新たなる物語へと……
人と魔族が神の手を離れた、あの戦いから二十年が過ぎた。
かつて不倶戴天の敵同士だった魔界との和平は順調で、レルール達やザラゲール達の努力の甲斐もあって、今では当たり前のように互いの世界を行き来するようになっている。
それに、懸念されてた他の世界の神がちょっかいを出してくるって案件も、今のところは無いみたい。
あの戦いの後、皆の立場や人間関係にも色々な変化があった。
レルールは今現在、アーモリーの新教皇として精力的に働いている。
神はすでにいない訳だけど、人には精神的にすがる物が無いと辛いとわかっている彼女は、従来の教えに加えて「人の和」による心の平穏を説き、聖女の二つ名に恥じない人類の象徴として慕われている。妙齢に加えて美しく成長した彼女には、各地の王族からも求婚の声は耐えないらしい。
そして、レルールの部下だった、ジムリさんにルマッティーノさん、そしてモナイムさんの三人。
ルマッティーノさんは戦いの後、無事に婚約者と結婚して、今は一線を離れているらしい。
モナイムさんは相変わらずレルールの直属として、彼女に付き従う毎日だとか。
意外だったのはジムリさんで、モジャさんに惚れていたらしい彼女は、そのまま彼に着いていってしまった。
まぁ、独身童貞だったモジャさんにも春が来たと、皆は歓迎していたけどね。
でもって、そのモジャさんだけど、地元に帰った彼は抵抗勢力集団だった『裸がユニフォーム』を解体、有志と共に新たな冒険者チーム『裸の大将』を設立してギルドに所属していた。
今ではウグズマを拠点として、様々な地方からの依頼に答え、一級品のチームとして有名になっている。
まぁ、最初はジムリさんという美人の嫁をゲットしたモジャさんが、チームの部下に自慢しすぎて内部崩壊しかけたなんて話もあったけどね。
そうそう、意外と言えばエルフのセイライは、魔界十将軍に復帰して魔界へ腰を据えたのよね。
まぁ、人間達とは別に、戦後のエルフ達との交流やゴタゴタを解消するためにも、その方が良いとの判断があったみたいだけど。
そのおかげか、大きな揉め事も無くエルフも魔界との交流に参加できていた。
それで、その魔界十将軍だけど、こちらにもちょっとした変化は訪れている。
ザラゲール達は相変わらずだったけど、魔界十将軍を自ら裏切ったマシアラとラトーガは、今は人間界で暮らしていた。
ラトーガは、敬愛するレルールの元で犬……もとい、護衛も兼ねた実動部隊として、甲斐甲斐しく働いている。
噂では、レルールが未婚なのはラトーガとマシアラさんによるガードが鉄壁過ぎるから……なんて話もあるくらい、レルールにベッタリらしい。
逆に、ウェネニーヴの下僕になりたいアンデッド第一候補を自称していたマシアラは、彼女にメチャクチャ拒否られ、その傷心からフィギュアマイスターとして転身をとげていた。
いや、何でそうなるのかは私もよくわからないけど。
それでも、彼の作る精巧なフィギュアにはかなりのファンも着いていて、その筋では匠の逸品として注目されているそうだ。
さて、肝心の私の方だけど、仲間達に比べればこれといった後日談は無いのよね。
私は最初の目論み通り、戦いが終わった後は様々な報告や挨拶を済ませ、故郷の村に帰ってからは平穏無事に農民生活をエンジョイしている。
まぁ、結局私についてきたウェネニーヴが、村の守護神として居着いたとか、行く宛が無いと言うコーヘイさんも私の村に正体を隠して住むことになったとか、小さな変化はあったけどね。
ああ、でも変化と言えば変化はあったかな……。
◆
私の名前はラアル。
この村に生まれて、十五年になる。
母はこの村出身で、かつて世界を救ったパーティメンバーであり、盾の《神器》の英雄とか呼ばれてる。
まぁ、そんな母だけどパッと見では普通の農民って感じだし、自分でもそうだと言ってる。けど、普通じゃないエピソードは多々あるのよね。
私の出生だって、ある意味そのとんでもエピソードのひとつだ。
なんせ、私の父……父と言っていいのかなぁ?
うん、まぁ母のパートナーは、この村を守護している毒竜だ。
つまり、私は竜とのハーフって事。
でもって、その父 (?)は人間の姿になるとロリ気味巨乳な超絶美少女っていう倒錯っぷりだ。
私には当たり前な光景だったけど、世間的には「マジかっ!?」って感じよね。実際、驚くどころか信じてもらえない事の方が多いもん。
普通を自称している母が、何でそんなアブノーマルな関係を……?と思って、一度ふたりのなれ初めを聞いた事があるけど、出会いはバトルといった関係からして普通じゃないわよね。
まぁ、母曰く、ウェネニーヴの押しに負けた……とは言ってるけど、愛情が無い訳ではないし、それなりに二人はうまくいってるから、幸せならいいかな?
さて、そんな話は置いといて。
私はいま、ある人物を探している。
その人物は、私にとって最高に大切で、最愛の男の子……。
わりと活発な彼の残り香を追っていた私は、ついにその姿を発見した。
「おーい、クー君!」
私が手を振りながら声をかけると、彼はこちらに顔を向けてパッと微笑んだ。
うん、相変わらずめっちゃ可愛い!
「お姉ちゃん!」
ニコニコと嬉しそうに、私の方に駆けてくる彼は、子犬みたいな愛らしさで庇護欲と共に、抱き締めたい衝動を刺激する。
そんな彼の名前はクラージ。私の五つ歳下で、母親は同じだけど父親の違う異父姉弟でもある。
私ほどではないけど、彼の父親も結構ないわくつきだ。
なんせ、魔族達と争っていた時代に、他の世界から召喚されたという、勇者が父親なのだから。
つまり、家は人外の父親が二人もいるって訳よ。
まぁ、ややこしいから家庭内ではエアル=お母さん、コーヘイ=お父さん、そしてウェネニーヴ=ママと呼んでいる。
しかし、ヤキモチ焼きのママが、よくお母さんとお父さんの関係を許したなぁと思って、その辺の事を聞いた事があった。
そしたら、ママとお父さんはタイマン張って認めあった仲なんだとか。
そんなんだったら、ママとお父さんでくっついてても、おかしくなかったねって言ったら、「ウェネニーヴにそういう事しようとしたら毒で死ぬし……」って、わりとマジな顔で言ってたし、ママもママで「ワタクシが生涯添い遂げるのは一人だけです」っていう純愛の人(竜?)だから、ライバルではあるけど愛にはならないそうだ。
まぁ、ハーレム野郎が嫌いって公言するお母さんと一緒に居ようっていうんだから、あちこちに手を出したりはしないか。
でも、それを言ったら竜と勇者を侍らすお母さんも、ハーレム野郎な気もするのよね。
ただ、「自分に愛想つかしたら、出ていってくれて結構」と、妙に男前な事は言ってあるらしいけど。
おっと!そんなことより、今は走ってくるクー君を受け止めるのが何より優先事項だわ!
ポスンと私の胸に飛び込んできたクラージを、私はソッと抱き締める。
まだまだ小柄な彼は、私の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
はあぁぁ……なんて可愛いのかしら。
あまりにも可愛い過ぎて、可愛いとしか表現できない、この可愛さ……。
語彙力がヤバい事になるクー君の存在感を噛み締めながら、私は彼を抱き締める腕にギュッと力を込めた。
「ぷはっ!お、お姉ちゃん、ちょっと苦しいよ」
私の胸元に埋まっていた顔をあげて、クー君が抗議の声をあげる。
「あ、ごめんね。ところで、こんな所で何をしてたの?」
そう尋ねると、彼はキラキラと瞳を輝かせた。
「あのね、天使様がいたんだよ!」
そうね、私の腕の中にいるわね。
愛しのマイエンジェルに笑いかけると、違うよと言ってクー君はさっき立っていた位置を指差した。
そこには……。
「…………っ!?」
天使がいた。いわゆる、本物の天使が。
「初めまして、エアルちゃ……盾の《神器》使い、エアルの子供達。私の名は、エイジェステリア」
綺麗な天使は、優雅に微笑んで小さく頭を下げる。
うわー、なんかスゴいわ。
ちょっと天使に圧倒されていると、彼女は視線を私からクー君に移す。
……ハッ!
ま、まさか、クー君があまりにも可愛いからって、天界に連れていこうってんじゃないでしょうね!?
私が来る前に、二人で何か話してたみたいだし……。
うおぉぉっ、だとしたら許せない!
私の目の黒い内は、クー君に悪い虫なんかつけてやるもんか!
クー君の前に立って、天使に向かって威嚇をしていると、彼女は大きなため息吐く。
「何て言うか……その執着心と独占欲は、竜っ娘にそっくりね」
うん!? ママの事も知ってるの?
「別に、あなた達をどうこうするために、降りて来た訳じゃないわ。あなた達の、お母さん達に用があるの」
世界の危機だからね……と、天使は真面目な顔つきになって呟いた。
「……お母さん達は、昨日からアーモリーへ行ってるわ。帰って来るのは、半月後くらいになるかも」
「ええっ!?」
ビックリしながら、天使は頭を抱える。
「ど、どうしよう!時間がないのに……」
さっきまでの威厳はどこへやら、急にオロオロしだした天使に、私の天使が歩み寄った。
「僕がお父さんの代わりに働きます!」
ええっ!? 何を言ってるの、クー君!?
「お父さんもお母さんもママも、皆すごい人達なんだもん。僕だって、頑張れば何かできるはずだよ!」
そ、そりゃ、クー君ならいずれ世界に名を残す偉業を達成できるとは思うわよ?現に、可愛さは伝説クラスだしね。
でも、まだクー君は子供じゃない!
「んん、子供じゃ……でも、潜在能力は……」
クー君の訴えに、天使はブツブツと何事か思案している。
そして、結論が出たのか、キッと顔をあげた。
「わかったわ!ここは君に託す事にする!」
「ちょ、ちょっとおぉ!うちのクー君に何をやらせるつもりよ!どこかに連れていこうって言うなら、私も行くからねっ!」
「あー、そうね。それがいいかも」
あっさり了承した天使は、私達に手を差しのべた。
「守護天使、エイジェステリアの名において、あなた達二人に《加護》と《神器》を授けます」
そう言うと、天使は目をつぶって何か集中し始めた。
「……楽しみだね、お姉ちゃん」
無邪気な笑顔でこっそりと話しかけてくるクー君に、私は苦笑する。
とんでもない事になりそうだっていうのに、この子はもう……。
でも、高揚感が無いかといったら……正直、すごくある!
何より、クー君との二人旅なんて、ワクワクしかないわ!
ギュッと手を繋ぎ、私達はこれから訪れる未知の冒険へ思いを馳せていた。
◆
その後、ラアルとクラージの姉弟は世界を救う戦いへと身を投じていく事になるのだが、それはまた別のお話……。
盾の《神器》使いエアルの物語は、これにて終了とさせていただきます。
《終》
逃走、盾役少女はこれにて完結と成ります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
次作、「マドカとナオは夜に舞う」の投稿も開始いたしますので、よろしかったらまたお付き合いください。




