138話
《なるほど。そんなことになっていたとはね。いやはや、やはりジェイドは面白い。ぜひとも見てみたかったよ》
「たしかに残念だ。こっちこそ、演奏に行けなくてすまなかった」
スピーカーから聞こえてくる、通話相手の声。数日前のことを思い出し、ジェイドは寮の自室、二段ベッド上で転がりながら謝罪。せっかくベルギーから友人が来てくれていたのだが、ちょうど万聖節と重なり、近隣の国から多く人が押し寄せることもあり、勤める『WXY』に駆り出されていた。
万聖節は、簡単に言えば一一月の頭にあるお墓参りのこと。なぜ諸外国からフランスに訪れる数が多いかというと、その要因のひとつに、パリに存在する三つの大きな墓地がある。そこには数多くの著名人が埋葬されているのだ。ショパンやマリア・カラスなどの音楽家から、オスカー・ワイルドなどの作家まで。墓地はカラフルな菊の鉢植えで染まる。
《急だったからね。そんな予定もなかったし。ペール・ラシェーズに行くことだけしか考えていなかった。そっちのホールに入れるなんて》
通話相手、ベルギーはルカルトワイネの同級生、フォーヴ・ヴァインデヴォーゲル。流暢なフランス語も話せるが、お互いに一番慣れているのはオランダ語。自然とそちらに言語は変わる。
来るのを待っているだけのジェイドだったが、様々な理由が絡み、今回は会うことができなかった。しかし、オススメの場所である音楽科のホールにも友人が立ち寄り、感動してくれたようで、彼女としても鼻が高い。
「いいところだろ? よく眠れるんだ。静かだし暗いし」
そういえばハイドンは聴衆を起こすためだけの音楽を作曲していたね、と朧げに思い出す。
らしいと言えばらしいが、あの素晴らしいホールの使い方を間違える友人に、フォーヴは電波の向こうでクラっと貧血気味によろける。
《……いつか天罰が下るだろう》
行きたくても行けない身としては許せん。
「で? 今日はどんな用件なんだ? なにかよくないことを企んでる?」
ここ最近はずっとお互いに時間が合わず電話できなかった。あまり文章でのやり取りはせずに、直接話すことが多い。こっちのほうがお互いに楽。そういう事情もあり、不在着信が溜まる一方だった。ジェイドは冗談気味に疑う。
もちろんフォーヴもわかっているので、苦笑混じりに素直に返した。
《ひどいね。そっちの近況を聞いてみたかっただけだ。他意はないよ。ショコラ目当てでそっちに行ってるんだ、気になるだろう》
ベルギーも充分本場だが、流行はパリから始まる。優秀な成績を収めているのが、なかなかに邪な欲望というのだから驚き。




