十五回目 5
結論、ミミズは結構美味しかった。
うちの母が良く言っていたな「好き嫌いする子は畑に埋めて野菜の肥やしにする」って。自分は好き嫌いが山のようにある癖に、私のような食生活になったら困るって俺には色々食べさせていた。
そのおかげでミミズを食べるのにもそれ程忌避感が無い。あ、嘘です。ゲテモノを喰う習慣はなかった。ここにきて神経が強靭になってきている。
ちなみにぶつ切りにして焼いたら土の味しかしなかったので、体を縦に切り裂いて水で丁寧に洗って、生姜っぽい植物と一緒に煮たら悪くない味と食感だった。
だが、水が大量に必要っぽいので殆ど残してしまった。一応ある程度はバックパックに入れておいた。備えあれば患いなしって言うし。
川辺まで全部持って行っても良かったが、今は目的地が異なるので、死体はここの生物が勝手に処理してくれるだろう。
「そういや、昔、どこぞのファーストフード店では、ミミズの肉を使っているっていう噂があったな」
ミミズの肉をかじりながら下らないことを思い出してしまった。冷静に考えれば、ミミズを繁殖させた方が手間もかかり、儲けがでないことがわかりそうなものだが、当時小学生だった俺はそんなに深く物事を考えなかった。
「味も淡泊だし、ハンバーグにしても肉汁とか油がないから美味しくなさそうだ」
今ならその噂を完全に否定できる。
しかし、このミミズ。普通に戦っていたら結構危ない相手だ。『気配察知』『危険察知』があったから地面からの不意打ちにも余裕を持って反応できたが、初期状態の俺だったらあっさり喰われていただろう。
ここに来てから、俺は人間の限界を超越している。それでも、ここの生物や環境には苦戦させられているが。
「しかし、製作者は何を考えて、こんなゲームやっているんだろうな」
隣で並走する黒虎に問いかけてみたが、首を傾げるだけだった。そりゃそうだ。
生きる為に必死だが、相手が何をしたいのか何を考えるかを理解することによって、生存率が上がる可能性は否定できない。相手の意図が読めれば裏をかけるかもしれないからな。
じっくり考えるのは休憩所でした方が良いか。また何かの気配が近づいている。
これは空中を高速で動いている奴か。単機のようだが……何だこの音。
気配が近づくにつれて、ブーンという耳障りな聞き覚えのある音がしてきた。姿を見るまでもなく、それが何なのか見当がついてしまう。
「やっぱり、蚊か」
枝の間をすり抜けて現れたのは、注射針のような口を持つ夏の風物詩、蚊が巨大化したものだった。全長が俺の身長の半分はある蚊って……正直、気持ち悪さと不快感が半端ないぞ。
あれで刺されて血を吸われたら、あっという間に干からびそうだ。
「黒虎、あいつは血を吸ってくる。口の針に刺されないようにするんだ」
蚊の素早さは夏に嫌という程、経験している。あんなもので心臓付近を刺されたら、それで一巻の終わりだろう。
ここまで巨大化していても、あの動きは健在のようだ。空中とは思えない急角度で曲がり、視界の外へと飛び去ってしまう。相手の一撃を喰らえば即、命の危機に繋がるというプレッシャーに棍を持つ手が汗ばんでいる。
今まで強敵と戦ってきたが、このプレッシャーは何なんだ。あれか、蚊は昔から俺を苦しめてきた存在なので、相手の厄介さが身に染みているのか。だから、他の生き物と違いこんなにも緊張――
「グルラアアアッ!」
あ、黒虎の『咆哮』で蚊が落ちた。超高性能の蚊取り線香がここに。
そんな対処法で良いんだ……。緊張していた俺が馬鹿みたいだな。
地面で痙攣している蚊を潰しておく。いくら何でも蚊を食べる気にはならないので、食材としての価値は無い。
『咆哮』かなり便利な能力だな。聴覚があって弱い生物になら効き目が抜群。ミミズは土の中だし聴覚鈍そうだから効かないかもしれないが、蟻にはいけるかもしれないぞ。
自分より弱い相手には『咆哮』でごり押しが可能かもしれない。
「ナイスだ黒虎」
顔を満足いくまで撫で繰り回していると本来の目的を忘れそうになったので、気を引き締めて目的地へ急いだ。
空き地はこの方向で間違いない筈だが。
木の上から見た森にぽっかりと空いた、木が見えない一帯。地面までは確認できなかったが、木が無いということは丈の短い木が生えているか、雑草もしくは土が剥き出しだと思われる。
何かあって欲しいところだけど、何もなくてもがっかりはしないでおこう。
そう心構えをして目的地にたどり着くと、そこには、
「え、湖かこれ」
巨大な水溜りがあった。澄んだ水を湛え、水面は太陽の光を浴び美しいさざ波を演出している。その規模は高校の体育館がすっぽり入りそうな大きさだ。
湖岸から湖を覗き込んでみると底が見えない。かなり深いようだな。
ただ、湖の中には元気の泳ぎ回る魚が何匹も見えている。
「ときたら、やることは一つだ、食料確保だな」
「がうっがうぅ」
相方の同意も得られたことだし、釣りするか!
肉、野菜ときたら次は魚だろ。久しぶりに焼き魚が食べたい。糸はバックパックに入っていたロープをほぐして釣り糸にすればいけるだろう。竿は棍でいいか。
餌には余っていた蝙蝠の肉を使い、針はコウモリの爪がいい具合に湾曲していたのでそれを使っている。
釣り糸を垂らして、じっと水面を見つめる。殺伐とした世界で一服の清涼剤。
こういう時間は必要だよな。命のやりとりばかりでは心が荒んでしまう。謎が多くこんなことをしている場合じゃないのかもしれないが、少しのゆとりは必要だろう。
自分に言い訳をして、まったりと釣りを楽しんでいたのだが、ピクリとも反応しないぞ。
知らぬ間に餌が取られているのかと持ち上げてみたが、肉は付いたままだ。やはり、魚に肉はダメか。こういう場合、小さな虫とか……あ、ミミズ残っていたな。
「黒虎バックパックからミミズの残り出してくれるかい。釣りの餌にするから」
黒虎はバックパックに前脚を突っ込み、ミミズの肉を引っ張り出してくれた。大半は捨てたのだが残っている分だけでもA4サイズの紙を四枚並べたより大きい。
「それそれ、ありがと……う?」
え、何でミミズの肉を湖に投げ捨てた。そして、そのドヤ顔はなんだ。
あ、もしかして俺の釣りを真似て、勘違いしたのか。ここで怒るのも違う気がするな。
「あ、うん。餌やってくれたんだな。ありがとう。次からは俺に渡してくれるかい」
嬉しそうに頭を上下に振っている。和んだので叱るのはやめだ。
あんなに大きなミミズ肉を落したところで何も食べないだろうな。量的にはもったいないが魚が釣れたら問題ナッシング。
じゃあ、蝙蝠肉団子でも作って餌にします――
「えっ?」
水が波打っているぞ……いや、波って言うよりも津波に近くないかこれっ!?
波に呑み込まれないように湖岸から離れ、近くの木の上に黒虎と一緒に登っておいた。
お湯を出し過ぎた浴槽のように湖から水が溢れ、中心部が山のように盛り上がっている。
「何か出てくるのか」
湖の水の大半が零れたような錯覚を覚える津波の後には、堂々とした体躯の巨大な山に似た……似た……何だあれ。
形は小型の東京ドームを外から眺めた感じだが、凄まじく汚い。苔がへばりついて全体的に深緑だ。しかし、デカい。湖よりほんの少しだけ小さいぐらいだ。
岩だと思いたいが、ただの岩が湖から浮かび上がる方が無理あるよな。ってことは、何かしらの生物と考えるべきだよな、考えたくないけど。
って、おいおい、見間違いだと思いたいけど、あの岩の上に扉ないですか。
それで、岩から手足が生えてきているのも幻覚ということで宜しいでしょうか。
あ、首も生えてきましたね。まるで亀みたいじゃないですか。
はっはっは、何で心の声が敬語なんだ俺。
もしかしなくても、ミニドームの亀を倒さないと扉が開かないというオチか……どうやって?
黒虎とのコラボ必殺技の火炎弾なんて、あの亀にしてみればマッチの火程度の火力だよな。棍であの頭を全力で殴っても効き目が期待できなそうだ。見るからに皮膚が分厚い。
巨体というだけで、それは強さに比例する。あの亀が俺の知っている陸亀のサイズだとしたら俺は蟻ぐらいだろう。蟻サイズの人間がどうやって倒せるかって話だよな。
「詰んだな」
普通ならそう考えそうだが、諦めたらそこで終わり。このゲームは鬼畜仕様だが、クリアーへのヒントや道筋が必ずある。まあ、一つ失敗したら取り返しがきかなかったり、頭のおかしい罠だらけだが。
悔しいけど今はどうしようもない。『気配察知』にも反応がなかったということは、何か特殊な能力を保有しているのだろうか。
いずれ必ずこの亀を倒す。その思いを胸に秘め、俺と黒虎はその場から撤退した。
「まずはこの湖に繋がっている川沿いを進んでいこうか」
「くぅーぁ」
黒虎もあの化け物への対抗策が思いつかないようで、気落ちしているように見える。
俺の落ち込み具合が伝わったのかもしれない。もっとしっかりしないと。
「黒虎、一緒にもっと強くなろうな」
「ぐあうっ!」
大丈夫。きっと大丈夫。俺一人なら、手も足も出ないかもしれないが黒虎がいてくれるなら大丈夫だ。それに第五ステージのゴールが一つだと確定したわけじゃない。あらゆる情報を収集して、最も可能性の高い方法を導き出してみせる。
川を上っていくと途中で二手に分かれていて、一方は湖に流れ込んでいて、もう一方は……何処に繋がっているのだろう。
分岐点から川幅がかなり細くなってきた。初めは50メートルのプール以上の幅があったが、今は10メートル程度か。今の身体能力なら助走を付けて飛び越えられないか。
川の向こう側へ行ってもいいが、まずはこっち側を調べ尽くしてからにしよう。今日は日が暮れるまで川岸を進んで、明日になったら巨大な木が生えていた場所を重点的に調べてみるか。
「あっ、釣り」
それどころじゃなくなったので、すっかり忘れていたが、暗くなってきているし晩御飯は魚料理と洒落込みたいところだ。
釣りを今からするのはちょっと時間が足りないか。それ以外に魚を……網は無いし、『咆哮』で魚に衝撃を与えるというのはどうだろう。
水の中は効果薄いか。そういや、魚の捕り方を何処かで見たことあったような。
確か大きな岩の下に魚が隠れていて、岩を叩いてその衝撃で魚が浮かび上がってくるだったか。本来はハンマーで叩くらしいけど、今の身体能力なら石の棍でも十分期待できそうだ。
失敗してもデメリットは無い。やってみるか。
出来るだけ大きな岩に目を付ける。川岸から少ししか離れていないので、脚をとられて溺れるような事もないだろう。
川の水はかなり冷たい。今は『熱遮断』を発動させていないから、川の冷たさが身に染みる。水がこれだけ冷たいと魚が岩陰で休んでいるかもしれないな。
水の勢いで転ばないように、脚を川底に埋め込む。そして、大きく振りかざして――
「どっせい!」
渾身の一撃を岩へ叩きつけた。
棍の先端は岩へ激突すると、そのまま岩を粉砕する。
「おう」
俺は自分の今の状態を全く把握していなかった。まさか、岩を打ち砕けるとは。いや、それもそうか。元の身体能力の九倍って日本だったら、それだけで化け物扱いされる。もしかして、思っているよりも強いのか俺は。過小評価しすぎなのか。
そういや、火の鳥も単独で倒せる。アイスドールも単体なら相手にならない。
あのドーム亀と戦っても意外とやれたりするのだろうか。
「ないな」
確かに強くなったが、あれは桁が違う。蟻がカブトムシに進化したぐらいの差だろう。
「がう、ぐあーぅ」
っと、どうした黒虎。あっ、黒虎が川面に浮いている川魚をくわえて、川岸に放り投げてくれている。上手くいったのか、俺も拾うのを手伝うとするか。
十数匹の鮭ぐらいの大きさがある鮎っぽい魚を処理していく。取り敢えず、焼き魚と鍋でもするか。
魚を思う存分味わい、満足しきった俺たちは先に俺が寝ることになり、黒虎が見張りに立つことになった。
「ちゃんと、これが鳴ったら起こすんだぞ」
スマホの目覚まし機能をセットして、黒虎に念を押して眠りにつくことにした。
明日はステージクリアーの糸口が見つかるといいが。




