264話
先に口を開いたのはジェイド。そう、世界はあまりにも不完全で。曖昧。どこにも完全なものなんてない。
「『夜警』は、あまりにも矛盾というか、事実と違う部分がありすぎることでも有名ですね。例えば——」
「タイトル。正式名称は『フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市警団』。夜の警備、というわけではない。そもそもが——」
「夜の絵ではない。電気のない時代です、あまりにも明るすぎる。光源は太陽、というのが定説ですね」
澱みなく会話が進む。お互いに相手の思考を先読みしているかのように、言葉が流れていく。というのも、よく知られていることだから、それを確認しているだけ。
打ち合わせていたのかのようなやり取りに、思わずギャスパーがニヤリとする。
「その通り。ニスの経年劣化によって暗い印象がプラスされた。言ってしまえば彼の光と影は、時代を経ることでより際立っている」
もはやレンブラントの描いた絵は。時間という魔物によって、彼の想像していなかったであろう味わいが増されている。色合いが変わり、印象が変わり、タイトルまで変わって彼の故郷で大切に保管されている。
また百年後にでも出会いたい。ジェイドは思いを馳せる。
「素敵なものですね。自分のショコラも、時が経つにつれて貫禄のようなものが出てくればいいのですが」
賞味期限、消費期限の範囲内で。やはりショコラは食べてこそ。美術館に飾るような、そんな大仰なものでなくていい。誰もが作れるもの。その中で自分の個性という輝きを磨きたい。
細く息を吐くギャスパー。悲しいような、寂しいような。そんな魂の嘆き。
「現存している『夜警』は、本当に描かれたものの一部をカットしたものになっている。これは展示する場所を変更した際、あまりにも元の絵が大きすぎるがゆえにこうなったとか。もったいないねぇ」
今だったら考えられないが、当時はそういうことも致し方なし、と考えられていた時代なのだろう。その切り取られた部分だけでも、発見されたら数百万、数千万ユーロくらいしそう。完全な状態では残っていないまま、アムステルダムで悠久の時を過ごしている。




