97話
ジェイドが帰宅したアトリエでは、サロメとランベールが調律の仕事に向かう準備をしている。お互いに馴染みのお宅。状態は大体わかるため、妙な緊張などはない。元々サロメは誰であってもしないが。
「サロメは本当はわかったんじゃない? お前さんは映画オタクな一面もあるからね」
道具の確認をするサロメに、ルノーがズバリ。なんとなく、反応からそんな気がした。映画。そこにヒントが隠されていた。
それをサロメはあっさりと肯定する。
「まぁね。逆に言えば、あたしらじゃ、『あの映画』を観ていない限り、なかなか思いつかないと思うけど。社長はなんで?」
道具の確認終了。足りないものはたぶんない。あったらあったでいいや、と気楽に考える。
今日の仕事の資料を、ルノーはテーブルでトントンと揃える。
「私は経験があるからね。角砂糖に染み込ませる食べ方、いや、『飲み方』と言ったほうが合ってるかな。そこから発展すれば、どういうことかわかってくる」
「? なんの話ですか? サロメもわかってるなら教えろよ」
二人で先ほどの内容を擦り合わせているのに、ひとり取り残されたランベールはモヤモヤしていた。結局わからずじまい。その尻尾さえ掴んでいない。
だが、当然のようにサロメは拒否する。
「いやよ。なんであたしがそんなこと」
お金にならないことはしない。ある意味ではプロフェッショナル。
だが、ランベールもカードを一枚持っている。それを今、使う時。
「この前お前が断ったアップライト、俺が行ってんだぞ」
「頼んでないし。社長に行かせときゃいいのよ。トップなんだから」
めちゃくちゃな理論をサロメも振りかざす。上に立つ者は、そういう時にフォローするべし、と意に介さない。
「……お前さんは本当にもう……」
頭を抱えたルノーは、これからのアトリエの未来を危惧する。色々大丈夫か、と。
それに対して、スイッチが入ったランベールはさらに舌戦を繰り広げる。
「本当はわかってないんじゃないのか。見栄っ張りだからなお前は」
その突っかかり方が鼻につき、サロメもまた言い返す。
「はぁ? いいわよ、じゃあヒントだけあげる」
「もったいぶらずに答えを言え」
そんなランベールの催促を無視し、右手人差し指から薬指まで立て、サロメは彼の眼前に突き立てる。
「三つ。『マリー』と『山』、そして『木箱』。そっから先は自分で考えて」
余計にストレスを溜めたまま、スタスタとキャリーケースを引き、ピアノの群を突っ切って店を出て行った。
取り残されたランベールは、ポカンと口を開ける。
「……山? なんで山なんだよ」
残った社長に視線を送る。頼みの綱は彼のみ。
だが、ルノーも苦笑いを浮かべる。教えるだけというのもつまらない。少しほっとく。
「たしかに、これ以上は答えになっちまうなぁ」
そして、資料を持ったまま台所に引っ込んでいく。コーヒータイムだ。今日はあえてドリップコーヒーにしようか。
「……全っ然わからねぇ……」
これから調律仕事だというのに、さらに胸のモヤモヤを増やしたまま、ランベールはとぼとぼとドアに向かった。




