154話
「……名前のない猫。そして名前を偽るホリー……なーんかあるわね。なんかアイディア、よこしなさいよ」
しゃがみ込んで話しかける。食べ物でももらえると思っているのか、離れていかない。真っ青な瞳。真っ直ぐな瞳。自分というものを見透かされているような瞳。
「あんたにショコラはあげらんないからねぇ」
ここで待っているより、カフェとかのほうが色々ありそうなのに。それか保護猫として誰かいい人に飼われたら。
「嘘、偽り、虚言」
ホリーが作中で会っていた男性。なぜか天気予報を言われる。怪しみつつも、それを伝えるだけでお金が貰えるからって引き受けていたわけだが。それがとんでもないことになるわけで。やたらと真実味の薄い作品。
猫を撫でてみると、お腹を見せて転がる。そこを撫でろとでも言うかのように。なんかいいように使われているようでやめてみる。猫が見てくる。やっぱり撫でる。
「……自由でいいねぇ」
きっともっと名前が知られたいとか、あの店の商品を手掛けてみたいとか、そんなものは持ち合わせていないんだろう。ご飯にありつけて、昼寝して、歩き回って。それができれば。
「猫……猫……」
ずっとショーウィンドウの前で猫と遊んでいるのも気が引けてきた。少し移動しよう。パリの街並みを歩く。猫はついてくる。
「猫……猫……」
なにかアイディアが生まれそうで生まれない。目に飛び込む景色も特に印象も残らず、次々と上書きされていく。見える範囲内で他に猫を探すがいない。猫、音楽。
そういえば、と足を止める。白い猫も。そして、曇り空を見上げるように、向かいの通りの建物の屋上に目線を移す。
「『オーケストラ・クラス』」
映画を思い出した。6eの時、スポーツか音楽か選択授業。そういえばモンフェルナの中等部にも同じものがあった。自分は音楽を選んだ。理由は、スポーツを選んで「二人ひと組を作って」と言われたら困るから。音楽ならそんなこともないと思って。たしか木琴を選んだけど、もうなにも覚えていない。
「屋上でアーノルドが練習していたら、猫が寄ってきたんだっけ」
アーノルドは映画の少年。なんだか、自分と重なる部分がある。あの映画も舞台は一九区。自分の家がある。なにかと親近感。ホリーの猫、アーノルドの猫、あたしの猫。
「猫……猫……」
喉元に答えがある。足元に猫がいる。悩んでも飛び出してこない、なら。ヒントをくれそうな人に頼る。他力本願。いかん、少しずつアイツがあたしに混じってくる。
セーヌ川にかかるアンヴァリッド橋を越え、八区に入る。たしかここの地区にはアレンジメント専門の花屋があったはず。そして、一度だけ話したことのあるベル・グランヴァルがそこで働いているらしい。たまには花屋に行くのもいいんじゃない?




