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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第十ステージ

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97/111

鴨井流 という男

「それはね……前回をクリアーしたプレイヤーだからさ」


 驚くと同時に得心がいった。心のどこかでその可能性を無意識の内に考えていたのか、思ったよりも動揺が少ない。


「あれ、リアクションが薄いね。それも考慮済みか」


「消去法でいくと、必然的に答えが絞られるからな」


「うんうん、やっぱりいいね網綱は。生まれつき才能は乏しくても、試行錯誤を繰り返すことにより、誰よりもこのダンジョンに適応している。そういう人がクリアーできたりするんだよここは。俺みたいにね」


 彼の余裕と自信溢れる態度。その全てが一度クリアーをして、このゲームの全貌を把握していると考えれば納得も行く。ただ、その方法だ。何故、そんなことが可能なのか、そこを聞きださなければならない。


「クリアーしてから、何故もう一度このゲームをやろうと思ったんだ? むしろ、どうやって再びゲームに戻れた」


「答えは単純明快。クリアーの褒美でね、今の状態でもう一度初めからゲームをやらせろって願ったんだよ。製作者側も驚いていたけど、面白そうだからってあっさりと認められたよ」


「……製作側も認めるなよ。だいたい、何でこのバカげたゲームをもう一度やろうなんて思えたんだ。普通、早く解放されたいと思わないか」


「網綱こそ、何を言っているんだい。強くてニューゲームができるんだぞ、やり込みゲーマーの基本じゃないか。キミだってあの通路で進んで知ったはずだよ、これまでのステージをやり直したら楽勝だってことを」


 確かに第二ステージから第五ステージを模倣した、迷宮内部の通路を進んだ時、俺たちは一度も死ぬことはなかった。一人ではなかったというのも大きいが、仮に単独だったとしても、それ程は苦戦をしなかったと思う。

 以前経験したステージを並べた通路も、自分の強さを実感させることが目的だとしたら、製作者は鴨井のようなプレイヤーが現れることを望んでいた? いや、同じ経験をした俺を含めた三人は、もう一度このダンジョンに挑もうとは思わないだろう。

 鴨井の存在はイレギュラーだ。だとしたら、製作者の意図はいったい……。


「何度も何度も死ぬことになったステージを鼻歌交じりで駆け抜け、第六ステージからは他のプレイヤーを圧倒できる実力を発揮して駆逐していく……与しやすい相手だと思って挑んできたプレイヤーたちを、蹴散らしていく時の悔しそうな顔。余裕の笑みが絶望に染まる快感。絶対に敵わない相手に一方的に殺されていく仲間を見て、恐怖に歪んでいく表情……アレを知ったら病み付きになるぞ! クリアーできたら是非お勧めしたい――あ、キミたちには無理か! このステージは俺しかクリアーできないからね! くははははははははっ、! ひぃーひぃー、いやあ、爆笑だね!」


 腹を抱えて涙を流し、爆笑している姿を見て滑稽だと思う余裕すらない。狂気すら感じさせる変貌具合に、唾を飲み込むことすらできないでいる。


「ああっ、安心してくれ。殲滅側もちゃーんと殲滅させておくから。だって、俺は探索側でもあるからね。彼らは俺を倒さない限りクリアーできない定めだ。見逃したところで、向こうが挑んでくるだろうしねー」


 満面の笑みが怖い。目が血走り、口角が異様なぐらいに吊り上がっている。あれは、まともな人間が浮かべられる表情じゃない。この人は、鴨井は……気が触れてしまっている。

 この過酷な環境を生き抜いたツケが精神の異常。いや、元からこういう人間だった可能性もあるのか。どちらだとしても、今置かれている状況が好転してくれるわけでもない。


「結局、キミたちはクリアー条件の強大な魔物を倒す前に、俺をどうにかしないといけないわけだ! ねえねえ、どうする? 今からセーブポイントを出てあげるから、全員で戦ってみるかい? そうそう、ライフポイントの残りも正確な数字を教えておいてあげるよ。今110あるんだ。ほら、簡単だろ? たった110回殺せば済む話なのだからさ!」


 110だと……。ダメだ、絶望の上に絶望を上書きされた。このダンジョンの全てを把握している鴨井は、二度目のプレイで隠し要素も全て回収してきた可能性が高い。

 圧倒的な力を前に全員で挑んだところで勝ち目はあるのか……?

 一度殺すだけでも厄介な相手を110回も殺さないといけない。何かに使えるのではないかと、第五ステージもどきの地形で密かに回収しておいた毒の葉も『状態異常耐性』を所有する彼には効かないだろう。

 取り囲んで一斉に攻撃したとしても、この『威圧』のような特殊能力を出されたら、全員の動きが止まる。

 唯一の可能性は何とか動きを封じて、あの紫の沼地に放り込むしかない。そして、全てのライフポイントを失わせる。これがたった一つの攻略法だ。


「それでも俺の方が有利すぎるか……困ったな。今まで簡単すぎてゲームを全然楽しめなかったから、何か良い案は無いかなー」


 目を閉じて首を傾げている姿が隙だらけなのだが、ここが安全地帯でなくても襲い掛かる気にはならない。言動の全てが、怒りを煽っている様にしか見えない。


「網綱、鴨井を倒せると思うか?」


 いつの間にか俺の隣に歩み寄ってきていた剛隆が耳元で囁いている。

 剛隆の体は小刻みに震えているが、その目には強い光が宿っている。少なくとも彼は、まだ屈服していない。


「一度ぐらいなら倒せるかもしれないが……110回殺すのは無理だろうな」


 慢心しているところをつけば倒せる可能性はあるだろう。戦力差があったとしても、総力戦で挑めば一回は倒せると思いたい。

 だが、何とか倒せたとしても次からは警戒してくるだろう。そうなったら、もう勝ち目は殆どない。


「あー、そうだ! 僕のステータスを見せて上げよう! そうしたら、対策も練りやすいと思うし。遠慮はいらないよ、さあさあ」


 ガラス板に触れ、俺たちに見るように促す――いや、あれは強要している。俺たちの為を思っての行動じゃない、ただ自慢をしたいだけの顔だあれは。

 正直、有難い提案ではあるが……これを見ることによって……いや、考えるのは後だ。微かな勝利への希望を掴むためには必要なのだから。

 ガラス板の前に立ち、そこに表示されている鴨井の能力を見た。


 鴨井 流 レベル210

 体力  502 +10000

 精神力 523 +10000(-11000)

 筋力  495 +150+200

 頑強  520 +150

 器用  555 +150

 素早さ 498 +150


 特殊能力 『強運』5『不屈』10『熱遮断』10『気配操作』10『暗視』10『斧技』20『体幹』30『威圧』10『風使い』5『水使い』5『状態異常耐性』20『回復力』10『地獄耳』10『千里眼』10『隠蔽』10『剛力』10『看破』10『芝居』10『狂気』11


 ライフポイント 110/110


「酷いなこれは……」


 身体能力は俺の二倍以上。レベルは200越え。特殊能力は10以上のオンパレード。

 精神力の(-11000)というのは『狂気』の影響か。狂っているような言動は芝居ではないということなのだろう。


「もっと特殊能力を鍛えたかったけど、どうにも10カンストの能力が多くて、がっかりだよ。新たに能力を覚えるのも意外と難しくてね」


 『威圧』10が厄介過ぎる。あれを使われると一網打尽だ。数を幾ら揃えようと、意味を成さなくなる。それに『状態異常耐性』20。毒も幻覚系も全く通用しないと考えるべきか。

 他のプレイヤーの様子を探ると気配が萎んでいる。顔にも覇気がなく相手の能力を知ってしまったことにより、絶望がより鮮明になってしまったか。

 重い沈黙がこの場を支配している。多くのプレイヤーが勝てないと諦めている中……俺は全く逆のことを考えていた。


 正直、想像以上の差は無い。確かに1プレイヤーとしてはずば抜けた能力だろう。だけど、そこまで絶望を覚える程じゃない。むしろ、ラスボスとして考えるなら物足りない実力だとも言える。

 能力差はかなりある。一対一ではまず勝てない。だけど、残りのプレイヤーが総力戦で挑めば勝ち目がない訳じゃない。

 決して楽が出来る相手ではないが、慢心と気が触れたところをつけば……。


「うんうん、みんないい表情だよ。手の内もばらしたことだし、ここから立ち去ることにしようかな。そうだ、丸一日ぐらいはキミたちにちょっかいを掛けないと誓うよ。その間に作戦を立てたらどうかな! 逃げてもいいし、ここで待ち受けても全然OKだ。このステージを散歩してくるから、みんなも寛いでいて! じゃあ、また会おう!」


 この展開が嬉しいらしく、鬱陶しいぐらいにテンションが高い。上機嫌で安全地帯から抜け出し、歩き去ろうとする鴨井。

 ここで、見逃していいのか? 奴に『隠蔽』『気配操作』があるということは、存在を消したまま至近距離まで寄られても、誰も気づかないことだってあり得るだろう。

 それに、数値だけではわからない本当の実力が不明だ。それを引き出さない限り、本当の勝利はない。


「待ってくれ。一度手合せ願えないかい」


 俺も彼を追うようにして安全地帯から一歩進み出る。


「へえ、戦ってくれるんだ。実際に戦わないと、相手の実力がわからないしね。他にも参加者はいないのかな? 今なら、まだ受付中だよ」


「じゃあ、俺も参戦させてもらうぜ!」


「手を貸そう」


「射撃準備万端であります!」


「援護はお任せ下さい」


 剛隆、零士、横道さん、明菜さんも、一緒に戦ってくれるのか。

 五対一という人数差に加え、前衛二人はかなりの実力があり、後衛からの援護射撃も期待できる。レベルが200を越え、身体能力が俺の倍以上あるとしても……これなら。


「お、いいね。相手が五人だと、戦隊物の悪役の気持ちが良くわかるよ。結構いいハンデかな。じゃあ、少し離れた場所でやろうか」


 セーブポイントの中から動かないプレイヤーからも見える距離で、鴨井が足を止める。

 ここは通路がかなり広いので戦闘するには充分だ。天井も高く、通路は鈍い鉛色の岩肌で構成されている。


「じゃあ、始めようか。威圧は使わないから安心していいよ」


「それは、ありがとうございますっ!」


 お礼と共に全力で矢を放つ。ここまでの戦闘で更に強化された筋力から放たれた、渾身の一矢は斧であっさりと切り落とされた。

 後衛二人も射撃を開始したのだが、その全てを斧で弾いている。

 かなり重量があるように見える斧を棒きれでも振り回す様に、軽々と使いこなしている。『斧技』20と身体能力のなせる業か。


 剛隆が向かって右から、零士が左から回り込むようにして大地を駆ける。少しでも注意を逸らす為に、俺たち後衛部隊は攻撃の手を休めるわけにはいかない。

 二人が攻撃範囲に滑り込み、剛隆が鋭い踏み込みと同時に掌底を脇腹へ。零士が突入した際の速度を生かし突きを放つ。

 斧は俺たちの射撃を防いでいる。左手はフリーだがそれだと剛隆の相手しかできない。それを理解しているのだろう、零士は防御を捨てた渾身の一撃を胸元へ伸ばす。


「掛け値なしに、いい連携だ!」


 剛隆の掌底に拳をぶつけて、相殺どころか剛隆を吹き飛ばし、反対側から突き出された刀は下から蹴り上げられる。そして、掲げた足が振り下ろされ、肩口に一撃を喰らった零士が轟音と共に地面にうつ伏せでめり込む。

 そして、光の粒子となり消えていった。

 一撃かっ。斧だけでなく体技にも注意を払わないと駄目か。


「マジかよっ!」


 即座に舞い戻った剛隆がひるむことなく、掌底、肘、足払いと多種多様な攻めで鴨井を捉えようとしているのだが、その全てを軽く踊るようなステップで躱して見せている。

 俺も同士討ちに細心の注意を払いながら射続けているのだが、鼻歌交じりに斧で防いでいる。このままじゃ、剛隆が倒されるのを待つだけか。


「射撃は二人に任す! 俺と剛隆が倒されたら、迷わずセーブポイントに逃げてくれ!」


 それだけ伝えると返事を待たずに、剛隆に加勢する為に駆け寄っていく。コンパウンドボウの弦を限界まで引き絞り、放ちながら近づいているのだが、いとも簡単に防いでくれる。

 コンパウンドボウを手放し、伸縮自在の棍を手にする。一番使いやすい長さに調整して、間合いの外から野球のバッティングの要領でスイングした。

 武器の届かない距離だと相手の油断を誘い、棍を即座に伸ばす。


「伸縮自在の棍って思ったより厄介だよね」


 そう言って、鴨井がひょいっと後方へ跳んだ。見せたことのある相手には効果が薄いよな、やっぱ。相手の現在地は背に通路の壁を背負っている感じか。そうすることにより、回り込まれることが無いので、多人数戦での基本戦法の一つだ。

 でも、壁際から2メートル程、離れている。普通に戦っても勝ち目は薄い。死に戻り上等、果敢に行くか。

 側面に回り込み、通路の壁を左に真っ直ぐ鴨井に突っ込むと見せかけて、その狭い隙間に飛び込み、強引に背後を取ろうとした。


「甘い甘いよ、網綱」


 剛隆もこちらの動きをサポートする様に果敢に攻めてくれていたのだが、その胴をあっさりと薙ぎ払われ、そのまま勢いを殺さず半回転して俺の腹を切り裂いた斧の刃は、通路の壁にぶつかり甲高い音を立てた。

 この硬い壁にぶつけても刃は欠けることもないのか……。

 下腹部が血で濡れ、身体から急速に命が抜け出て行く。何度も経験した、死が迫る時の感覚。致命傷なのを即座に悟る。


「二人とも引けっ!」


 気力を振り絞り、全身に炎を纏うと、力の入らなくなった足に頼らず、棍を伸ばすことで自分の体を前に押し出し、鴨井にしがみ付いた。


「燃え尽きろっ!」


 気力、体力、精神力、死力を振り絞り、出力を最大にした炎で鴨井を包み込んだ。

 今にも失われようとしている命を何とか繋ぎ止め、掠れる視界の中、鴨井へ顔を向けた。炎の中で満面の笑みを浮かべた鴨井がゆっくりと口を開く。


「最高だよ、最高だよ、網綱! また、遊ぼうな」


 これでも、鴨井には届かなかったか……薄れていく意識の中、次の策を――



 『不屈』が『不撓不屈』に進化しました。


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