164話
紙コップのアレンジメントを両手で持ってみる。軽い。でも、色々な素敵さが詰まっている。小さく笑い、オードは足元の白く伸びた塊を視野に入れた。
「……この子、メスなんですよ。飼うつもりはないんですけど、名前だけ決めておこうかと思って」
なににしようか。ずっと考えていた。ビルを見上げながら。橋を渡りながら。シャンゼリゼ通りを見回しながら。やっと決まった。
うんうん、とリオネルは腕を組む。
「へぇ。じゃあ当然名前は——」
「マリリン、ですね」
それしかない。異論は認めないと、屈んでオードは曝け出されたお腹を撫でた。
……ここまでの流れを一度、リオネルは整理。テーマ。使った花。作ったアレンジメント。
「……オードリー、じゃないの?」
どう考えてもそっちになるはず。むしろ、マリリンについて描写とか、そんなにあったっけ?
それについて、オードの口から説明が入る。
「あたしの名前と少し被ってますから。なんか恥ずかしいじゃないですか、自分を呼んでいるみたいで」
以上、猫の名前がマリリンな理由。自分と似ているから。それだけ。
え、花関係なくない? とツッコもうとしたリオネルだが、寸前で喉元で止めた。彼女の中で留まっていたものが取れたようなので、なんかもうどうでもよくなる。
「……ま、いっか。悩みは解決したみたいだね」
それが達成できたのなら、言うことはない。目的は完遂したのだから。
マリリン、と名付けた猫を両手でワシャワシャとくすぐるオード。そのまま会話を続ける。
「いえ、最初から悩んでなんかいなかったのかもしれません。ただ、色んな人に聞いてみたかっただけで」
八区まで猫を引き連れて歩いてきて。すごい人に会って。素敵なアレンジメントを作ってもらって。でも、実は映画を観てピンときたもの。それが上書きされることはなかった。だが、自信をもらえた。それだけで来てよかった。
リオネルとしては、結果的にいい方向へ向かったのであれば、それでいい。参考になった、ならないは二の次だ。
「ならなによりだ。直感より大事なものはない。じゃ、おじさんの出番はここまでだね。あとは頑張って」
二人ぶんのカップとソーサーを持ち、シンクへ。いい豆だった。帰りに少し持って帰ろう。
至れり尽くせりな状況に、オードは振る舞いを正す。
「はい、ありがとうございました。エスプレッソも。料金は——」
「いいよいいよ。正式な依頼じゃないし。それもあげる。ここには貸しもいっぱいある」
少しくらい勝手に花を使ったって問題はない、とリオネルは気にしていない。そもそも全部俺のだし。留守を任せたヤツらが悪い。




