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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-5 狐仙妃と宮女のしゃれこうべ
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27 妖怪が目覚める条件

 少々モメた末、結局昴宇が支払いをして、二人は香炉と硯を手に入れた。

「後宮に持ち帰るんですよね? その前に祓い清めた方が」

 店を出て歩きながら、昴宇が言う。しかし、魅音は首を横に振った。

「それはいいから、後宮に着いたら結界に隙間を開けてよ。団扇だってそのまま持ち込んだでしょ」

「あれは『縛』をかけてあるし、何か情報が取れるかもしれないと思ったから……」

「香炉と硯は私が威嚇したから、悪さはしないよ。二つとも付喪神みたい」

 人間が長いこと使い続けた道具には、様々な念が宿って魂を持ち、妖怪になることがあった。それが付喪神である。

「大した力は持っていないし、無害そうだし、別にわざわざ祓わなくても存在してたっていいじゃない。団扇を手に入れた奴が気づかなくてよかった、こっちで保護しておこう」

 後宮の花籃宮に戻ると、雨桐が「お帰りなさいませ」と迎えてくれる。

 部屋に入ってみると、飾り棚に置かれたしゃれこうべの両脇に、線香と菓子が供えてあった。雨桐が気を使ったらしい。

「そ、そろそろこちらのお方、お帰り願いたいのですが」

 可哀想に、雨桐はずっとびくびくしていたようだ。

「うん、もう帰してあげないとね。あ、雨桐、これ」

 魅音は香炉と硯の入った布包みを渡す。

「何ですか?」

「付喪神」

「ひっ」

 雨桐はぎょっとしたものの、あわてて取り落とすようなことはせず、「寝室に置きますから!」と恐る恐る持って行った。

 魅音は再びしゃれこうべを頭に載せると、胸の前で指を立てて手を交差させる仕草をした。彼女の姿が淡く光る。

 次の一瞬。

 昴宇の目の前に、さっきまで魅音がその姿を借りていた、宮女の幽鬼が現れた。

 垂れ目でおちょぼ口の彼女は、胸の前で両手を重ね、頭を深々と下げた。そして、嬉しそうににっこりと微笑み――

 ――ふっ、と光の塊になって、しゃれこうべに吸い込まれていった。

 魅音が目を開き、頭からしゃれこうべを下ろして胸に抱える。

「ふふ、よかった。死者の役に立てることなんて、なかなかないから。だって、もう死んじゃってるんだもん」

「ああ……そういうものかもしれませんね。後悔が残って……」

「うん。だから私、神仙になったら、困っている人が生きているうちに何とかできるよう助けたいと思ってるんだ。さて、ちょっと宮人斜まで送り届けてきまーす」

「はい」

 昴宇はうなずき、そして一言、魅音の手の中の死者に語りかける。

「なるべく早く、あなたの墓、直しますので」

 魅音は「ふふ」と笑うと、被巾で彼女をくるりと包み、外へ出て行った。


 翌日、魅音は花籃宮に青霞を呼んだ。

 持ち帰った香炉と硯、そして団扇を見せる。

「天昌の骨董屋で見つかったものらしいんだけど、見覚えある?」

「あーっ、この香炉と硯、両方とも方勝宮で使われてたものよ。処分したはずなのに!」

 青霞は呆れた様子だ。方勝宮というのは、青霞が今暮らしている宮で、天雪の角杯宮と同じく『嬪』が暮らす宮である。

「あと、こっちの団扇も見覚えがある。妃のどなたかがお使いになってたものだわ。全くもう、縁起が悪いから処分してるのに、戻って来ちゃったら意味がないじゃないの! そういうふうにならないように、どうにかできないかしら。ちょっと、今の尚寝と話し合ってくる」

 彼女はちゃっちゃと立ち上がると、外に出て行った。付き添いの宮女が慌ててついていく。妃になった今も、青霞は仕事脳らしい。

(口出しされた後任が、うっとおしがらないといいんだけど)

 魅音は苦笑する。

 そこへ、昴宇が近寄って来た。青霞とその侍女が、というか魅音以外の女性が来ている時は、やはり下がっている(つまり逃げている)彼である。

「魅音。この団扇の妖怪からも、話を聞いたりはできるでしょうか?」

 昴宇が聞くと、魅音は「うーん」と首を傾げた。

「呼び出してみないとわからないなぁ」

「呼び出す?」

「試してみようか。団扇に憑いている妖怪には悪いけど。昴宇、伊褒妃の時みたいに、何かあったら抑えてね」

 彼女は、棚に置かれた団扇を見つめ、スッと身体を屈める。

 たちまち光に溶けるようにして、魅音は白狐の姿になった。そして、いきなり歯を剥き出し、団扇をカーッと威嚇した。目が赤く光っている。

「ひっ」

 雨桐が部屋の隅で身体をすくませる。

 不意に、カタカタカタ……と何かが振動する音がした。

 香炉と硯だ。卓子の表面で、震えるように細かく動いている。

 その直後──

 ──団扇の女仙が、いきなり身体をよじらせ始めた。キィイイィ、オォォ……という叫び声とも泣き声ともつかない声を発し、そしてついにその手が絹地から突き抜け、魅音につかみかかろうとしてくる。

 グアオッ、と魅音が再び声を上げると、ビクッ、と女仙は怯えて手を引いた。

 昴宇が霊符を取り出し『磔』を唱えると、ゆらゆらと手は元に戻った。すると、香炉と硯も勝手に静かになった。

「ありがとう、昴宇。……ちょっと、会話は無理だった。この団扇に憑いているのは、そこまで高位の妖怪じゃないみたい」

 人の姿に戻った魅音に、昴宇が聞く。

「何をしたんです?」

「いつもならやらないからね、こういうこと」

 そう魅音は断りを入れてから、説明する。

「この団扇の女仙が起こす怪異は、歌うくらいのものだったでしょ。霊力は、強い弱いで言ったら弱い。半分眠ってるような状態にも感じた。もし誰にも買われず、店の倉庫か何かで過ごしていれば、いずれは消えてしまったかも。そこをあえて、強い霊力を思い切り浴びせて目覚めさせたの」

「強い霊力を感じると、妖怪は目覚めるのか……」

「そう。基本的に、妖怪は霊力に引かれるからね、力が欲しくて。この団扇も、目覚めさせたうえで霊力をずーっと与えていれば、強い妖怪になったかもしれない。でも、もう太常寺で眠らせてあげて」

「わかりました。……今のように怪異の起こりがちな後宮だと、近くに強い霊力を持ったものがいる可能性がある。この団扇を琥珀宮に置いていたら、いずれは騒ぎになったかもしれませんね。そして相乗効果で、次々と……」

 昴宇は一度、言葉を切る

 そして、魅音を見た。

「蝶の耳飾りはともかく、螺鈿の鏡と女仙の団扇については、意図的だ」

「うん。一度は祓い清められた後宮に妖怪憑きの品を持ち込み、再び騒ぎを起こそうとしている者がいるんだわ」

 魅音は珍しく、少し不機嫌そうな顔でつぶやいた。

「可哀想に。悪さをしない者まで、無理やり目覚めさせるなんて」

「……団扇も、注文して取り寄せて、後宮内で暴れさせるつもりだったわけですね。結界で持ち込めないとは思わなかったようですが」

 そう言った昴宇は、首をひねる。

「だとしたら、そんな強い霊力を持った人間が後宮にいることに……?」

「ああ、人間に霊力がなくてもいいのよ。強い霊力を発する品さえ持っていれば、同じことが起こるでしょうね」

 魅音が言うと、不意に部屋の隅にいた雨桐が顔を上げた。

「品物が、他の妖怪を目覚めさせる……?」

「そう。長生きな妖怪憑きの品とか、あるいは神仙が作った品とかは霊力が強いわね。何か、気になるものでもあった?」

 質問された雨桐は、すぐに首を横に振る。

「いえ……ただ、後宮には物が溢れておりますので、何か紛れ込んでいても気づけないと思いまして。少々、心配になって参りました。この、花籃宮の中だけでも、おかしなものがないか見回っておくことにいたします」

 雨桐は部屋を出て行った。

ひとつ前の26話を、投稿から1時間の間に読んだ読者さん、後から冒頭に少し書き加えましたので、お手数ですが読んでもらえると嬉しいです! 魅音が昴宇に女嫌いの理由を改めて尋ねる場面です。どこかに入れようと思っていて忘れてた……

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