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逃走、盾役少女  作者: 善信
第七章 神を討つ者達
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13 神と決別する者達へ

コーヘイさんの振り下ろした刃は、ギレザビーンの皮膚で止められていた。

やっぱり、私達の《神器》よろしく、《闇の神器》にも製作者を傷付けられないようにストッパーがかかってるみたいね。

でも、なんで彼は間に入ったのかしら?

まるで、レビルーンを庇ったみたいに見えるけど……?


『どういうつもりですか、ギレザビーン』

満身創痍だったレビルーンも、頭をあげると訝しげ目でギレザビーンを見ていた。

『貴方は我が憎いのでしょう!なのに、我を庇うような真似をして……そんなに、惨めな我の姿を嘲笑いたいのですかっ!』

なんだか、少し自暴自棄な感じで、女神は感情を爆発させた。

だけど、そんなレビルーンにギレザビーンは自分の上着を優しく羽織らせると、さらに回復魔法を使って女神の傷を癒していく。


一体全体、邪神が何をしたいのか訳がわからず、皆がキョトンとしている中で、ギレザビーンは自嘲気味に笑った。

『我がお前に勝ちたいと思っている事に、今も変わりはない。だが、それ以上に傷ついたお前を見るのは忍びない』

『え……?』

『お前は常に我よりも優秀で、そして美しかった。そんなお前に、我は強烈に惹かれ、焦がれていたのだよ』

『…………』

『だからこそお前を越え、そしてお前に相応しき者となるために、あらゆる事で挑んでいたのだがな……。いつの間にか、我は手段と目的が入れ替わっていたようだ』

間抜けな話よ……と、またギレザビーンは笑った。

そして、そんな宿敵の独白を聞いたレビルーンは、口元を手で隠してフルフルと小さく震えている。


『これ以上は、ボロボロになるお前を見るのは、我が傷つくよりも辛いのだ。だから、我はおとなしく最後の封印をされるとしよう』

『で、ですが、それでは貴方の作った魔界が……』

『ああ、魔界の管理権はお前に譲ろう。願わくば、人間と同じように魔族達も慈しんでやってくれ』

そう言ってる、何か悟ったような表情をギレザビーンは浮かべた。


『しかし、こんな状況で己の気持ちを再認識するとはな……我は最後までしまらぬ男であったわ』

再び自嘲するように呟くギレザビーン。

だけど、そんな彼にへたり込んでいたレビルーンが、そっとしがみついた。

『お、おい……』

『我は……ずっと、貴方に疎まれていると思っていました』

『!?』

『何度も挑まれる中で、わざと負けようと思った事も、一度や二度ではありません。しかし、手を抜いて勝ちを譲られても、誇り高い貴方は喜びはしない……むしろ、我を軽蔑すると思っていました』

『レビ……ルーン……』

『素直になれない自分が嫌で、だけど疎まれ目障りな女だと思われいるだろうと思うと、怖くて思いを告げる事ができませんでした。だから、貴方が諦めずに我に挑んできてくれる事が……我は少し嬉しかった』

女神の瞳の端から涙が一筋流れ落ち、邪神に廻していた腕に力がこもる。


『我も……我も貴方をお慕いしています』

その一言に、邪神の顔は驚愕に染まり、次いで喜びの感情が溢れだす。

『レビルーン……』

『ギレザビーン……』

もう、お互いしか見えない二人は、相手の名を何度となく呼びあい、長いすれ違いの時間を取り戻すかのように、固く抱き締めあった。


……って、私達はいったい何を見せつけられているのだろう。

戦っていたラスボス達が、突然に愛の劇場を繰り広げるなんて展開、どう反応していいかわからないわ。

困った私は、仲間達に助けを求めるように振り返るけど、みんな戸惑っているのがうかがえた。

ただ、ウェネニーヴやジムリさんなんかは、「いいなぁ……」って感じでギレザビーン達を見てたり、気絶した振りをしていたエイジェステリアまで、二人をガン見してるのがちょっと気になったけど。


だけど、こうしてイチャつく神々を眺めていても仕方がない。

っていうか、ほっといたらどんどんエスカレートしそうだわ、あの二人。

「ん!んんっ!」

わざとらしく咳払いをすると、ハッとしたギレザビーンとレビルーンは、パッと体を離した。

あ、いや、手は繋いだままだわ。付き合い始めたばかりの、青少年みたいな反応するわね、この(ひと)達。


「あー……結局、どうなるんだろう、この戦いの結末は?」

ポリポリと頭をかきながら、若干やけっぱちな態度でコーヘイさんが神々に尋ねる。

『……お前達の勝ちでいい』

『そうですね、我もそれでいいと思います』

な、なんだか、急に物わかりが良くなったわね。

『お前達のお陰で、我らは自分の気持ちに気付けたとも言える。これ以上、神々(われら)も争う必要がないし、お前達を罰する気も失せた』

『それに、我らをここまで追い詰めたあなた達を、もはや駒とは呼べないでしょう』

二人は小さく笑うと、握りあう手に力を込めた。


『人間と魔族は、我らの手を離れて一人立ちを果たしたと認めよう』

『これからは、あなた達自身で世界を運営していきなさい』

優しく微笑んでそう告げた神々の姿が、ぼんやりと霞んでいく。

え、なに?どうしたの?

唐突な変化に驚いていると、ギレザビーンは大丈夫だと落ち着いた雰囲気で言った。

『我らはこれより、休暇……封印(ねむり)につく』

いま休暇って言った?

もしかして、封印にかこつけて、二人っきりでイチャイチャする気じゃないでしょうね?

そうツッコむと、『封印!封印です!』と必要以上に強い反応が返ってきた。

こ、このできたてバカップルは……。


猜疑の目を向けられる中、レビルーンがコホンと小さく咳払いをして、話の流れを仕切り直す。

『エイジェステリア』

「は、はい!」

ふいに名前を呼ばれて、エイジェステリアは裏返った声で返事をした。

『天界に残る守護天使は、今やあなた一人。あなたを私の名代として指命すしますので、人間や魔族達を影ながら守ってあげなさい』

「か、かしこまりました!」

膝をついて頭を下げたエイジェステリアに、レビルーンは満足そうに頷いた。


『さて、そろそろ行こうか、レビルーン』

『ええ』

エスコートするギレザビーンの手を取り、幸せそうに微笑みながらレビルーンは頷く。

これから封印されるっていうのに、まるで結婚式のバージンロードを行くみたいな雰囲気だわ。……あんなに幸せそうだと、ちょっと羨ましい気もするわね。

『おそらく、この場にいる者達が存命の間に、再び会いまみえる事はないだろう』

『あなた達の行く末が良き物となるよう、精進してくださいね』

最後のアドバイスに、私達は神妙な態度で頷いた。


「神々の未来に、幸せが多くあることをお祈りいたします」

色々あったけど、こんな形に落ち着いた今、レルールが二人を祝福する祈りを捧げる。

なんだか、神々の前途に祈りを捧げるっていうのも変な感じがするけど、まぁこういうのは気分の問題だからいいわよね。

そんなレルールの気持ちに、二人は微笑んで礼を告げた。

そして、目映い光に包まれた神々は私達の目の前から、幻のように消えていった……。


「……終わった……のか?」

誰ともなく、確認するような呟きが漏れる。そして、それを否定する人は誰もいなかった。

次の瞬間、爆発するような歓声が上がる!


「うおおぉぉぉぉっ!勝ったぞおぉぉぉっ!」


各々が思い思いに叫び、長かった戦いが終わった事に歓喜していた。

「やりましたね、お姉さま!」

「やったわね、エアルちゃん!」

私を挟み込むようにして、ウェネニーヴとエイジェステリアが抱きついてくる。

当たり前のように胸を揉んだり、お尻を撫で回してきたりするけれど、普段なら振りほどく所を今日は許すわ!

見れば、レルーレ達に回復してもらった魔界十将軍達も復活して、それぞれ喜びを分かち合っている。


「ガハハハ、本当に神々に勝ってみせるとは、感服したぞ、褌野郎!」

「お前らこそ、よく生きてたなライオン野郎!」

モジャさんとバウドルクが、笑いながら殴りあっているけど、たぶん喜んでるのよね、あれ……?


「ウェネニーヴ様ぁ!小生も誉めてくだされぇ!」

「ご主人様ぁ!ご褒美をくださぁい!」

そして、感極まったマシアラと、レルールの犬全開なラトーガが全速力で駆けてくる。

そんな魔族達に、名指しされた二人は面倒くさそうな顔を見合わせて身をかわしていた。


そんな感じで各々が大騒ぎした後、流れで魔界の街へと飛び出し、激闘の余波で戸惑っていた魔界の住人達を巻き込んだ、大宴会が繰り広げられる。

この宴会は丸一日ほど続き、皆が疲れと酔いで潰れるまで笑い声が絶えることはなかった。


            ◆


「それじゃあ、そろそろ行くわ」

魔界と人間界を繋ぐ転移口(ゲート)の前で、見送りに来てくれたザラゲール達に、コーヘイさんが告げる。

「ああ。とは言っても、すぐに会うことになるだろうがな」

勇者同士はガッチリと握手をし、再開を約束した。

そうなのよね、これから人間界と魔界が平和的に共存するために、なんやかんやと協定や条約を交わさなきゃならないんだもの。


「まぁ、実際に顔を会わせる事が多くなるのは、私でしょうけど」

そう言って、レルールが二人の勇者を見つめた。

本来なら、それぞれの世界の代表になるのは各集団のリーダーであるコーヘイさんとザラゲールなんだろうけど、実力主義の魔界はともかく、人間界はしがらみが多い。

そんな中で、異世界人のコーヘイさんが仕切ったりしたら要らぬ混乱を招くだろうと、レルールが人間界代表として実務を執り行う事になっているのだ。

まぁ、コーヘイさん自身も「面倒くさいから政治はパス!」と言い切っているし、権力に興味も無さそうだからそれでいいんでしょう。


「でも、今ならアーケラード様やリモーレ様の所に行っても、大丈夫なんじゃないの?」

世界を救った勇者様なら、あのお二方も快く迎えてくれると思うんだけどな……そう思って尋ねたんだけど、コーヘイさんはカタカタと小刻みに震えだす。

「すいません……すいません……。俺はクズです……」

……あー、二人に見限られた時の記憶が、かなりのトラウマになってるみたいね。

まぁ、今さらあの二人の所に行ったら、新しい権力闘争が始まるかもしれないから、これはこれで良いのかもしれないわ。


「ま、何かあったら現行の神(代理)である私に、祈りを捧げなさい!」

レビルーンに名代として指命されたエイジェステリアは、双方の代表者に対して、フフンと鼻を鳴らしながら偉そうな口調で声をかけた。

そんな彼女に、レルールは苦笑していたものの、ザラゲール達は少しイラッとしていたみたい。

「あんまり調子に乗らない方がいいわよ、エイジェステリア」

私がそう忠告すると、ギラリと目を光らせて彼女はこちらに狙いを変える。


「心配してくれているのね、エアルちゃん!これはもう、一緒に天界にいって、爛れた生活を……」

「何を下品な事を言ってるんですか、貴女は!」

抱きつこうとしてきたエイジェステリアの顔面を、間に入ったウェネニーヴが鷲掴みにして突進を止めた。

「お、おにょれ、竜っ娘……」

「第一、お姉さまとイチャラブしていいのは、ワタクシだけです!」

いや、しちゃダメだから。何度も言うけど、私ノーマルだから。


そんな感じで、いつも通りワイワイと騒ぎながら、私達は人間界へと帰還すべく、魔族達に手を振って転移口(ゲート)を潜ろうとした。

だけど、その時!


凄まじい存在感の塊が、突然この場に姿を現した!

あ、あなたは……。

『……なんだか大仰に別れておいて、ちと気恥ずかしいものだな』

そう言って像を結んだのは紛れもない、封印されたはずの邪神ギレザビーン!

……だけど、その姿は何?

「これは、何とは言いませんが、確実にヤッてますね」

「ええ……ヤッてるわね、何とは言わないけど」

私の後ろで、ウェネニーヴとエイジェステリアがヒソヒソと話しているように、ギレザビーンはほぼ全裸で、あちらこちらにキスマークをつけているという、いかにも夜の一戦ヤッてきました♥と言わんばかりの様相だったのだ。


『フフ、夕べはレビルーンが激しくてな……』

聞いてないし、聞きなくない!

あと、女性の立場から言わせてもらうと、そういう事(・・・・・)を言いふらすような真似はアウトだからね!

『あ、はい……』

強めに忠告しておくと、ギレザビーンは案外すんなりと受け入れていた。

なんだか、まるくなったわね。


そんな邪神だったけど、その恐ろしさは身に染みていて、彼が小さく身動ぎしただけで、私達はつい過剰に反応してしまう。

『そう警戒するな、ちと言い忘れた事があったのだ』

「え?言い忘れ?」

『うむ。そこな天使をレビルーンの名代として置いてはいるがな、今現在、神々が不在なこの世界を狙って、他の世界の神がやって来るかもしれない』

な…………なんですってえぇぇっ!!!!


『我らのように、物分かりの良い神々だけではないから、くれぐれも気を付けてな』

「き、気を付けてどうにかなる物なの、それはっ!?」

『まぁ、人間と魔族が力を合わせれば、なんとかなる……なるのではないか……なるといいなぁ……』

オイオイオイ!そんなに不安を煽らないでよ!

『何にせよ、自身の事は自身で何とかせよ。それが、お前らの選んだ道だ。じゃあ、我はレビルーンとイチャつきたいから、もう帰るね』

そう言い残すと、ギレザビーンの姿は消滅し、それに合わせて彼の存在感も霧散した。

くっ……最後にでかい爆弾を放り込んできてくれたわね……。


「これはまだ……さらに忙しくなりそうですね……」

「ああ……」

ただでさえ激務が約束されていたのに、さらに異界の神とのゴタゴタなんて大きな案件が回ってきた、当のレルールとザラゲールの二人は、少し涙目になりながら、大きなため息を吐いた。

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