第六十五話 困惑する魔王様と笑う鍛冶士
包まれていた光が、徐々に小さくなっていきます。先程まで室内を照らしていた光は、もう消え去りました。
「そう言えばこの町は『オリンス』って名前だったのですね」
ボクはポータルの選択肢に出てきた、一覧表のを見て初めて知りました。
「そう言えば、この町の名前を調べたりしませんでした」
ハルもボクの言葉に同意します。
「待っておったぞ、魔坊」
ボクのことをそう呼ぶのは、知っている範囲で1人しかいません。それは鍛冶士連盟の、ギルドマスターです。
振り向いた先には、身長150cmくらいでボクの倍くらいは太い腕と脚、白い五分ガリの髪にお腹くらいまでの長さの髭──そこにいたのは年配のドワーフです。
「お久しぶりです! 意外と早かったですね?」
ボクは普通に挨拶を返します。後ろにいる4人は、登場した人物に対し驚きと恐怖で動けないようです。
「も~う、聞いてくださいっスよ! おやっさんに日が上る前に叩き起こされたんっスよ!」
この語尾に「っスよ!」と付けているのは、彼の直弟子のコカ君です。彼から聞いている、ギルマスの愚痴のほとんどの原因に、ボクが関わっている状況です。
いや~彼の『不幸属性』と言うのか、『巻き込まれ体質』というべきなのかは分かりませんが、ボクが彼を拾い、ギルマスに預けてからの話は何度聞いても「ドンマイ!」としか言えないのですが、それは横に置いておきましょう。
「ふふ。コカ君も元気そうで何よりです!」
笑顔で「諦めてください」と、裏トークしながら挨拶し、それに気づいたコカ君は肩を落としました。
「──あの、お姉様──こちらの方は?」
再起動が早かったのは、ハルでした。
「こちらのドワーフのお爺さんは──」
「ガハハハハハ! ワシは鍛冶士連盟のギルドマスターをしておる、レインだ!
魔坊の作品には色々と刺激されての? ダァハハハハハ!!」
ボクの紹介を遮って、大声で自己紹介します。
「──と言うように、色々と豪快? な方です。何でもリアルでは、刃物を作っているそうで、性格は見ての通りです」
ガァハハハハハと腕を組ながら笑っているレインさんは、大きく頷いています。このゲームを始めた切っ掛けは、現実では制限がかかる『刃物』を思いっきり魔改造する為らしいです。
「自分はコカっスよ! ギルマスの直弟子? みたいな感じっスよ!」
普通は彼のように、有名な鍛冶士に師事するプレイヤーもいるのですが、そんな彼らは『丁稚奉公』なのですが、コカ君の場合は『生け贄or人柱奉公』と言えそうです。
──彼を巻き込んだ人間である以上、絶対に口に出しませんが……。
………
……
…
4人の紹介をしたボクは、レインさんと直ぐに工房に引きこもることが決定しました。
「3日ほど新装備の開発を行うので、その間は4人で行動してもらっていいですか?」
「そうじゃのう、最低でもそれくらいはかかるかの」
立派なアゴヒゲを撫で下ろし、レインさんは肯定します。
「わかった。武器自体はどれくらいで出来るんだ?」
「──モンスター、経験値、美味しい」
シアとキキは、賛成のようです。シアの武器に関しては──。
「そうじゃのう。シアの嬢ちゃんや、腕の装備を外して見せてくれんか?」
一瞬で職人の目に変わったレインさんに驚きながらも、ガントレットを外し、腕を前に差し出します。
「──触るぞ」
触ることにより、相手の癖が分かるとのことですが、ゲーム内で有効なのかはボクには分かりません。
腕と手の触診をしたレインさんは、そしてボクの作った双斧を見ての呟きます。
「──本当に魔坊が鍛冶が苦手なのか、疑わしいのぅ」
「残念ながら、ボクの〈鍛冶〉は死にスキル扱いです。レベルは1桁のままです」
ついーっと視線を反らします。
「──信じられないっスよ! 自分の作品よりスゴすぎっスよ!」
ガーっと頭を掻きむしり、叫ぶコカ君。少し胸が痛いです。
シアを一通り確認し終わったレインさんは、こう言いました。
「明日の朝には、出来上がっているだろうから、ギルドに取りに来い!」
勝手に徹夜が決められました!? ボク自身は予想していただけに、ショックは少ないですが──コカ君は大きく口を開け、固まっています。
「双斧で作れるかな?」
若干引きぎみのシアがレインさんに聞きます。先程までのキリッとした目から、好々爺然とした表情に変わりました。
「任せておけぃ! ワシはこう見えても、トップクラスの鍛冶士じゃ」
その野太い腕で、分厚い胸板をドン! っと叩いて、ニカっと笑うのですが、どうしてもその悪人面が笑うと少し怖いです。
ちなみにミイですが、ボクの後ろに隠れています。
「そ、それでは申し訳ないですが、3日間は別行動でお願いします」
後ろに隠れたミイの頭を撫でながら、皆さんに話しかけます。
「基本的にオリンスから離れない方がいいのでしょうか?」
「そのようにしていただいた方が、ボクも安心ですし、ユウキをもしもの護衛としても使えますし──」
ハルの確認に、ボクはそう答えました。
「それじゃあ、いくぞぃ? 野郎共、出番だ!!」
野太い雄叫びが周囲に響くと、何処からともなく男たちが現れました。
「「「「アイサー!! 魔王様、失礼いたしやす!!」」」」
「え!? いや、ちょっと!!?」
ボクは訳が分からぬまま、テレインの拠点に拉致されました。
「マオが困惑する姿って、珍しいよね!」
ミイがそんな事を言っていた事実と、皆さんが頷いたのをボクが聞いたのは人伝でした。
──ミイの日記より、抜粋──────────
今日はマオが、新装備を作るって話で、オリンスと言う荒野の入り口に構えられた町に戻りました。
眩しかった光が落ち着いてきたとき、私の目の前にはムキムキで、恐い顔をしたお爺さんがいました。
どうやら、マオの知り合いのようです。私は恐くて、マオの後ろに隠れました。
そのお爺さんは有名なギルドのマスターらしく、私たちの新装備を作る手伝いをしてくれるそうです。
──マオの知り合いって、変わった人が多い気がします。
本人には、言えないけどね!
私たちを紹介したあと、レインお爺さんが男の人を呼んで、マオを担いで連れていきました。
初めて見るマオの表情に私は、
「マオが困惑する姿って、珍しいよね!」
──と言っていました。
そんな私の思いとみんな同じだったようで、頷いていました。
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「さて、私たちも強化合宿でもしようか?」
「──モンスター、殺る」
ボクが皆さんと別れたあとの事は、あとで話を聞きましょう!




