319話
空を見上げる。あいにくの曇りだが、制服姿のジェイドの目は、流れの速い雲を追いかけている。
「イン・ザ・スカイ。空。空と海の境目。空と陸の境目。空と宇宙の境目。それはどこにあるのだろうか」
ひとりごと。なのだが、それは自分だけで噛み締めるには少々声のボリュームが大きくなっていて。
「……なに? 哲学? 哲学的な……その……アレ?」
そういうことを突き詰めるのは苦手なオード。というか学問全般。スポーツもあまり好きじゃない。正直、学生生活は謳歌していない。
パリの街を歩く。クリスマス気分で浮ついた人々の間を縫い、ゆっくりと揺蕩うように。慌ただしくも充足感に包まれた都市。シャンゼリゼ通りなどは多くの観光客も合わさり、特にこの時期は人口密度が上がる。
キョトンとした表情を浮かべながら、ジェイドは隣の少女と空を交互に眺める。
「いや、ただ単純に興味を持っただけだ。地面からたったの一ミリでも浮かんでいれば空、になるんだろうけど、多くの人はその部分は陸になるんじゃないかな。海についても同様。宇宙は……まぁ、成層圏とかなんかそんな」
当たり前だが自分は専門外。誰かが決めてくれているのだろうか。それとも辞書を引いた通り? わからない。『空』は。『空』というものは。果たして。
「で? それがショコラとなにか関係あんの?」
いつものことだけども。全くオードには話が掴めない。そんなに長いこと一緒にいるわけではないけど。こうやってワケのわからないことを呟くのにも慣れてきた。慣れたくないけど。
考え込み、ジェイドは立ち止まる。目を瞑り、頭をぐるぐると回し。
「いや? 全く。ただ、色々な角度からショコラというものを考えたいからね。私はほら。どうしようもないくらい凡人だ。神様のような憧れのショコラティエは何人もいるが、どういう時にアイディアが浮かぶんだろうと思って」
初めて、カカオというものを目にした人類は。いったいなにを思ったのだろうか。ここから、甘く苦い現代のショコラになるだなんて。自分を含め、今のショコラティエもパティシエも、それ以外の人達も。その最初の人物の閃きをありがたく享受してるだけ。




