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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-6 狐仙妃、孔雀の髪飾りの真実を知る
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32 行方不明の宮女

 つまり、死んで怨霊化している可能性もある、ということか。

「……青霞。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「な、何?」

「後宮内で、人が行方不明になったことがあったらしいわね。それ、どういう状況? だって、後宮の中にいるはずなのよね?」

「うーん……そうね……行方不明、か」

 曖昧に、青霞が答える。

「私たちは、行方不明だとは聞かされないのよ。ある日突然、同僚がいなくなったと思ったら、身内に不幸があって実家に帰ったらしい……って噂だけが流れるわけ。でも、実際のところはわからないの」

 書類には行方不明と記録される一方、宮女たちの間ではそういうことにされるらしい。

(でも、実際は違うんでしょうね。例えば、何かまずいものを見てしまって殺されて、後宮内のどこかに埋められたり運び出されたり……とか。あ、脱走に成功した、って可能性もあるのかな? その場合は、悪い前例にならないように伏せられるでしょうし)

 さすがに、妃ともなると「ある日突然実家に帰りました」では済まないだろう。しかし、立場の弱い宮女などは本当に、誰にも知られず消えて、それっきりなのだ。

 手紙には、何人かの行方不明者の名と年齢、そして最後の所属先が書かれている。どうやら美朱は、行方不明になった時期を、先帝が即位してから死ぬまでの期間に絞ったようだ。

 そのうちの一つの名に、魅音は目を留めた。


『周春鈴(しゅんりん) 十八歳 尚功局』


(『周』、って、笙鈴と同じ姓ね。それに、『鈴』という字が共通している。……笙鈴の、妹とか?)

 照帝国では、兄弟あるいは姉妹の名に同じ字を入れる習わしがある。絶対の決まりではないが、姓が同じ『周』、名に『鈴』が入っている二人を魅音が姉妹だと思ったのは、ごく自然な流れだった。

(先帝時代に、笙鈴の妹かもしれない春鈴という宮女が行方不明になっている……尚功局にいたということは、縫ったり織ったりを担当していたのね)

 魅音は思いながら、昴宇にもう一度手を差し出した。

「そちらの文は、何?」

「これは、僕が調べた結果を記したものです。例の店で例のものが注文された、その日に、後宮を出入りした者の一覧です」

「あぁ」

 骨董屋で団扇が注文された日について調べたらしい。

 魅音はそちらも受け取り、開いてみた。やはり、数人の名前が書き連ねてある。

 その中に、『周笙鈴』の名前があった。後宮内では栽培していない薬種を、天昌の店で買うために出たようだ。

「…………」

「知っている名前はありましたか?」

「……ええと、まあ……」

 つい言葉を濁しながら、魅音は考え込む。

(笙鈴は、今の陛下になってから後宮に来たと言っていた。春鈴を、つまり行方不明になった妹を探すために、後宮に来た? でも、青霞の話から想像するに、春鈴はもう死んでいる可能性が高い。しかも、弔われずに怨霊になっているかも。でも、団扇とは何の関係が? わざわざ後宮に持ち込む理由なんてある?)

 さらに、ついさっき不思議に思ったことも再び気になった。

 笙鈴は霊感が強いのに、妖怪の憑いた遊戯盤を天雪に渡したのだ。やはり、怪異に関係があるのかもしれない。

「あーっ、でもわからないなぁあああ」

 いきなり魅音が頭を抱えたので、青霞と天雪がギョッと身体を引く。

(笙鈴は霊感が強い。一品から九品まで段階(レベル)があるとしたら、三……ううん、二はあるわね。妹が後宮内で怨霊になっていれば気づいたはず。気づいたらどうする? 弔いたいでしょうねぇ。それと、もし春鈴が殺されたのだとしたら、復讐したいと思うかも。逆に、気づかなかった場合は、ここに春鈴はいないと判断して後宮の外を探そうとする……かな)

 しかしその流れだと、孔雀の髪飾りの紛失は一体どう関係してくるのか。

(後宮内の妖怪をあれこれ目覚めさせる必要なんて、笙鈴にある? 笙鈴はすごくいい子だから、下手なこと言って今回の件の犯人だと疑われたら可哀想。でも、変な動きをしているのは確かなんだよなぁ。……悪いんだけど、確かめさせてもらわないと)

 魅音は顔を上げ、青霞と天雪に言った。

「二人とも、ごめんね。ちょっと急用ができたから帰る」

「それって、美朱様の仕事があるから? 大変ね……」

「無理しないでね。おでこ、お大事に」

 完全に誤解している二人は、気の毒そうに魅音を見送った。

 昴宇はしばらく黙って後をついてきたけれど、二人からだいぶ離れたところで尋ねた。

「何か気がついたなら、教えてください」

「うん……でも、はっきりしないから」

 それで話を終わらせようとした魅音は、ふと足を止めた。

(一人で何もかも判断すると失敗するよね、気をつけなくちゃ。……昔、私があの人にそう言って聞かせたっけ)

 一瞬、記憶は過去に飛ぶ。



『狐仙を味方につけた自分は跡継ぎに相応しい』

 そう言いふらした王暁博に、魅音は冷たく別れを告げた。

「待ってくれ、今まで助けてくれたのに、どうして突き放すようなことをするんだ!」

 すがる男に、魅音は言う。

『私は間違ってた。狐仙に頼る前に、あなたにはもっとできることがあったのに。どうして直接、弟と話さなかった? どうして父親に相談しなかった? 一人で(さか)しらぶっても、解決しないときはしないんだよ』

「それは! それは『負けを認めること』じゃないか、そうだろう⁉」

『では、父親の後を継いだ後、どう家を盛り立てていくかは考えていた? 父親に教えを請い、弟に協力を請うつもりは一切なかったの? それも『負け』? 切り捨てるつもりだったなら、他に相談相手や仲間は?』

 魅音は一呼吸おいて、付け加える。

『私のような人外ではなくて、人間の仲間のことを言ってるんだよ?』

「…………!」

 このままでは、王暁博はひとりぼっちだ。そのことに、彼はようやく気づいたらしい。

「それは……だからそれはっ、魅音が俺のそばに」

『私は今後、お前が家をどう盛り立てていけばいいかなどの助言はできないし、興味もない。後継者にはなれそうなんでしょ? よかったね。それじゃあ』

「魅音! 待っ――」

 すがろうと彼が手を伸ばす、その目の前で、魅音は姿を消した。


 彼がその後どうなったのか、魅音は知らない。



(今は、私が引き受けてしまった事件を解決するために、私が相談しないとな)

 そう思った魅音は、昴宇に向き直って彼の目を見つめる。

「昴宇。人に聞かれたくない話がある。二人きりになれるところに行こう」

「えっ? あ、ええ」

 少々呑まれたふうな昴宇を引き連れて、魅音は足早に歩いた。

 着いたところは――

 ――珍珠宮の跡、鎮魂碑の前だ。

「二人きりになれるところって、ここですか⁉」

「そうだけど? 人が寄り付かないでしょ」

「それはそうですけど言い方……」

「昴宇、聞いて」

 真剣な顔の魅音は、説明する。

「私の身体にアザがあった時、診てくれてた医官の助手がいるの。周笙鈴っていう宮女。もしかしたら、彼女は今回の件にかかわりがあるかもしれない」

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