111話
その話に、ワンディも少し興味を持った。そもそもけしかけたのは自分。過程も気になる。
「へぇ、じゃあどうやったの?」
すると、恥じることなくジェイドは胸を張った。
「力を借りたんです」
胸に手を当て、一連の流れを思い出す。調律、ディディエ、サロメ、カルチェラタン。目まぐるしい日々だった。
「借りた、誰に?」
この箱からワンディが見るに、桜ということは日本人、いや、なにか象徴とする人物か? と答えが出るまでの数秒に、何人か候補を立てた。
だが、期待を大きく裏切る名前がジェイドから放たれる。
「それは見ての通り、喜劇王『チャップリン』です」
ちりめん生地の五角柱カルトナージュ。これはチャップリンです。うん、全然繋がらない。もう一度考えてみたが、ワンディは自分には荷が重い解答だ……と頭を抱える。
「……どこをどう見たらチャップリンに」
少し考えてみよう、とも思わない。たぶん、あと一〇分粘っても出てこないことを察知し、早々にギブアップ。ショコラに角砂糖、より難しい。
上蓋に手を置いたまま、ジェイドは質問する。
「店長はチャップリンの『スマイル』という曲を知っていますか?」
調律で行ったディディエの部屋で、初めて聴いた優しくも悲しい歌。目を閉じればまた蘇る。
唐突に映画と曲の話になり、脳の隅にうっすらと残った記憶をワンディはかき集める。
「え? あぁ、たしか『モダン・タイムス』でかかる曲だよね。そして、ナット・キング・コールが作詞した」
たしか、聴いた当時は物悲しいけど、温かみのある曲だと認識した。その後もマイケル・ジャクソンやレディー・ガガなんかがカバーしていたような。
「はい、その『スマイル』。まさにみなを笑顔にする、笑顔になろうと元気づける曲。それをショコラで表現してみました」
その結果の桜模様の五角形。一切のブレもなく、ジェイドは自信を持つ。
「……詳しく聞きたいね。チャップリンと、そしてまずこの箱。これは——」
「はい、桜です。ついでに春の新作、も取り入れてみました。可愛いでしょう?」
華やかさもあり、なおかつフランス人の大好きな花見。目を引く上に、手頃なサイズ。全てが噛み合った、とジェイドは自信を持つ。
ここで、うろ覚えの記憶をチラつかせるワンディが、気になったことをひとつずつ潰していく。
「なぜ桜? チャップリンについて、詳しく知らなくてすまないね。彼は英国人だ。桜とどんな関係が?」
待ってました、とばかりにジェイドは携帯を開き、ブックマークしたページを開く。すると、邸宅のような場所の敷地内に、見事な桜が咲き誇っている。
「晩年を過ごした、スイスのヴヴェイ。彼の邸宅兼、ミュージアムになっているわけですが、そこに植えられた一本の木。それが桜。チャップリンは春にこの桜を見て、穏やかな時間を過ごすことが、なによりも楽しみだったそうです」




