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僕は僕の書いた小説を知らない  作者: Q7/喜友名トト


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30/35

10/30 コイツはヘヴィだ

10/30 月曜日 PM12:15


 俺は今から小説を読む。ここまでの引継ぎで置かれた状況を理解した今、とても読む気にはなれなかったがそれでも読む。それは、昨日の俺からの依頼、いや命令だったからだ。


小説を読め。読め。読め! いいから読め!


 PC内のテキストデータだけではない。部屋中のいたるところに張られた紙にマジックでそう書きなぐられている。ご丁寧に小説自体も印刷されてクリップでまとめられてもいた。


 なにか、重要なことなのだろうと思えた。

 気は進まないが、やるしかない。俺は、書いた覚えのない小説を、過去の俺たちが作り出した膨大な文字の山に手をかけた。


 『もうダメ』な俺がやるべきたった一つのこと。それは、これを読むことだ。


「読むさ。読めば、いいんだろ」


 書き出しは、スムーズだった。繊細な情景描写のなかに突如挟まれる違和感に、次の行が読みたくなる。


 一ページが終わった。たった一ページのなかに、捻りのきいたブラックジョークがあって吹き出したし、知らなかった雑学が自然に挿入されていて、妙に感心してしまう。そしてページが終わるころには物語が動き始めたことがわかる。それも、なにか刺激的な出来事が起こっていると読み取れる。


 小説は最初が一番肝心だという。読者はここでこの小説の続きを読むかどうか判断するので、このあとどれだけ面白くなろうと書き出しがダメならそれは駄作となるからだ。


 この一ページは、良く書けている。何度も何度も検討して、言葉を厳選して紡いだことがわかる。


 気が付けば、ページをめくる手が加速していた。


 登場人物が出そろっていく。それぞれの人物描写から彼らの生きてきた歴史と背景が読み取れる。それなのに文章量自体はかなり抑えてあり、読み疲れない。これから彼らに起こるであろう出来事に興味がわく。クズ、良い奴、異常者、偽善者、表立ってわかりやすい人格に秘められた、それ以外の様々な要素が、彼らにリアリティを与えている。


 誰一人として、物語の類型としてありがちな人間がいない。一人一人を考え抜いて生み出したことが伝わってくる。


 さらにページをめくる。

 中盤はおそらく意図的に文体を軽くしている。あっさり目の描写で次々と物語を進めている。目が離せなくなる。このあたりから目立つようになったヒロインがとてもイキイキとしていた。天真爛漫で個性的なようでいて、本当は知的で鋭い感性をもっている彼女に好感が持てた。


 これを俺が書いたのか? という疑問。ああ俺が書いてるな、という納得。


 二つの感情が俺の中に溢れた。


 こんなに考え抜かれた文章と人物をこんな状態の俺が? そう思う一方で、文体や展開のクセがまさに俺の好みに沿っている。書いた記憶はないけど、それでもこの紙のなかで展開されている世界は、俺の良く知る匂いを漂わせていた。ただ記憶にあるほかの作品よりも、ずっと濃く、強い匂いだ。


 ページをめくる手がゆっくりになった。展開に飽きたのではない。じっくりと読もうと思ったからだ。


 登場人物一人一人が、それぞれの信念のために動いている。愛だったり、復讐だったり、ただの欲望だったり、使命感だったり。一人の人間として俺は、そのすべてに納得できたし感情移入が出来た。これはきっと書いた本人だから、というだけじゃない。人間が大なり小なりもっている『それ』を見つめて、丁寧に丹念に真剣に描写した結果だ。


 リズムやメロディを感じさせる文体、過去にそう評されたこともある俺の特徴。それがこの小説の中ではさらに際立っていた。重要なシーンでは重く、明るいシーンでは軽妙に。メリハリよく強弱が意識された文章は、見るおのでありながら音楽を感じることが出来た。


 腹の音がなった。俺は腹が減っているらしい。だが無視した。今は、この先を『読まなければならない』。


 さらにページをめくる。


 まったく違う道のり歩んできた登場人物たちの人生が交差しはじめた。立体的に計算された彼らは、互いに影響を与えあい、物語世界を前に進めていく。応援したくなったり、死んでしまえと思えたり。


 読んでいてニヤついてしまうような恋の描写に驚かされた。俺にこんなものが書けるとは思わなかった。これを書いた日の俺はどうしたんだろう?


 また酒の描写が出てきた。でも旨そうだった。飲みたいし、この登場人物はきっとこれが好きだと感じられる。


 ページをめくる。焦って二枚めくってしまった。落ち着け。一枚戻る。


 登場人物の一人が死んだ。叫びたくなるほどの衝撃だった。こいつが? まさかなんで? それがこの先わかるのか? もう飛ばして最後だけ読もうかと思ったが、それはこらえておく。


 喉が渇いた。そういえばもう何時間も水を飲んでいない。でも冷蔵庫まで移動する時間がもったいない。俺は、この先を『読みたい』


 めくる。めくる。気が付けば、あと数ページで終わりだ。

 嘘だろ? この世界があと少しで終わるのか? 不意に焦燥感が走る。

 でも手も目も止まらない。あとは明日、なんて贅沢な楽しみは俺には出来ない。


 あと一ページ。主人公の独白がはいる。

 力強い言葉の群れ。まるで、頭を両手で鷲掴みにされて目の前で叫ばれているような迫力。


 そして最後の一行。


「……は?」


 声を出してしまった。え? っていうことはなんだ? 途中から全部……?

 ああ!! そういうことか!! 


 物語全体に仕掛けられていたトリックに、震えた。ただビックリさせるだけのそれではない。この物語全体のテーマを強く伝えるためのギミックとして、重く、深く突き刺さるそれは、そう、まるで魔法のようだった。


「……なんだよ、これ……」


 声が出ていた。すっかり日が暮れて暗くなった部屋のなかで、一人でつぶやく。

 体中に電撃が走ったようだった。たかが文字の羅列で、しかも自分が書いたものなのに、俺は、たしかに、痺れていた。


 涙が出ていた。俺は、俺の文章が、物語が好きだ。それをネタバレ抜きで読めた。それも自信をもって最高傑作だと言える物語を。


この痺れはそのせいもある。こんな経験が出来た作家は、俺以外絶対にいないはずだ。

つい、最初からもう一度読み返そうとページを……。


「ダメだ」


自分を制すために、あえてそう口にする。今分かった。俺には、もう時間のない今日の俺には、ほかにやるべきことが、ある。


体に、火が入った。

過去の自分が残した物語によって走った電流が、俺のなかで小さな火種となった。一度は燃え尽き、灰となったはずのそれに、小さく、でもとても熱い火が起きた。


俺は、再びPCを起動し、テキストファイルを二つ起動させた。一つは、引継ぎ。もう一度、読み返す。今度は、今朝読んだ時のように、混乱と絶望を感じながらではない。ここに書かれていることが、きっと俺の火を大きくする力となると感じる。


日向との些細な会話や修との飲んだこと、そして新しく知り合った女の子が、俺にこの小説を読ませてくれたこと。


覚えていない出来事たちが、俺の中の火に触れる。そして燃えていく。大きく、燃え盛る炎へと変わるのを感じる。


そして開いたテキストファイルのもう一つは。


新作。


今読んだこれではない。新たなる作品。



「……ふーっ」


溜息のように聞こえるかもしれないこれは、けして溜息じゃない。深く、脳内に酸素をみたし、新しい戦いに挑むための準備だ。目を閉じ、書くべきことを決める。その答えは、過去にあった。たとえ覚えていなくてもだ。


このままなんて、終われるか。あの作品を書いた岸本アキラが、ハゲのパクリ野郎のせいで終わってたまるか。いや、終わるはずがない。そう信じられる。記憶のない二年間が俺に残したものが、その力となる。


「こいつは、ヘヴィだ」


 カッコつけた軽口を叩いて見せた。


一か月。それが俺に与えられた時間だ。新作を熊川さんに送って、OKをもらい、出版にこぎつける。もともと開けってもらっていた2月に間に合わせるためには、これを一か月で行わなければならない。


だが、書くことは決まっている。時間がないため、これしかテーマはありえない。

一番簡単に書くことが出来て、そして今となっては劇的でもあるこれ。


そして文体もいつもとは変える。もっと軽くだ。時間のこともあるが、このテーマならばあえてフランクな文体のほうがいい。


「やってやる……!」


 俺は、猛烈な勢いで新作の一行目となる文章を叩き、作り出した。


≪2017年 4/17 月曜日 AM6:30


 枕元でうるさくがなり立てるスマホのアラーム。

 起きろ起きろ起きろ、ほらほら早くしろ、そう言わんばかりにどんどんボリュームが大きなっていくそれを止めようと、俺は目を開けて、起き上がった≫




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