必勝のススメ
「な、なんだ!? 矢……誰だ、出てきやがれ卑怯者!」
頭を狙ったのだが矢は相手の頭を掠め、数本の頭髪を散らしたに過ぎなかった。外れた矢は壁に根元まで突き刺さっている。
欲張らずに一番的の大きい胸を狙うべきだったか。取り乱している沢渡は愚かなことに、武器を振り回しながら奇声を上げているだけで、その場から動こうとしていない。
標的になっているのだから、そこは物陰に隠れるのが鉄則の筈だが、パニック状態でそこまで頭が回らないのか。
今度は狙いを外さないように放たれた第二矢は、背を向けていた彼の背に吸い込まれていった。
「あ、えっ」
背中を貫き、矢の先が胸から飛び出たのを確認したのか。沢渡が胸元に視線を落とし、その場に崩れ落ちる。即死かどうかは、この距離で確認はできないが大量の出血が見えるので、遅かれ早かれ死ぬことになるだろう。
殺人行為に何の感傷も抱かないのは、射撃では手ごたえがなく実感がわかないのか、それとも樽井さんを何度も殺したことにより、人として何処かが狂ったのか。
どちらかはわからないが、生き延びる為にはプラスだと思うしかない。
「そこか」
沢渡の死に動揺したのだろうか、その位置から後方の茂みに一瞬四つの気配が浮かび上がった。
合流して協力すると杉矢たちは考えていたのだろう。まさか俺が殺すとは思いもしなかったようで、驚きのあまり『隠蔽』が解けてしまったといったところか。
直ぐに消えたのだが、位置は把握できたから問題ない。
目を凝らし、反応があった場所に目を凝らすと、木陰と雑草に紛れた四人の姿があった。
先頭は田中か。杉矢は矢の突き刺さった角度から、俺の位置を大まかだが割り出しているようだ。こっちを見ている。
少し離れた場所にキラキラと何かが光を反射しているのが見える。あれは眼鏡……だとしたら来生か。光輝の姿は見えない。
迷っている時間も惜しい。直ぐに次の矢を装填すると狙いを来生に合わせ、弦を絞る。
正直、田中や杉矢を倒しておきたかったが、避けられる可能性が高いと判断した。まずは、弱い相手から始末するしかない。
反射する眼鏡の光を頼りに、矢を解き放つ。
さっきよりも距離は遠いが、さっきの二発でコツを掴めたのか、矢が相手の頭を貫き体が仰け反ったのを確認できた。
『来生 晴斗。ライフポイント32』
鷹揚のない事務的な口調がイラつく。
杉矢さんが俺を完全に捉えたな。田中さんを引き連れて視界から消えた。遮蔽物となる木の間をすり抜けて接近するのだろう。
狙撃手は見つかり接近された時点でアウトだと言うが、俺は焦る気持ちを抑え込み、彼らのことは一旦忘れて、倒れ伏した来生の死が信じられずに座り込んでいる光輝の頭を射抜いた。
少し心がざわつくが、軽く頭を振り余計な感情を振り払う。
『鳴門 光輝。ライフポイント31』
距離にして100メートル程度なんて、数秒もあれば充分辿り着ける距離。足音が下の方から近づいてくるのがわかる。
別々の方向から迫ってきているな。木の上に陣取っているので、そう簡単にやられないとは思うが、油断は禁物だ。
右手の方向――比較的細い木の陰に一つ。壁と森の境界線ギリギリの位置にもう一つ。距離的には左の方が近いな。
「コンビを組むのかと思えば、まさかの射殺とはな。正直驚かされたぞ。お前さん状況が分かっているのか? 唯一味方になる可能性がある男を殺してどうする」
壁に近い方から杉矢の声がする。となると、あっちが田中か。
呆れながらも咎めるというよりは、アドバイスのような意見を口にするのが杉矢らしいな。
「どうするつもりでしょうね!」
大声で返しておく。この状況で勝負を挑むなら、田中の方がまだやりやすい。今の状態ではどうしても杉矢を倒すイメージが思い浮かばない。
二人は矢を警戒して、動こうとしない。顔を覗かせることすらしないか。ここで時間を掛けるわけにはいかないので、さっさと行動に移すとしよう。
杉矢が隠れていそうな場所に牽制で矢を放つ。相手に動きが無いことを確認すると、俺は素早く木から降り、矢をつがえたまま田中のいる場所に走っていく。
こちらの有利な点である距離を詰めて挑むのは、射手として愚策だとは理解している。だが、持久戦に成れば、殺した二人が復活して合流されるだけだ。
無謀だとしても、ここは勝負をつけるしかない。時間は何よりも貴重。
距離は10メートルもない。走りながらとはいえ、この距離なら外さないだろう。
隠れている木陰に回り込むようにして走り込むが、相手の気配に動きが無い。迎え撃つつもりか? 距離があるのに……。
相手の行動に疑問が生じるが、考える時間も惜しいと距離を取ったまま相手が見える位置へ回り込む。
そして、姿が見えた田中……じゃない! 何で杉矢がいるんだ。
口元を歪め、勝ち誇った笑みを浮かべる杉矢に対し、ターゲットは違ったが矢を射出する。
「あめえな。策を用いるのはお前さんだけじゃ、ねえぜ」
杉矢が足を踏み鳴らすと、足元から一枚の土の壁が現れ俺の矢を防いだ。
『土操作』があったな。よく見ると杉矢の近くに土でできた棒のようなものがある。その棒は土に突き刺さっているようで、上部はお椀のような形をしていた。
何を思ったのか杉矢が土でできたお椀に口をつける。
「土を操ればこういう芸当も可能ってことだ」
目の前にいるというのに、杉矢の声が後方から聞こえる。つまり、土を操作して音を伝える管を作り、違う場所から声を流したということか。
くそ、してやられた! 距離を取って矢を補充しないと。
「させるわけが、ないデース」
背後から聞こえる別の声に振り向く余裕もなく、後頭部を鋭い痛みが貫き、目の前が霞む。
今の声からして、背後から田中に殴られたのか。
意識も朦朧としてきたが、まだ体は動く。視界はかすんでいて、手の指が思うように動かないので、矢を放つことは不可能。ならば――
「おう、シット! セクハラヨー!」
背後にいる田中の腰に全力でしがみついた。何か戯言を口にしているが、それを無視して今度は発火を発動させる。
『熱耐性』があろうが、俺の全力の炎で道連れにしてやるよ。
全身の炎を広げ相手ごと、火に包まれるように操作する。軽減されているとはいえ、少しはダメージが通るだろう。それに、威力を和らげられるとしても火に包まれるというのは、かなりの恐怖を伴う。
「お、おーーっ、止めるネ! 離すヨ! 離すネ!」
火に囲まれた状態で口を開けるなんて愚行にも程があるぞ。大口を開けている田中の口内から火を滑り込ませていく。
「が、ぐぅがああああ」
熱耐性は体内の火をどれだけ防いでくれるか見ものだな。かなりえぐいことをしている自覚はあるが、手段を選んでいる暇はない。
悶え苦しむ田中を見つめ、勝利を確信したのだが、前に一度経験した首筋の冷たさを味わい。またも、杉矢に首を切り落とされた事実を理解した。
目が覚めると同時に、コンパウンドボウがあることと、矢筒に10本矢があることを確かめると。素早く立ち上がり、壁沿いに左方向へと走り出す。
右側には沢渡がいるのは理解している。そして、その方向には杉矢がいることも。田中の死亡を知らせる放送はまだ流れていない。どちらにしろ助かる見込みはないだろうが、今は辛うじて生を繋ぎとめているようだ。
「好都合だな」
彼女の索敵能力が失われている今。敵の配置を確認する絶好のチャンス。
杉矢は彼女には甘いから、重症のまま放っておくような真似はしないだろう。二人が動けない今なら、殺されたばかりの二人が何処にいるのか把握できる。
走りながら次にどうすべきか考えをまとめておく。
安全地帯付近に人影も気配もなければ、そこは杉矢か田中の場所ということだ。その場合はスルーして壁際を更に進めばいい。
復活した二人は時間が過ぎるまで安全地帯にとどまり、ランダム転移をするような真似はしないだろう。離ればなれになって困るのは当人たちなのだから。
死んだ場合は集合場所も決めているだろうし、復活した二人はその場所を目指している最中だと読んでいる。
彼らが死んでから五分は経っていない。彼らだって死んですぐには動く気にならないだろうから、暫く休憩してから動き出すのではないか。これは確証もなく、自分に置き換えて考えただけだが。
だとしたら、今は安全地帯を出て間もない。杉矢と田中の死亡を伝える放送がないので、合流場所に二人が向かっていると普通は考える。
ましてや、俺の死亡を告げる放送が流れたので、相手側の二人は油断しているはずだ。死んで復活してから速攻で自分たちを探しているなんて思いもせずに。
全ては憶測であり都合のいい考察。だが、即席のチームでは念入りに打ち合わせもできない。予め決められることなんて、この程度だろう。
その証拠に――一つの気配が探索範囲に引っかかった。
移動速度は駆け足程度で真っ直ぐに進んでいる。集合場所へと向かっているのか。あまり接近しすぎると相手も探知系能力を所有している場合、気づかれる恐れがある。
反応するギリギリの範囲を保ちながら走る速度を上げ、相手の進路方向へと回り込む。相手は迷わずに直線しているな。やはりこの先が集合場所か。
相手が向かってくる場合、もっとも見下ろしやすい最適なポイントを導き出し、木の上に潜む。ゆっくりとコンパウンドボウを構え、獲物が現れるのを待つ。
「っと、もう一体範囲に入ったか」
もう一つの反応も一直線にとある場所を目指しているようだ。両者の進む方向を脳内で線を描き、交わる地点に目星を付ける。
背後を見下ろし、およその見当をつけた。俺が潜んでいる場所の右斜め後ろ数十メートルあたりかな。良い場所にポジションを取ったものだ。
距離からして、初めに見つけた方が先に辿り着きそうだが、ここはぐっと堪えてもう片方も現れるまで我慢するか。
確実にやるなら一人を先に倒すべきなのだが、その人物が倒された時点で放送が入るので、残された方は警戒するに決まっている。杉矢、田中の両名が動けない今。このチャンスを逃すわけにはいかない。
弦を引き、いつでも放てる状態をキープしてその時を待つ。
数十秒が過ぎ、一人の人物が駆けてくるのが目に入った。こっちは来生か。右前方から迫るのは光輝。
つまり、俺の扉の左隣が来生ってことだよな。光輝は方向から察するに、来生との間に一人挟んで次が死に戻りの位置か。覚えておこう。
来生は探知系の能力が無いのか。俺が潜んでいるのに気づきもしないで、向かってきている。もう片方もそろそろ……よっし、目視できる距離だ。やはり、光輝か。
杉矢は射程範囲内に入り込んでいる。光輝は届く距離だが命中させる自信は無いな。
だが、これ以上近づかれると相手に感付かれるかもしれない。こういう時、『隠蔽』の特殊能力があれば完璧なのだが。逆に考えると、田中にこの方法をやられると、かなりヤバいということか。
そんなことを考えている間に来生が至近距離まで近づいてきている。視線をずらして少女の位置を確認すると、問題なく射られる場所にいた。
今が好機か。来生へ狙いを定めると、小さく息を吐いて弦を固定していた指を離す。
微かに弦音が鳴り、矢は来生の胸を貫通して地面に突き刺さる。心臓付近を貫いたので回復の手段がなければ、あのまま息を引き取るだろう。頭を狙い即死を狙おうかとも思ったが、それは避けさせてもらった。
死を告げる放送が流れる前に、何も知らずに走り寄る光輝を射抜く。差別という訳ではないが、少女を苦しめたくはないので即死を狙って頭を貫通する。
『来生 晴斗。ライフポイント31』
『鳴門 光輝。ライフポイント30』
二人がほぼ同時に息を引き取ったようだ。彼らの姿が光の粒子となり、その場から消え失せた。
『田中 伽魯羅印。ライフポイント41』
続いて田中が死んだのか。
人の死に対して心が揺らぐこともなくなってきた自分が恐ろしく感じるが、生き残るには向いているよな。
木から降り立つと、二人が向かってきた方向のちょうど真ん中――もう一つの安全地帯があるはずの場所を目指して疾走する。
あと三分もあれば壁に到達するところまでやってきた。安全地帯があるべき場所に気配を感じる。安全地帯にいるということは死に戻りだということだ。ってことは十中八九、そこにいるのは田中か。
『気配察知』に加え『地獄耳』に『千里眼』がある相手だ。潜んだら逆に怪しまれて感づかれるだけだろう。ここは堂々と安全地帯へと真っ直ぐ向かっていく。
歩く速度を少し落として、躊躇うことなく歩み続ける。そう、まるで杉矢が向かっているかのように装いながら。
気を付けないといけないのは安全地帯から俺のいる場所が見えないように、遮蔽物を間に挟むこと。『千里眼』があるので視界が通ってしまうと、そこで終わる。
五分が過ぎようとしているのか、田中らしき気配に動きがあった。こちらに向かってきている。真っ直ぐ躊躇いもなく近づく俺に油断をしているのか。気配を隠蔽することもなく、その動きに迷いは感じられない。
苦しみながら死んだことにより、頼りになる相手――杉矢の存在を無意識の内に求めているのか。
相手との線上に大木を挟んだまま、黙々と歩を進める。もちろん、コンパウンドボウはいつでも撃てるように、構えた状態で。
大木の後ろから、ひょこっと満面の笑みを浮かべ飛び出してきた田中。
「杉矢遅いネー……えっ」
喜びの表情が驚きと恐怖に染まる最中、矢を顔面へと撃ち込んだ。




