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僕は僕の書いた小説を知らない  作者: Q7/喜友名トト


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プロローグ 2015年4月24日

本日9/13 書籍版が発売になりますので、宣伝もかねた記念短編です。


時系列的には本編開始前の「プロローグ」ですが、多分本編をお読みいただいたあとに読まれると良いのではないかと思います。


また、書籍についての情報は活動報告をご覧いただければ幸いです

2015年 4月24日


 やる気がしねぇ。

 俺は溜息をつくと、PCを置いてあるデスクに顔を伏せた。


 別に体調が悪いわけでも、精神的に問題を抱えているわけではないけど、なんとなくダルイ。


 やる気がでないときにはこうしましょう、みたいな話はよく見聞きする。

 気分転換に散歩してみましょうとか、15分だけと時間を決めて無理やり取り組んでみましょう、とか。まあそれは一理どころか百理くらいはあるんだろうけど、今の俺には意味がなさそうだった。


 そういう『やる気を出す方法』というのは、ある程度やる気がある場合にしか有効ではないのだ。そういうことを試そうとも思わない事実こそが、俺が別にやんなくてもいいや、と思っている証拠だ。


「いいか。明日からやりゃ済むことだぜ」


 今日はもうやんねぇよ、ってことを明確にするためにあえてそう口に出す。で、PCの電源を落とし、ベッドにダイブする俺。


 結局、今日は一文字も書かなかった。二年ほど前に作家デビューした俺はこの春に大学を卒業している。就職活動に失敗したため、やむなく専業作家として暮らし始めているわけなので、本当は毎日ちゃんと執筆を続けるべきなんだろうけど、まあ、こんな日もあるさ。

 サラリーマンだろうと学生だろうと、一生懸命毎日生きてるやつなんてそうはいないはずだし、そういう意味では別にいいだろ。俺の好きなハードボイルド小説の主人公たちだって、しょっちゅう朝から酒飲んで寝てたりするし、OKだ。


 そんなことを考えつつスマホをいじっていると、妹の日向からメッセージが届いていた。


〈進路決めた。前はお兄と同じ大学にしようかなー、って話ちょっとしたけど、偏差値的にもうちょっと上も狙えそうだし〉


 へぇ。と俺は口笛を吹いた。アイツも高校生なりに色々考えてるみたいだ。五年前に妹になった日向ももう高校三年生。アイツはどんな大人になるんだろうな、上手いこといきゃいいけど、なんてたまには兄貴らしいことを思いつつ、すぐにメッセージを打つ。


〈そーかよ。まあ頑張れ。なんか必要なものとかやってほしいことあったら一応言え〉


 すぐに返信が来た。


〈まぢで? やった! じゃーどうしよっかなー?〉


〈言えとは言ったが、叶えるとは言ってないぜ。無理なことだったら普通に無視する〉


〈は? なにそれ、じゃあ意味ないじゃん!〉


 うるせぇ野郎だな。俺はなおも鳴り続ける着信音がうっとうしいのでひとまずスマホをサイレントモードに切り替えた。


『出来ねぇことは何もしねぇよ』ってのは『出来ることならなんでもやるぞ』と同義なのだが、それを説明してやるほど俺は甘くはない。現代文の勉強だと思って作者の心情でも考えてろよ受験生。


 日向とのやり取りを終えた俺はとりあえずシャワーを浴びて着替えることにした。

 昨日は新作小説のネタを考えることに終始して外出をしていないので、今日は出ることにしよう。


 クローゼットにかけてあるいくつかのライダースジャケットのなかから、俺的には『よそゆき』に分類しているものを取り出し、羽織る。で、考える。

 外出はしたい気分だが、何をするかは決めていないのだ。さて、どうすっか。


 数少ない友達の修に連絡を取って飲みに行く……。先週も行ったな。また今度でいいか。話したいことはあるけど、アイツは今論文に取り掛かっているところだったから、忙しいかもしれない。


 ジムに行ってサンドバッグを叩く……。最近鍛えてないし体が鈍ってきたからいいかもしれないけど、たしか25日はあのジムのサービスデーだ。混んでそうだから明日にしよう。


 今使っているスマホが壊れかけなので機種変更をしてくる……。めんどくせぇな。完全に壊れてからでいいか。


 最近、あんまり女っけのない生活をしているので、ナンパでもしてみる……。ねぇな。


 色々考えたが、結局俺は、適当にツーリングしてどっかのサウナに入る、酒が飲みたくなったら飲み、近場のカプセルホテルに泊まる、というフリーダム極まりない一日を過ごすことに決めた。


 アパートを出て、CB750に跨る。うるさ過ぎないエンジン音とスムーズな走行、で一番大事な『カッコよさ』を兼ね備えたHONDAのバイクは、俺の愛車だ。


 ……いいんだよ。ハードボイルドってのには一定のナルシズムが必要なんだ。それに別に人に言うわけじゃないし、思ってるだけだから。


 しばらく海沿いの道を走り、高速に乗って横浜方面に向かう。


 春先とは言え、バイクに乗ると風は冷たい。でもそれが気持ちいい。はためくジャケットや後ろに流れていく景色が、気分を爽快にしてくれた。


 そうこうしているうちに昼になったので、ラーメン屋に入る。ここの大将である禿げ頭の親父は、非常に無口で愛想のない人ではあるが、俺は好きだ。あとラーメンも旨い。


 さらにしばらく走って胃袋がこなれたタイミングでサウナ付きのカプセルホテルにチェックイン。今日はもうここで一日を終えるつもりだ。要するに風呂入って酒飲んだら寝る。


 サウナは気持ちよかったし、その後のビールも最高だった。


 穴倉のようなカプセルの中に入って、目を閉じる。

「進まなかったな、今日」


 ちょっとした罪悪感のようなものが芽生え、小さく呟いてしまった。


 進まなかった、っていうのは俺の仕事、つまりは原稿のことだ。別に一日くらい大したことじゃないが、ここしばらく、つまりは大学を卒業したあたりからこういう日がポツポツと増えてきているように思えた。通うべき場所がなくなり、自由な時間が増えたから、かもしれない。


「ま、いいか」


 かといって、別に深刻になるようなことじゃない。今日一日は自由気ままに過ごしたし、楽しかった。それはそれでいいことだし、こういうことがネタに繋がったりするのも事実だ。だから、無駄にした、なんて思っていない。


 よく、今日という日は二度とこないんだぞ! なんて言葉を見聞きする。それはたいていは自己啓発本の類や教育者の説教だけど、俺はそれを聴くたびに、嘘くせぇな、と思っている。


 本当に? アンタは本当に今日という一日をそんなに貴重で大事に感じていて、毎日を真剣に生きてんの?


 明日をも知れない重病人でもないアンタが、特別なイベントがあるわけでもない一日を?


 百歩譲って、自己啓発本を執筆できるような人は、毎日忙しくて一日で出来ることもスゲー多いのかもしれない。けど、普通の学生やサラリーマンや、たいして売れてもいない小説家でもそれって同じなのかよ。


理屈は理解するさ、今日という日は貴重だ。でも理解と納得は違う。実感できないし、だから納得できない。昨日は今日だったし、明日だって今日になる。そしてそれはこれからずっと変わらず続いていく。


少なくとも俺はそう思っている。いや、違うな。突然心臓麻痺で死んじまう可能性があることは知ってるから『思って』はいない。『感じて』いる。


 ……なんてことを眠る前に考えるあたり、ちょっと気にしてんだろうなぁ、俺。

でもとりあえず寝るか。


2015年4月25日


 チェックアウト限界時間まで寝た俺は、ノソノソとカプセルから抜け出してシャワーを浴びると、再びバイクに跨った。さすがに、今日は家に帰って原稿をやろう。


 なんて、前向きな気分になったのは、さっきいいアイディアを思いついたからだ。

 タイトルは『悪魔を騙す者』、イイ感じだ。


 気分転換によって新たな着想が得られる、無意識のうちに頭が整理されてなにか思いつく、というのは別に小説家じゃなくてもままあることだろうけど、こういうときの俺はやっぱり人一倍テンションが上がる。


 ほらみろ、やっぱりダラダラする日も重要で、無駄ってわけじゃないんだ。こうやって日々生きている結果として、人生ってのものは進んだりするもんなんだ。


 気のせいか、昨日よりもアクセルが軽い。ついつい飛ばしてしまいそうになるけどそれは我慢だ。俺は意外と安全運転ライダーだからな。


 こうして対向車線や歩道の状態にもちゃんと目を配……。


「っ!!」


 なんだあの子ども、飛び出すな、トラック来てんぞ、親! 目を離すな! 


 極限状態においては、アドレナリンの過剰分泌によって人間の思考は加速する、という話が事実だったと知った俺は、次の瞬間に目撃する。


飛び出してきた子どもを避けようとしてハンドルを切った対向車がこちらに迫ってくる様子を。信じられない話だけど、驚愕している表情のドライバーの顔の染みまでわかった。


轟音と衝撃、激痛。

虚ろな思考と、頭部に感じる熱、流れる液体の感触。

ああ、よかっ……あの子どもは、大丈夫……な……


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― 新着の感想 ―
読了。全文にシビれる! あこがれるゥ! もし、ラストを私小説に変えなかったら、途中の『引き継いでいった』主人公たちは、主人公として輝かなかったと思います。 あとヒロインとの関係性も、王道で良きもので…
[良い点] 痺れた。心が殴られた。
[一言] 痺れました。
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