311話
だが、男性の見解としては。
「それでいい。言葉にできないほうが自分に染み込んでいく気がする。これ、私の持論ね」
無理やり押し付けるのはそれこそ良くない。その人なりの楽しみ方があるから。あくまで自身が示したのは一例なわけで。
「……それで、ですけど」
目をキョロキョロとさせるオード。まわりの人達は。気づいていないのだろうか。この人物に。この人は。最優秀職人章、M.O.F。
言いたいことは男性にもわかる。だが、あえて言わせてみたい。求められるのは心地いい。
「なに? なになに?」
いや、あたしが言わなきゃなのか。オードは意を決した。
「……本物、ですか? あなたは」
そうとしか。本物としか思えないし、雑誌やテレビなんかでも。でも、現実感とか。そういうの、なくて。この空間のせい? 静謐で、ちょっとだけ怖い空間。それもあるかもしれない。でも、違うかもしれないから。万が一があるから。
この瞬間が男性は好き。なんとも言えない、落ち着かないこの感じ。
「変なことを聞くねぇ。本物、っていうのがなにを基準にしてるのかわからないけど。本物のギャスパー・タルマ。『香りの魔術師』。いや、自分で言ってるわけじゃないよ? 違うからね?」
魔術師なんて。そんな大層なものではない。自分にはない感覚を持っている人なんて大勢いるから。たまたま。
やっぱり。いや、わかってたけど。香水界の重鎮。また、オードの心臓が跳ねる。
「…………なんで」
あたしと。ここで。こんな話をしているのだろう。自分のいる世界とは違うけど、フランスどころか世界的な有名人。以前、リオネル・ブーケとも会ったことはあるけど。それよりも。落ち着かない。
なぜ? と問われてもギャスパーにあるものはひとつだけ。
「ジェイドさんの相棒なんでしょ?」
「ちがッ——」
う。その言葉は宙に消えた。反射的に否定しかけた。もし最後まで言ってしまったら。この人は自分から興味を失うのだろうか。それはたぶん……今後のことを考えると悪手、なはず。今だけは、仲間ってことにしておく。




