32 行方不明の宮女
つまり、死んで怨霊化している可能性もある、ということか。
「……青霞。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「な、何?」
「後宮内で、人が行方不明になったことがあったらしいわね。それ、どういう状況? だって、後宮の中にいるはずなのよね?」
「うーん……そうね……行方不明、か」
曖昧に、青霞が答える。
「私たちは、行方不明だとは聞かされないのよ。ある日突然、同僚がいなくなったと思ったら、身内に不幸があって実家に帰ったらしい……って噂だけが流れるわけ。でも、実際のところはわからないの」
書類には行方不明と記録される一方、宮女たちの間ではそういうことにされるらしい。
(でも、実際は違うんでしょうね。例えば、何かまずいものを見てしまって殺されて、後宮内のどこかに埋められたり運び出されたり……とか。あ、脱走に成功した、って可能性もあるのかな? その場合は、悪い前例にならないように伏せられるでしょうし)
さすがに、妃ともなると「ある日突然実家に帰りました」では済まないだろう。しかし、立場の弱い宮女などは本当に、誰にも知られず消えて、それっきりなのだ。
手紙には、何人かの行方不明者の名と年齢、そして最後の所属先が書かれている。どうやら美朱は、行方不明になった時期を、先帝が即位してから死ぬまでの期間に絞ったようだ。
そのうちの一つの名に、魅音は目を留めた。
『周春鈴 十八歳 尚功局』
(『周』、って、笙鈴と同じ姓ね。それに、『鈴』という字が共通している。……笙鈴の、妹とか?)
照帝国では、兄弟あるいは姉妹の名に同じ字を入れる習わしがある。絶対の決まりではないが、姓が同じ『周』、名に『鈴』が入っている二人を魅音が姉妹だと思ったのは、ごく自然な流れだった。
(先帝時代に、笙鈴の妹かもしれない春鈴という宮女が行方不明になっている……尚功局にいたということは、縫ったり織ったりを担当していたのね)
魅音は思いながら、昴宇にもう一度手を差し出した。
「そちらの文は、何?」
「これは、僕が調べた結果を記したものです。例の店で例のものが注文された、その日に、後宮を出入りした者の一覧です」
「あぁ」
骨董屋で団扇が注文された日について調べたらしい。
魅音はそちらも受け取り、開いてみた。やはり、数人の名前が書き連ねてある。
その中に、『周笙鈴』の名前があった。後宮内では栽培していない薬種を、天昌の店で買うために出たようだ。
「…………」
「知っている名前はありましたか?」
「……ええと、まあ……」
つい言葉を濁しながら、魅音は考え込む。
(笙鈴は、今の陛下になってから後宮に来たと言っていた。春鈴を、つまり行方不明になった妹を探すために、後宮に来た? でも、青霞の話から想像するに、春鈴はもう死んでいる可能性が高い。しかも、弔われずに怨霊になっているかも。でも、団扇とは何の関係が? わざわざ後宮に持ち込む理由なんてある?)
さらに、ついさっき不思議に思ったことも再び気になった。
笙鈴は霊感が強いのに、妖怪の憑いた遊戯盤を天雪に渡したのだ。やはり、怪異に関係があるのかもしれない。
「あーっ、でもわからないなぁあああ」
いきなり魅音が頭を抱えたので、青霞と天雪がギョッと身体を引く。
(笙鈴は霊感が強い。一品から九品まで段階があるとしたら、三……ううん、二はあるわね。妹が後宮内で怨霊になっていれば気づいたはず。気づいたらどうする? 弔いたいでしょうねぇ。それと、もし春鈴が殺されたのだとしたら、復讐したいと思うかも。逆に、気づかなかった場合は、ここに春鈴はいないと判断して後宮の外を探そうとする……かな)
しかしその流れだと、孔雀の髪飾りの紛失は一体どう関係してくるのか。
(後宮内の妖怪をあれこれ目覚めさせる必要なんて、笙鈴にある? 笙鈴はすごくいい子だから、下手なこと言って今回の件の犯人だと疑われたら可哀想。でも、変な動きをしているのは確かなんだよなぁ。……悪いんだけど、確かめさせてもらわないと)
魅音は顔を上げ、青霞と天雪に言った。
「二人とも、ごめんね。ちょっと急用ができたから帰る」
「それって、美朱様の仕事があるから? 大変ね……」
「無理しないでね。おでこ、お大事に」
完全に誤解している二人は、気の毒そうに魅音を見送った。
昴宇はしばらく黙って後をついてきたけれど、二人からだいぶ離れたところで尋ねた。
「何か気がついたなら、教えてください」
「うん……でも、はっきりしないから」
それで話を終わらせようとした魅音は、ふと足を止めた。
(一人で何もかも判断すると失敗するよね、気をつけなくちゃ。……昔、私があの人にそう言って聞かせたっけ)
一瞬、記憶は過去に飛ぶ。
『狐仙を味方につけた自分は跡継ぎに相応しい』
そう言いふらした王暁博に、魅音は冷たく別れを告げた。
「待ってくれ、今まで助けてくれたのに、どうして突き放すようなことをするんだ!」
すがる男に、魅音は言う。
『私は間違ってた。狐仙に頼る前に、あなたにはもっとできることがあったのに。どうして直接、弟と話さなかった? どうして父親に相談しなかった? 一人で賢しらぶっても、解決しないときはしないんだよ』
「それは! それは『負けを認めること』じゃないか、そうだろう⁉」
『では、父親の後を継いだ後、どう家を盛り立てていくかは考えていた? 父親に教えを請い、弟に協力を請うつもりは一切なかったの? それも『負け』? 切り捨てるつもりだったなら、他に相談相手や仲間は?』
魅音は一呼吸おいて、付け加える。
『私のような人外ではなくて、人間の仲間のことを言ってるんだよ?』
「…………!」
このままでは、王暁博はひとりぼっちだ。そのことに、彼はようやく気づいたらしい。
「それは……だからそれはっ、魅音が俺のそばに」
『私は今後、お前が家をどう盛り立てていけばいいかなどの助言はできないし、興味もない。後継者にはなれそうなんでしょ? よかったね。それじゃあ』
「魅音! 待っ――」
すがろうと彼が手を伸ばす、その目の前で、魅音は姿を消した。
彼がその後どうなったのか、魅音は知らない。
(今は、私が引き受けてしまった事件を解決するために、私が相談しないとな)
そう思った魅音は、昴宇に向き直って彼の目を見つめる。
「昴宇。人に聞かれたくない話がある。二人きりになれるところに行こう」
「えっ? あ、ええ」
少々呑まれたふうな昴宇を引き連れて、魅音は足早に歩いた。
着いたところは――
――珍珠宮の跡、鎮魂碑の前だ。
「二人きりになれるところって、ここですか⁉」
「そうだけど? 人が寄り付かないでしょ」
「それはそうですけど言い方……」
「昴宇、聞いて」
真剣な顔の魅音は、説明する。
「私の身体にアザがあった時、診てくれてた医官の助手がいるの。周笙鈴っていう宮女。もしかしたら、彼女は今回の件にかかわりがあるかもしれない」




