155話
「予約制……って言ってたっけ。ま、なんとかなるでしょ」
少し図々しい気もするが、ダメならダメで帰るだけ。うーん、特に遊んだりご飯に行く人もいないし。なんて有意義な時間の使い方。シャンゼリゼ通りを進む足も軽やか。
そうこうしているうちに目的の店を発見。大通りから一本入った、少しこじんまりとした通りだが、活気はある。石畳の道を一歩一歩近づくと、少しずつ緊張してきた。花屋というと、店の外にまでカラフルな鉢なりなんなりがはみ出ているイメージだったが、ドアの片側に木製のイス。その上にバスケットに入ったアレンジメントが置いてあるだけ。
「殺風景というかシンプルというか。本当にここ?」
店の前で、建物を上から下まで一瞥する。二階の窓のところにも、申し訳程度に緑がある。そして吊るしてあるステーには〈Sonora〉と書いてあるので間違いはない。それなりに人通りはあり、そのすぐ横にあるカフェで一旦落ち着こうか、という選択肢が頭によぎった。が。
「……ん?」
店のドアから、ひとりの男性が出てきた。チェスターコートに身を包んだ、四〇手前、という風貌。綺麗な身なりだが、精神的に疲労感を感じているような。
正面から向き合ってしまったオード。そのままというのも居心地が悪いので、そこから脱出しようとカフェのほうに足を向けた瞬間。その男性と脳裏をよぎる名前。
「——え」
ピタリと足が止まる。待って。待って。いや、男性は待ってるけど。この人。もしかしてこの人。
男性も「うーん……」と渋い顔で頭を掻く。
「お客さん? もしかして? あれー、どうだったっけ……? 一応予約制なんだけど……時間もあるし、入る?」
なにやら気まずそうな雰囲気を纏いつつも、そのままというわけにもいかず、店内へ招待した。ま、なんとかなるか。女性には甘い。
「いや、あの——」
「ん? どうしたの?」
言葉が上手く喉元から、肺から出てこないオードに、男性は剽軽に問いかける。違う? お客さんじゃなかった?
浅く呼吸し、多少は整ったところでオードは渇いた口から名前をひとつ。知っている。国民がこの人を。
「……リオネル、ブーケ……さん?」
違ったら。いや、違わないはず。だって、この人の店に売り込みに行ったから。それに、この人は国家最優秀職人章。M.O.F……なのだから。
キョトンとしつつも、満更じゃない様子で男性は受け答える。
「そうだよ。相変わらず有名だな、俺」
やっぱり? こういう風に言われたいがために? M.O.Fになった、っていうの? とじわじわと喜びを噛み締める。もてはやされるのを久しく忘れていた。




