあるー! ありがとうございます!』
「お前は宝玉や上等な絹などは喜ばなさそうだからな。こんなもので喜ばせられるなら、いくらでもやるぞ」
得意げな俊輝は、魅音の『まあ、私はゆで卵が一番好きなんですけどね』という返事にがくっときていた。
俊輝の寝所を出た魅音と昴宇は、夏至の翌日の段取りを話し合った。
『よし、そんな感じで。じゃあ私、後宮に戻るね』
「魅音」
ふと、昴宇が彼女を呼び止める。
『何?』
「あの。一応言っておきますが、ゆで卵くらいいつでも用意しますからね?」
『あぁ、ありがと! じゃあ、今回の件が無事に解決した時、ご褒美に用意してもらおっかなー』
魅音が答えると、昴宇は「お安い御用です」と大きくうなずく。
「それじゃあ、僕は太常寺の方に戻ります」
『え、今からまだ仕事? 大変だね。昴宇にもご褒美がないと、やってられなくない?』
「そりゃもう、これだけ精神的に疲れる仕事ばかり……あ」
昴宇は一瞬口ごもり、そして言った。
「あの。全部終わったら、魅音がくれますか? 褒美」
『別にいいけど? 私にできるものなら。あ、でも、狐仙の力を使って願い事を叶えてほしいとかはダメだからね』
「わかってます」
『それ以外で、昴宇が好きそうなものなんて用意できるかなぁ。お金はないよ、言っておくけど』
「別に、高価なものが欲しいわけじゃありません。じゃあ魅音、約束しましたからね!」
何やらキリリとした表情で昴宇は言うと、そそくさと立ち去って行った。
(昴宇が欲しいご褒美って、何だろう。私に要求するくらいだから、霊的な何かが関係してるのかなぁ)
不思議に思いながら、魅音も後宮へと向かった。
照帝国の皇帝は、冬至に天昌の南、夏至に北の祭壇に赴いて儀式を行う。新皇帝の俊輝も伝統に倣い、天昌を出て北の山のふもとまで赴き、夏至の儀式を行った。
皇帝が永安宮に戻って来た翌日の皇城は、新体制による大きな儀式を無事に終えてホッとした空気が流れていた。この日の午後から、数日の休暇を取る官吏も多いようだ。
朝食の後、魅音は笙鈴を呼んだ。
「昨夜、何だか眠れなくて。安眠の薬湯とか、あったら欲しいのだけど」
「ええ、もちろんお作りしますよ。何か、心配事でもおありですか?」
「ちょっとね。私、あまりに暇だから、後宮内のあちこちをよく散歩するの」
魅音は語る。
「それでね、ほら、象牙宮で噂があったじゃない? 格子窓から中を覗くと、向こうからも人の目が覗く……って。まあ、気になっちゃって、うっかり見に行ったわけよ。そうしたら……」
「そうしたら……?」
「大門が開いてたから中に入ったら、石段を上がったところの二門も細く開いていたの。それで、ちらっと中を見たらね、門庁の真ん中にポツンと、青磁の香炉が置いてあるの。飾ってあるんじゃなくて、床の真ん中によ。誰も住んでないから、他には何も置いてないのに、香炉だけが」
魅音はぶるっと身体を震わせた。
「何だか、誰かに『ここから先には入るな』って言われてるみたいで、結局怖くなって引き返してきちゃった」
「それがいいですよ……何が起こるかわかりませんもの」
「やっぱりそう思う? 怖っ、って印象に残ったせいか、あの香炉、夢にも出てきちゃって。それで眠れなかったんだけど」
「象牙宮……でしたよね。もうお近づきにはなりませんよう」
笙鈴は言い、そして微笑みながら立ち上がった。
「花籃宮の厨房をお借りしますね、薬湯をお作りします」




