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僕は僕の書いた小説を知らない  作者: Q7/喜友名トト


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25/35

10/4→10/20 行け、飛べ

10/4 水曜日 PM4:15


 よし。昨日書いているところまでは読み終えた。書いたことを覚えてないから続きを書くための整合性のために一言一句集中して読むから時間がかかりすぎている。

 よし書くか。と思ったが、その前にメシだ。朝飯にはチキンバーガーを食べたが、もうストックがない。近所のファストフード店に行って、エビカツバーガーを20個くらい買ってこよう。


 よし、買ってきた。冷凍庫にぶち込む。賞味期限など気にしない。『冷凍は永遠』を合言葉に。ファストフード店の店員が不審な目で俺をみていたことも気にしない。


 さて、続きだ。


10/17 火曜日 PM5:15


 もう少しだ。もう少しで終わる。それにしても、よくここまで書いてこれたもんだと思う。過去の自分にスタンディングオベーションだ。


 修から『原稿どう?』とLINEが来ていた。一か月ほど前に、締切近いからしばらく忙しいかも、と送っていたようなので、心配してくれているのかもしれない。


 ゴールが見えてきた。終わったら飲みに行こうぜ、と返しておく。


 翼、という女性からもLINEが来ていた。


 『やっほう。最近、あんまり会わないね。元気?』


 覚えてない人だが、引継ぎと小説の描写で人間性を知っているためか、文面から声が聞こえた気がした。耳に心地の良い弾んだ声。写真なんて撮ってないけど、笑顔を覚えているように思う。


俺はたった一行のメッセージを何度か読み返し、たった一行のメッセージを返信するのに、熟考を重ねた。


 そういえばそうだな。今ちょっと小説に集中してんだよ。来週くらいには暇になる。


 メッセージを送信するとき、指先が少しだけ震えた。


 妙な感覚だ、とも思うけど、納得できる部分もある。例えば漫画や映画のキャラクターに恋をする人はいるらしい。そしてこの翼さんは、今のところ俺が世界一面白いと思っている今日読んだ小説に出てくるキャラクターのモデルらしい。現実と幻想の境界にいる、記憶の靄に包まれた彼女に、俺が特殊な感情を持っていても不思議ではない。


 本当は、彼女についてつきつめて考えたい気持ちもあるけど、今はそれよりも大事なことがある。いや、これが終わらなければ、俺はきっとどこにも進めないから。答えをみつけるためにも、まずは書く。さあ、ラストスパートだ。


10/20 金曜日 PM11:55


 あと5ページで終わる。文量の調節なんてしていないのに、編集の熊川さんに指定されていたページ数ピッタリで終わることがわかる。バラまいてきた伏線がすべて一本の線になり、感じなかったほどのわずかな不自然にピタリとピースがはまり、それが最後の独白に熱を込める。読者の頭を両手で鷲掴みにして揺さぶって、目の前で叫ぶように。


ここからさきは、一気呵成だ。


 あと3ページ。たったの2ページに主人公と作者おれのすべてを懸けたシーンが終わった。あとは、エピローグだ。登場人物たちの戦いと人生に一つの決着がつき、その後も世界は続いていく。爽やかに、でもどこか切なく。もう少しでこの物語が終わることを、読者が惜しんでくれるような、そんな物語を。


 あと1ページ。最後の最後。ラスト一行に、最後の仕掛けだ。えっ!? それなに? ってことは……!? と思わせて、もう一度読ませてやる。痺れろ。俺の物語に、感電しろ。

 


『忘れろ。そんなやつは、最初からいなかったんだ』

 。をつけた。あえてシンプルな台詞でラストだ。


「……終わった……」


 上書き保存をクリックし、両手をだらりと垂らす。目が痛いが、瞼をマッサージするために腕をあげるのも億劫だ。心地よい疲れ、なんてない。シンプルに疲れた。別の世界に浸かりきった頭脳と肉体が、疲れ切っていた。


 酔ったように頭がぼんやりとし、体は重く硬い。ただ、どこかが熱い。

 どこがなのかはハッキリとしない。きっとそれは肉体や頭脳よりも奥にあるどこか、そこが熱を持っていた。さきほどまでは燃えるように滾っていた『そこ』だけが、まだ熱い。


 残り火のようなその熱が、この小説は最高だと俺に伝えてくる。

 感覚としては一日、しかも終盤しか書いていないのに二年の執筆時間がかかった物語。岸本アキラの最高傑作が、産声を上げていた。


 今すぐに、誰かに読ませたい。誰に? インターネットで世界中に公開したいくらいだが、それ以上に読んでほしい人の顔が、覚えていないはずの顔がよぎる。


でも、この場合読ませるべき人が誰なのかってことくらい俺は知っている。

最後の力を振り絞り、俺は熊川さんあてのメールを作成した。お世話になっております、から始まるお決まりのビジネス文体で、本文は三行だけ。そして、大切な、生まれたての物語を添付する。


そして送信。


行け。この世界を引き裂いて、飛べ。光に乗り、行け。読めばわかる。絶対にケチはつけられないはずだ。簡単な直しだけで即OKになって、校正に回され、出版されて、重版されてドラマ化されて映画化して、何万人もの人に読まれて後世に残れ。


行け。飛べ。記憶の無い俺が、二年のときをかけて、ラストチャンスに間に合わせることが出来た渾身の一撃。


行け。過去も未来もない俺が、進んでいく世界のなかに送る物。この夜のことを俺は忘れてしまうし、今の記憶がある俺がこの作品についての感想を知ることもない。

それでも。

行け、飛べ。



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