26 団扇(うちわ)の出所
ふと横を見ると、昴宇はごく普通に魅音と並んで歩いている。
「そういえば昴宇、この姿の私は平気なの?」
「え?」
「外見、魅音とはまた違う女ですけど」
「生者じゃないじゃないですか」
「まあね。……ねぇ、やっぱり気になるな。どうして女が苦手なの? 教えてくれれば、何か私にできることがあるかもしれないよ」
顔を覗き込むようにして聞くと、昴宇は歩き続けながらも、しばし黙り込む。
そして、考え考え、口を開いた。
「……あえて言えば、信仰する女神に嫌われないようにしているうちに自然と……ですかね。十年以上前からなので、気にしないで下さい」
「よ、よほど嫉妬深い女神なのね」
どの女神だろう、と考えているうちに、東市場が見えてきた。
骨董屋は、東市場にほど近い路地にあった。なかなか広い店だったが、所狭しと骨董品が並んでいるため狭苦しく、窓や入口からの外光も遮られて薄暗い。
「失礼」
「いらっしゃいませ。ああ、術士様!」
昨日、団扇を持ってきた男が、両手を胸の前で重ねて頭を下げる。あまり身体を曲げられない様子なのは、もしかしたらまだ腰が痛いのかもしれない。
「少々お待ち下さい。ご主人様! 術士様がいらっしゃいました!」
彼は一度奥に引っ込み、やがて腰の曲がった白髪の老人を支えながら出てきた。この老人が店主だ。
魅音と昴宇は、揃って挨拶をする。
昴宇が口を開いた。
「今日は、女仙と蓮の花が刺繍された団扇について伺いたいのだが」
「あ? 何とおっしゃいました?」
主人はだいぶ耳が遠くなっているようで、聞き返す。
役夫も交えてやりとりをした結果、団扇を注文した客について、こんな様子がわかってきた。
「わしが一人でいる時に、あの客が来たんでございます。官服姿で、若かったですなぁ」
「官服。男でしょうか?」
「どうでしょうなぁ。背はあなた様よりは低かったか……声は割と高かったような」
皇城に勤める男性が一般的に着る官服は、裾の長い喉元が詰まった上着、下に袴をはいて靴という形だ。声が高いといわれると、女性が変装していたのかもしれないが、男でも声の高い者はいるし、男性機能を失っている宦官も比較的声は高い。昴宇より背が低いと言われても、昴宇はひょろっとしてはいるものの男性の中でも高身長な方なので、これだけでは性別は絞り込めない。
(この薄暗いお店の中じゃ、ご老人じゃなくても顔は覚えてなかったかもね)
魅音は思いながら、今度は団扇のことを尋ねてみることにした。
「ご主人、あの女仙の団扇は、どこで手に入れたものなんですか?」
蝶の耳飾りや螺鈿の鏡の例からいって、おそらく団扇もかつては後宮にあったものではないかと、彼女は予想していた。どのようにしてこの店に入荷されてきたのか。
「あれはですなぁ、あー、ほら、子威のとこ……」
「えっ、ご主人様、またあいつから仕入れたんですか?」
男は軽く目を見張り、そして後ろめたそうに魅音と昴宇を見る。
「珍しい品を仕入れては、売りつけてくる奴がいるんです。あっ、いや、盗品とかではないと思うんですけれど……品はいいのに、ちょっと出所が曖昧で」
出所が曖昧なら盗品かもしれないわけだが、彼も目をつぶっているのかもしれない。
昴宇はあえて突っ込むことはせず、
「その子威という人物、紹介して下さい」
と言った。
子威というのは、天昌の外れで一人暮らしをしている中年男だった。一見普通の民家に暮らしているが、一歩中に入ると骨董屋と同じくらいモノが溢れている。
今度は魅音が前に出て、骨董屋で紹介されて来たと話した。
「ここで珍しい品を扱ってると聞いたの。うちの奥様が、人が持っていないような品が欲しいっていうのよ」
「おお、それならきっと何か見つかるよ、見てってくれ」
子威は得意げに、魅音と昴宇を家の一角に案内した。
「このあたり、ご婦人は好みなんじゃないか? 最近仕入れたんだ! 他じゃあちょっと手に入らないと思うぜ」
「言うじゃないの。どれどれ?」
棚に並べられた小物類や、土間に置かれた家具は、こんな家に似つかわしくないほど高級そうだ。状態もいい。
「へぇ、なかなかいいわね。ゆっくり見させてもらうわ」
感心した魅音は、子威を振り向いた。
「奥様だけじゃなくて、うちの旦那様のお気に召すものもありそうね。そこにいる男に、何か他にもおすすめがあったら見せてやってくれない?」
昴宇はギョッと目を剥いた。まるで彼を下男扱いである。
しかし、彼はすぐに気がついた。
(子威の目を逸らして、何かやりたいんだな)
「あっ。あそこにある掛け軸は何だ?」
いきなり振り向いた昴宇は背後を指さすと、そちらに向かって歩き出した。
「近くで見たい。ずいぶん高いところにかかってるぞ、下ろしてくれ」
「わかったわかった、ちょっと待て」
子威が昴宇についていく。
二人が離れたのを見計らって、魅音はもう一度、高級な品物が並ぶあたりに向き直った。
彼女の目が光り、頭にふわふわの耳が飛び出す。ふわっ、と霊力が溢れる。
(私の霊力を、少しだけど分け与えてあげるわ。もしこの中に妖怪や怨霊がいたら、霊力欲しさに姿を現すはず……)
その瞬間、脚つきの青磁の香炉と、凝った意匠の硯が、カタカタと震えだした。二つの品の周りに青黒い靄が湧き出し、やがてゆらりと宙に浮かぶ。
魅音は両手を伸ばすと、ガッ、とその二つを上から抑えつけるように掴んだ。
(暴れるでない。どちらの力が上か、わかるだろう?)
細い悲鳴のような声が何重にも重なって聞こえたが、やがて静かになる。
「……店主さん、ちょっと」
魅音が呼ぶと、男たちは二人とも戻ってきた。
にっこり微笑んで、魅音は言う。
「こっちの香炉、いただこうと思って」
「おっ、お目が高いねぇ」
子威は、悪そうな表情で声を潜めた。
「実はさ、このへんの品は全部、後宮で使われていた由緒ある品なんだ」
「後宮?」
何も知らない体で魅音が聞くと、彼は得意げにうなずく。
「先帝の後宮が解散になった後、結構な数の品が流れてきたんだよ。それを見逃す俺サマではない、ってわけさ。ああ、その香炉の値段は……」
「先に言っておくけど、内側が汚れてるからまけてね」
「おおう。ま、いいだろう」
子威は苦笑いして、値段を言った。魅音はうなる。
「うーん……迷うところね。あ、こっちの硯も一緒に買うといったら? 二つでこれでどう?」
指で値段を示すと、子威は笑い出した。
「おいおい、こっちも商売なんだから勘弁してくれよ。しかし……ま、これくらいなら」
新たな値段が提示される。
魅音はうなずいた。
「仕方ないわねぇ。それで手を打つわ」
「ははは、しっかりしてらぁ。どうりで、おたくの奥様があんたに買い物を任せるわけだ」
「うふふ、それほどでも」
商談が成立した二人は、握手を交わす。魅音はニコニコしながら、昴宇を見た。
「昴宇、支払って」
「僕ですか⁉」




