23 魅音と美朱の調べもの
尚宮局に行ってみると、すでに連絡が行っていたようで、書庫のような場所に案内された。区分けされた棚に、巻物になっている資料がぎっしり詰まっている。
「先帝時代の後宮の人の流れ、特に後宮から出たり亡くなったりした人について知りたいの」
欲しい資料を伝えて出してもらい、借りだす手続きをした魅音は、それを持って珊瑚宮へと向かった。巻物は、雨桐と二人でギリギリ持てる量である。
(これ全部、隅々まで目を通すとなると、かなり時間かかりそうだぁ)
書物を読むのは好きだが、こういうのはちょっと……とうんざりする魅音である。
珊瑚宮では、美朱が待っていた。
「ご苦労様。じゃあ、手分けして少しずつ見てみましょう」
「めちゃくちゃ量がありますよぉ」
「それはそうでしょう、先帝時代は妃も宮女も、とんでもない人数だったそうだから」
美朱はわかっていたようで、スッと巻物に手を伸ばして書名を確認し始めた。
「これとこれは、妃ひとりひとりの記録ね。それぞれの妃を担当した侍女と宦官が記したものだわ。それと……こちらはまとめて時系列になってるわね。どの妃がいつ後宮に来ていつ出て行ったか、あるいは亡くなったか」
「私、宮女の記録を見てみます」
魅音は、一番気になっていた人事記録を開いた。珊瑚宮のものだ。
(伊褒妃の侍女だった人が、今の後宮に残っていないかしら。詳しい話が聞けるかも)
伊褒妃が死んだ頃の記録を見ると、当時侍女だった数名の名前がわかった。一人は今も後宮に残っている。
「美朱様、この宮女に話を聞きたいので、ちょっと行ってきます」
「あら、ここに呼べばいいじゃない。私も聞きたいわ」
美朱はさらりと言った。自分で動きたがる魅音に対して、人を使うのに慣れている美朱である。
彼女は自分の宦官に、当時の侍女をここに呼ぶように命じた。対外的な業務を負う宦官は、了承してすぐに出ていく。
やがて、一人の宮女がおずおずとやってきた。両手を胸の前で重ねて頭を下げる。
「お、お呼びでしょうか」
「この鏡、見覚えはある?」
前置きなしで美朱がズバリと聞くと、宮女は目を見張った。
「……! その鏡は、伊褒様の!」
「あなた、伊褒妃の侍女だったそうね。やはりこれは伊褒妃のものなの? 間違いはない?」
「はい……」
宮女はうろたえながらも、はっきりとうなずく。
「背面の絵柄、伊褒様がお考えになって、注文したものなんです。この世に一つのもののはずです。だから……。でも、あの、どうしてここに……」
「いつの間にか珊瑚宮にあったのよ。伊褒妃の元侍女は、今は後宮にあなたしか残っていないようだけど、あなたが保管していて置きに来たわけではないのね?」
美朱は確認しただけだったのだが、宮女は目を見開いて真っ青になり――
――ガクガクと震え出した。
「わ、私、墓荒らしをしたと、疑われているのですか……?」
「え?」
魅音と美朱は顔を見合わせ、そして美朱が改めて尋ねる。
「もしかして、伊褒妃が亡くなった時、鏡は棺に入れたの?」
「そ、そうです。私が、この手で、入れました。伊褒様がとても気に入ってらした鏡で……伊褒様のように徳の高いお方ならきっと、神仙の国に迎え入れられるから、身の回りの物をお持ちになった方がいいと思って……でもその後は知りません、私は盗んでいません!」
「ありがとう。あなたを疑ってなどいないわ、どなたの鏡だったのか確認したかっただけ」
美朱がなだめる。
「でも、となると、誰かがお墓を暴いたかもしれないのね」
「はい……」
宮女は少し落ち着いたようだったが、しくしくと泣き出した。
「ひどい。あんな悲しい亡くなり方をしたのに、お墓まで……」
魅音は、吊り目の顔に可能な限りの、いたわりの表情を浮かべた。
「本当にひどいわね。後宮にあるってことは、関係者が後宮の中にいるかもしれないわ。しかるべき部署に報告して、盗んだ犯人を捕まえてもらいましょ。それまでは、色々調べてるってことがバレないように黙っていてね」
「は、はい。決して言いません。どうか、よろしくお願いいたします!」
宮女は真っ赤な目で頭を下げた。
仕事に戻る宮女を見送った後、魅音は美朱に尋ねた。
「後宮で亡くなったお妃たちは、どこに葬られるんですか?」
「天昌から出て西の、ほど近いところに陵墓があるわ。伊褒妃もそこに埋葬されているはずよ」
「じゃあ、そこに行って鏡を手に入れた人がいる……」
(鏡には伊褒妃の怨念が憑いていたから、結界が張られる前じゃないと後宮には持ち込めない。さらに、後宮では鎮魂の儀式があったから、その時に後宮に鏡があったら怨霊は鎮められて、あそこまでの力はなかったはず。となると、持ち込まれたのは儀式の後で、結界が張られる前? はは、私が後宮に来た頃だわ。私が持ち込んだんじゃないけどね!)
美朱が切れ長の目を彼女に向ける。
「お墓から盗んだ後、外で売らずに後宮に持ち込んだなら、お金が目的ではないということかしら。でも、お墓を暴いたりしたら呪われる、って恐れるのが普通よね」
「確かに。伊褒妃の死の理由を知っている者なら、なおさらです」
「理由と言えば、伊褒妃の怨霊が『女たちを救いたい』と言っていたのも気になっているのよね。伊褒妃の望みと、持ち込んだ人間の目的とは、関係があるのかしら」
しばらく考え込んでいた美朱だったが、結局、ため息をついた。
「想像ばかりではどうにもならないわね。とにかく、陵墓を誰かに確認させないと。他の妃の墓からも、怨霊の宿った品が盗まれたら困るし」
「そうですね。今は方術士が後宮に結界を張っているそうなので、怨霊付きの品が新たに後宮に入ることはないと思いますが、確認は必要です。よし、見てこようっと」
あっさりという魅音に、美朱は目を見開く。
「魅音が自分で?」
「あっ、いえ、誰かに行ってもらいますよぉ、もちろん!」
またもや自分で行くつもりで、うっかり口を滑らせた魅音である。
「じゃあそろそろ、失礼しますね」
腰を浮かせると、美朱が手を上げて止めた。
「待って、昼食は? 今日はここで食事していく約束だったでしょう」
彼女が侍女を呼ぶと、やがて料理が運ばれてきた。
「魅音の好きな卵、ちゃんと用意させたわよ」
先日、朝食を珊瑚宮で食べた時にゆで卵をねだったので、魅音の卵好きはバレている。
皿の上には、まるで鳥の巣のように丸く盛られた色鮮やかな野菜、そしてその真ん中に煮卵が載っていた。ただ煮ただけではないようで、煮汁の沁み方が不思議な模様になっている。
魅音はついつい、皿を手に取って捧げ持ち、顔を近づけた。
「何ですか、変わった模様! んー、いい香り」
「私の実家ではよく出るの。卵をお茶と香草で煮たものよ。茹で卵の殻にヒビを入れた状態で煮ると、こんな模様がつくんですって。ああ、こっちの春巻きは、卵と肉ときくらげと……まあ色々ね。さぁ、どうぞ」
「いただきます!」
魅音は目をキラキラさせながら、煮卵をかじる。ぷりぷりした白身と、ほろっと崩れる黄身に、深みのある茶の味と香草の芳しさがじんわりと沁みていく。
「美味しーい!」
「本当に美味しそうに食べるわね」
美朱が珍しく、ふふ、と笑う。いつもより少し幼く見える笑顔は、彼女がまだ十七歳であることを思い出させた。
「そうだわ、そんなに卵が好きなら、花籃宮で鶏を育てたらどう? 毎朝、生みたてが食べられるじゃない」
魅音は一瞬だけ箸を止めたけれど、すぐに食事を続けながら答える。
「うーん、私には育てられる気がしないし、今は宮女が少ないから、雨桐の仕事を増やしたら怒られちゃいます!」
(さすがに、飼ってもすぐに後宮を出ちゃうしね……)
寂しさがうっすらと、胸の奥を行き過ぎた。
「美朱様、他に気になる資料はありました?」
「今のところはないけれど、時間を見つけて目を通しておくわね」
「あっ、いえ、私がやります! 持って帰ります!」
魅音はあわてて申し出た。皇后のいない後宮で最高位にいる美朱は、儀式や行事などでこなさなくてはならない役割があり、そこそこ忙しい。
「私が見たいのよ。魅音もいつでも、見に来てちょうだい」
美朱は優しく微笑んだのだった。




