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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第七ステージ

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63/111

結末

 勢いがついていたので足を止めることもできず、俺は転がりながら、そのまま安全地帯へと入り込んだ。

 ゆっくりと振り返る途中、織子の表情を確認したのだが、茫然自失といった感じか。


「どうして、何で、田中さん!」


 髪を振り乱し叫ぶ織子を、田中さんはいつもと違う表情が消えた顔で静かに見つめていたのだが、急にその表情が一変する。


「なっ、ライフポイントが奪えてない!?」


「ああ、そうだろうな。奪いに来るのは分かっていたから、発言する瞬間、前に転がったからね。手は外れたはずだ」


 俺の言葉に田中の目が大きく開かれていく。気づかれているとは思っていなかったのだろうな。

 拳を握り締め肩を震わせている田中さんの……あの顔は怒っているのか、それとも泣いているのか、俺には判断がつきそうにない。

 杉矢さんは後方に控えたまま、何も言わず黙って事の成り行きを見守っているように見えるが。


「何で、何で、私が最後の最後で裏切ると思ったの?」


 ここで怪しげな言葉遣いをする余裕も失っているのか。


「半分は偶然。そして、もう半分は俺の疑り深い性格のなせる業かな。初めから俺は黒虎以外を信用していなかったから」


「だとしてもだ、あのタイミングを完全に読むのは不可能じゃねえか? それに偶然とは、何がだ」


 今までだんまりを決め込んでいた杉矢さんが口を開いた。その疑問は尤もだな。

 相手に触れさせないように動くならまだしも、後ろが見えない状況で相手が触れさせてから紙一重で避けてみせた。『気配察知』で大まかな動きは予想できたとはいえ、武道の達人ならまだしも、俺のような凡人が見極められるわけがない。


「聞こえていたからね、何もかも。心の声が」


「えっ、どういう……」


「何を言っているの。網綱にそんな特殊能力無かったのは確認済みなのよ!」


 織子も田中さんも気づいてないのか。それを可能にする方法がたった一つだけあったことを。


「そうか、そういうことか……第六ステージの褒美か」


 流石だよ杉矢さん。直ぐにその答えに辿り着くなんて。

 それが何を意味しているのか、二人は即座に思いつかなかったようだが、その表情が徐々に驚愕へと変わる。


「第六ステージの褒美って、もしかして、他人の心を一度だけ制限時間5分間覗くことが可能になる……」


「ご名答。皆はたぶん経験値を選んだと思うけど、俺はあの時、その褒美を選んでいたんだよ」


「お前さんは皆が能力を明かして、打ち解けた状況でそれを選びやがったのか」


 杉矢さんが呆れているな。

 まあ、このメンバーの中で最終的に一番、人を信用していなかったのは俺だったという酷いオチだと思うよ。

 でも、これは賭けだった。あの褒美を選んでから直ぐに効果が発動される恐れもあったからだ。その場合、仲間の本心を聞きだす為に使うつもりだったが。


「でもね、少し言い訳をさせてもらうと、樽井さんたちが土壇場で裏切る恐れがあると考えて、あの褒美を発動させたんだよ。効果は五分あったから、ここに飛び込むまでの間、全員の心の声が筒抜けだった。ネタを明かせば、単純明快だろ」


「ってことは、背後からの銃撃を俺が切り落とすこともわかっていたのか」


「ええ。そして、杉矢さん。田中さんが裏切ることを知っていて、黙っていたことも」


 杉矢さんが小さく息を吐いた。織子はもう声も出ないようで、田中さんと杉矢さんの顔を交互に見ることしか出来ないでいた。

 あの時、織子の声も聞こえていたのだが、彼女は俺に嘘を吐いていたことをずっと後悔し続けていた。あの場面も、何としても皆をゴールさせることだけを考えていた。

 皮肉なものだと思う。織子が嘘を吐いていたことがショックだったから、俺は信じることを止め、あの褒美を保険で選んだというのに。


「心の声が丸聞こえじゃ、今更取り繕ってもしょうがねえか。仰る通りだ。こいつとはな芸能事務所の先輩と後輩の間柄でな。まさかこんな場所で会うなんて、思いもしなかったぜ。偶然ってのは恐ろしいもんだな」


 偶然じゃない。杉矢さんもそうだが、樽井さんたちの心の声を聞いて以前からの疑問が一つ解けたのだ。


「二人がこの世界に送られる直前、神鳴声かみなごえ町にいませんでしたか?」


「あ、ああ、そうだぜ。あそこに芸能事務所があってな、俺もこいつもそこにいた」


 あれから、俯いたまま一言も発しようとしない田中の頭に杉矢さんが手を乗せ、代わりに発言をしている。


「え、私も買い物でその街にいたよ」


「俺も当時、仕事で神鳴声町を訪れていた。樽井さんたちも、そうだったみたいだね。ここでずっと疑問だったのが、人を適当に選ぶにしても何故日本人ばかりなのか。そこにずっと引っかかっていた。年齢や性別はバラバラなのに。そこで発想の転換をしたんだよ。連れてきた方法がファンタジーらしく召喚だと仮定した場合、一人一人呼ぶより、集団転移させた方が、効率がいいんじゃないかって」


 召喚の仕組みはわからないが、人を絞るより場所を指定して、違う場所へ転移させた方が楽だよな。SFのワープだって場所から場所への移動なのだから。


「ってことは、結構知り合いが紛れ込んでいる可能性が高いのか」


「ちなみにさっき敵対した学生二人組も同級生だし、あの拳銃もった少女は同じ事務所の最近入った子役みたいだよ。杉矢さんも、田中さんのことも知っていたし」


 大人びた態度も子役として鍛えられているのならわからなくもない。同年代の子より必然的にしっかりしてくるだろうから。


「なあ、網綱よ。お前さん、怒っているように見えんのだが何故だ? 裏切られたというのに、妙に冷めていないか。ワシは怒鳴られ殴りかかられ、それこそ殺されても文句を言うつもりはなかったのだが」


「樽井さんのチームには腹も立ったよ。でもね、杉矢さん田中さんには、怒りが湧いてくることはない。だって、杉矢さんはずっと心の中で謝罪していたじゃないか。そして、田中さんは泣いていた。ごめんなさい、ごめんなさい。それでも私は生きたい。って泣きながら叫び続けていたから……ね」


 そう、彼らの行動はただの裏切りだ。その行為だけで判断するなら、相手を侮蔑し罵倒しても、誰からも咎められることは無いだろう。

 だけど、二人は苦しんでいた。自分が最低だと理解した上で、生きる為に過ちを犯した。それで許されることじゃないのだが、俺はもう責める気はない。

 ただ、ただ、悲しいだけだ。


「貴方たちを許す気もないし、今回の出来事をきっかけに、これから俺は人を全く信用しなくなるだろう。でも、ある意味、二人と縁が切れて良かったよ。これから先何があるかわからないからね。今までありがとう。この数日、本当に楽しかった」


 そう伝えると俺は、こちらにゆっくりと歩いてきた傷だらけの黒虎を抱きしめた。

 俺たちを逃がす為に命を張ってくれた、最高の相棒。やっぱり、俺が心から信頼できるのは黒虎だけだよ。


「じゃあ、さようなら。織子、無事にこのゲームをクリアーできることを祈っているよ」


「うん。こんな終わり方になったのは残念だけど、私も本当に楽しかった。また何処かで会えたらいいね。さようなら……色々とごめんなさい」


 深々頭を下げている織子。それは、今回の一件で自分のついた嘘を思い出しての事なのだろう。それが切っ掛けで、俺は騙されずに済んだ。良かったのか悪かったのか。

 織子に手を振り、休憩所に繋がっているであろう扉に向かう直前、二人にもう一度だけ目を向けた。


 田中さんは声を殺して、大粒の涙をボロボロと零していた。そして、杉矢さんはその肩に手を添えている。俺と一瞬だけ目が合うと、杉矢さんは目を閉じて何かを口にした。

 声は届かなかったが、どうやら「すまない」と言ったようだ。その言葉に二人の姿に何も思うところは無い。そう、ここは命懸けのゲームの世界。情や恩など何の意味を持たない世界。


 俺が愚かだっただけの話。


 致命的なミスを犯す前に、二人は教えてくれた。そう、考えよう。

 天を突き刺す巨大な柱に備え付けられている扉を開き、振り返ることなくその中へと入っていく。

 そこは第四までの休憩室と同じ大きさの適度な大きさの白い部屋。


「ああ、島で食料とかの補充もしてなかったな。隠し要素とかあったのかな」


 今更だが、今回は生き延びることだけで精一杯だった。心の余裕が殆どなかったようだ。食料は黒虎の背負っているバックパックに入っているので、まだ余裕はある。


「あー、しまった。織子に食料分けてあげるべきだった」


 一応、あの子が所有していた鞄に少しは保存食を入れているが、あれじゃ二三日もつかどうかだ。悪いことしたな。


「ぐあうぅぅ……」


「何だ黒虎。お腹空いたのか? ちょっと待ってくれよ。お肉まだあった筈だから、焼いて食べようか」


「がぅ、ぐああぅ」


「どうした、そんなに顔を擦り付けてきて。暫く会ってなかったから甘えているのか。色々と面倒なこと頼んで悪かった。これからはまた二人きりだから、頑張っていこう」


 屈みこみ黒虎の頭をわしゃわしゃ撫でまわすと、いつもなら気持ち良さそうに目を細めるのだが、今日に限って俺の顔を見つめたままでいる。


「んー、何か他にして欲しいことでもあるのか? おいおい、俺の顔を舐めすぎだろ。やめろって、大丈夫だから……本当に、大丈夫……だから」


 涙を舐めとっていてくれた黒虎の首に抱き付く。もふもふして温かいな。

 心が落ち着くまで暫くそうしていたのだが、黒虎は嫌な顔一つせずにじっと耐えてくれていた。


「ありがとう、もう本当に大丈夫だから」


「ぐあう」


 数日共に過ごしただけの相手なのに、俺はここまで依存していたのか。

 一人が続き、黒虎という仲間を得たが、人との触れ合いに飢えていたんだな。

 こんな状況で信じられると思った、いや、思いたかった人の裏切り。

 田中さんの気持ちは理解……できる。あの人は俺たちと出会った時、ライフポイントは残りたったの2だった。

 だからこそ、死を受け入れる覚悟もでき、半ば開き直ってあんな風におどけていたのだと思う。気丈に振る舞い、ゲームクリアーを諦めかけていた彼女にライフポイントを増やす方法が提示される。


 それを必死になって掴んで何が悪い。あの時、56までライフポイントは伸びていたが、実際は奪ったポイントは半分までしか自分の物にならない。

 奪った54の半分27に元の2を足して29。そう、彼女は29しかポイントを得られていなかった。まだ三つものステージを残していて、万全とは言えない数値だろう。


 今更なのだが、一度安全地帯に入ってから状況を見極め、黒虎とポチミに頼んでポイントを所有する化け物を探してもらい、ポイントを稼ぐつもりでいた。

 甘い考えだとは自覚しているのだが、他のプレイヤーから奪うより、この方法が一番、心への負担が少ないと考えての事だったのだが。

 本当に今更だよな。

 俺は相手の本心を探る為、それを口にしないで、裏切りが発生しやすい状況を作っていた。あえて裏切らせたようなものだ。


 心の底から信用できる人に会いたかったと思う反面、これで良かったと思う自分もいる。

 この先のステージで何があるかわからない。今度からは、自分の命を危険に晒す可能性が少しでもあるなら、救いの手を差し伸ばすことは二度としないだろう。


「生き延びてクリアーしよう」


 初心に帰っただけだ。

 冷静に考えて見たら、俺だって他のプレイヤーを陥れて手に入れたポイントがある。偉そうなことを言える立場じゃない。


「よっし! うじうじするのはここまでだ。思いっきり食って寝るぞ!」


「がうがう!」


 何もかも忘れて、腹いっぱい食って寝よう。

 俺には黒虎がいる。それでいいじゃないか。心から信頼できる仲間は出来なかったが、第八ステージに向けて英気を養わないとな。

 今回の一件のおかげでゲームクリアーへの意思が固まった。

 意地でもクリアーしてみせるぞ。そして、これを見て楽しんでいる輩に同じ思いをさせてやる。不可能か可能かじゃない。やるんだ。


 黒虎と馬鹿みたいにはしゃぎ、疲れ切ったところで黒虎の体を枕に眠りへと落ちていく。

 今日ばかりは、何も夢を見ずに泥のように眠れたらいい。皆のことを思い出すことなく、ただ闇に身を委ねたい。

 今は何も考えず……悩みも……希望も……あの楽しさも……忘れて……。




今作の今年の更新はここまでとなります。

短編や題名についての変更を今年中になんとかしたいとは思っています。詳しくは活動報告で行いますので、興味のある方はちょくちょく覗いていただけるとありがたいです。


それでは、皆さん良いお年を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この話めっちゃ好き 人の優しさの全く反対の負の感情に触れて、仕切り直しだと言わんばかりに覚悟決めて。よりこの作品が引き締まって、深さを感じれた おもしれーーーーー
[一言] そんな嘘デース!?!?! たるたる組は兎も角田中や織子におっさんまで退場とかうせやろ!?!?!!?!?!
[良い点] 一気読み出来るほど、楽しみ。続きが気になる&簡潔済みの安心感。 [気になる点] 田中のポイント、二人から28,27と奪ってるから、この時点で2+28+27で57なのでは?と。 なぜ29し…
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