30 紛失したもの、持ち込まれたもの
俊輝の部屋に、俊輝と魅音、そして昴宇が揃っていた。
孔雀の髪飾りが紛失しているとわかって、場の雰囲気はかなり重いものになっている。珍貴妃の怨念が、そこに籠っているかもしれないからだ。
「髪飾りは、いつなくなったことになるんでしょう? 火葬の時、僕は立ち会っていましたが、髪には何もついていませんでしたよ」
誰にともなく昴宇が尋ねると、俊輝が答えた。
「自害した時にはつけていたぞ。あれは目立つから覚えている。火葬されるまでの間に外されて、二羽とも櫃に入れられたはずだ」
「棺の方はすぐに封印しましたが、櫃の方は貴妃のかかわった品々を調べて入れてからだったので、封印まで数日の時間がありました。誰かが取り出したとしたら、その間でしょうか」
長椅子の上にちょこんと座った白狐――もちろん魅音である――が、まるで人間が発言を求めるかのように片手を上げる。
『でも普通は、そんな死に方をした人の物なんて持ち出さないでしょ。呪われるのを恐れて、宮女や宦官たちは珍珠宮に近寄るのを嫌がったって、雨桐が言ってた』
昴宇はうなずく。
「そうです、呪いを懸念して、珍珠宮の遺品の整理は方術士たちがやったんです。方術士は身を守れますから、例え貴妃の怨霊が現れて誘惑されても乗りません。ただ、宮での勝手がわからないので作業が遅れて、時間はかかりましたね」
『じゃあやっぱり方術士が持ち出し容疑者だね』
「それ僕が犯人だって言ってます? 怪異が起こっている今現在、後宮に出入りしている方術士は僕だけですし」
『あっ自白した』
「指ささないで下さい。何でそんな、自分が疑われるような条件下でわざわざことに及ばなくちゃいけないんですか」
言い合う二人を面白そうに眺めていた俊輝が、仕切り直すように口を挟む。
「とにかく、螺鈿の鏡と同様に、呪われる危険があったとしてさえも髪飾りを手に入れたい人物がいたわけだな。方術士が珍珠宮の片づけをしていて人目はあったかもしれないが、彼らは宮に不慣れだ。目をかいくぐって櫃に近づくのは簡単だっただろうから、ちょっと目端の利くものならやれる。その人物は今も、髪飾りを持ったまま後宮にいる。で、その理由は?」
「霊力や怨念の強い品を使って、他の妖怪を後宮内で目覚めさせたかったわけですよね。墓を暴いて鏡を取り出し、団扇もわざわざ買い戻しているくらいなので、それはハッキリしてます。しかし、動機がわかりません。目覚めさせてどうしたいのか」
昴宇の疑問に、魅音は首を傾げる。
『んー。素直に考えると、後宮を後宮として機能させないため……? こんな騒ぎのある場所で悠長に子作りなどできませんし、実際してませんもんね、陛下』
「陛下の子を帝位につけたくないのか……? それで得をする者は誰です?」
「待て待て」
俊輝が止めに入った。
「今の状況で俺の子が生まれても、次の皇帝になる可能性は低いぞ」
暗君だった先帝が討たれたので、その子や近親者は流罪や労役など、皆が連座して罰せられている。俊輝が帝位に着いたのは、皇族の遠縁だったことや、これまでの実績に基づいた周囲の後押しが理由で、例外的なものだ。
照帝国では、皇帝の子の中で帝位の継承順位を決める時、生まれた順よりも母親の血統が重視される。
美朱が生んだ子なら候補にはなれるかもしれないが、国が落ち着いた時点で俊輝が皇族や貴族から皇后を迎えれば、そちらの子が優位になる。後継者がらみで子作りを邪魔したいなら、今ではあまりにも早すぎるのだ。
ふと、魅音は思った。
(そっか。陛下は後宮で子作りできなくても構わないんだったっけ。他に皇帝の座につけたい人がいるんだもんね。……もし、それが嘘だったら? 他に何か理由があって後宮を機能させたくないなら、騒ぎを起こす動機になりうるんじゃ……?)
しかし、すぐに彼女は思い直す。
(あ。そもそも、この件を解決するようにと言ったのは陛下だった。陛下も昴宇も、犯人ではなさそうね)
『まあ……理由はともかく、髪飾りを持っている人が怪しいということになるんじゃないですか? 持ち物検査でもします?』
「肌身離さず持っているところを押さえられなければ、意味がありません。順に検査するとして、その話を聞きつけた犯人がどこかに隠してしまったら、元も子もない。できれば、怪しい人物をもう少し絞り込んでからにしたいですね」
そこで、今まで起きた事件を整理してみることになった。
「後宮の怪異の始まりは、牡丹宮のすすり泣きの声と、象牙宮の窓にいた幽鬼、そして鬼火だったな」
『それなんですが、牡丹宮と象牙宮は無視していいと思います。噂の域を出ないものまで数え上げていたらきりがない。あえて言えば、誰かが意図的に噂を流した可能性はあるかもしれませんね』
「意図的に?」
『最初が噂で、そこから鬼火、そして具体的な怪異と進んだので、何か意味があるのかなと思っただけです。私の目にはどうも、最初はおとなしかった怪異が徐々に激化しているように見えて。まあ鬼火はどこにでもいますが』
魅音にとって、人間のいるところなら鬼火は普通にいる、くらいの感覚だ。
『とにかく、絞り込みに不要な情報は除いていきましょう。私が最初に出会った怪異は、青霞の生霊です。後悔していた青霞の念が、蝶の耳飾りにこもっていた』
「それに誰かが近づいて目覚めさせたとして、その人物もまさか生霊だとは思っていなかったでしょうね」
『たぶんね。だって、青霞本人も気づいてなかったんだし。ていうかそもそも、そこにそんな念のこもった耳飾りがあること自体、知らなかったはず』
耳飾りは、青霞が皇后に会った時に彼女が引き寄せて持ってきてしまい、その後は隠していたためだ。生霊だったため、発する霊力も内にこもっていた。
『まあとにかく、実際に耳飾りの念が活発化して青霞自身を襲ったんだから、誰が近づいたのか考えてみましょう。といっても、近づいた人、多いんですよねー。青霞は私や天雪を部屋に招いているし、青霞担当の宦官、それに雨桐はもちろん妃の体調を見て回っている医官やその助手、掃除担当の宮女も入れ替わりが激しかったし』
花籃宮は、品階が決まる前に『とりあえず』妃たちが入っていた場だ。宮女の人数も足りず、手の空いたものが掃除洗濯に出入りしていた。
昴宇がつぶやく。
「そうか、生霊だったということは、変化し続けていたかもしれないな……」
『え? どういうこと?』
「いえ、青霞妃はずっと後悔し続けていたわけですから、それが積もりに積もって、たまたまあの夜に溢れたのかもしれないな……と」
『ちょ、その場合、誰が近づいたとか関係ないじゃない!』
「そ、そうなりますかね」
昴宇が口ごもった。




